縄文時代は、人口ピラミッドだと、どんな形だったのでしょう?
子どもが多い社会です。
▼ 富士山型 多産多死社会
富士山型の例: アフリカのマリの人口ピラミッド
いわゆる「多産多死」の人口ピラミッド。
産業革命以前の世界においては、世界中のほぼ全ての地域でこの形であった。
当時の世界の経済の総生産は、農業の総生産とほとんど同じだった。技術が未発達で生産効率が悪く、食料の生産量は農地の面積や気候・環境によって制限されていた。このため、人口の増加はほとんど発生しないか、非常に緩やかなものであった。
労働力が多く必要となるので出生率が高いが、衛生環境が悪く、栄養が不足しがちなため、子供の死亡率が非常に高かった。
これにより、人口ピラミッドは底辺から上に向かうと急激にすぼまってゆく。
▼ 約40万年不変の富士山型ピラミッド
もしも、気候が良く食糧が豊富だった場合は、どうなるのか?
出生数が増える。でも、衛生環境は変わらないので、子どもの多死率は変わらなかった。
医療が発達していなかったので、成人した後の死亡率も、気候が良くなる前と変わらなかった。
結果的には、全体の人口は増えたが、ピラミッドの形は、変わらなかった。
この富士山型ピラミッドは、おそらく人類が誕生40万年前から1800年代後半まで続いた。
感想:
このピラミッドは、サルやライオンたちも同じなのでしょうか??
サルは、1,2年ごとに、一匹赤ちゃんを産む。3歳から20歳までそれが続く。
一匹当たり、10匹以上の赤ちゃんを産む・・・多産です。
そのうち、生き残るのは、2匹ぐらい。
そうすると、一族の数が変わらないまま、存続できる。
ライオンも似たような物。
結論:
動物たちも、富士山型ピラミッド。