油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や随筆をのせます。

ポケット一杯のラブ。  (6)

2024-03-28 10:19:09 | 小説
  最寄りのバス停留所に、Yがはあはあ言
いながら駆けつけたとき、Yは、M子の様子
がさっきとまったく異なり、不機嫌になって
いるように感じた。
 Yに対面の姿勢は保っているが、彼女の目
は地面を見つめている。
 「あったよ。はいこれっ、良かったね。上
司の女の人が気づいて、とっといてくれたん
だ。そんなに気に入らないような顔してる理
由がわかんないよ。これでもおれ、一所懸命、
バスの時刻に間に合わせようと、一所懸命だっ
たんだ」
 M子はいまだに顔を上げない。
 紙袋を受け取ると、すぐさまそれを左手で
つかみ、自分の背後に回した。
 「ありがとう。でも、何が良かったよ。わ
たし何もいいことなんてないわ」
 M子に気おされ、Yは、びくりと身体をふ
るわせた。
 「なんでそんなに怒られなくちゃならない
んだろ。だいじょうぶかい。腰のほうは?軽
く足踏みしてるようだったけど」
 「ほっといてよ。うるさいわね。どこ観て
んのよ」
 Yの目が、紺色のスカートからはみ出た彼
女の両足に注がれると、M子はくるりと体を
反転させ、その場にしゃがみこんだ。
 上着はまっしろなブラウス。
 M子の顔の紅潮がきわだつ。
 「わかったよ。ああ損した。そんなんじゃ
持ってこなきゃ良かったな」 
 「何も見てないよ。大丈夫だったんだなっ
て。そんなに動いても大して痛くないんだっ
て。おれほっとしてるんだよ」
 間もなく、バスが来た。
 思いがけず、Yがバスに乗り込んでくる。
 驚いて、M子はバスの踏み台から、右足を
外しそうになった。
 YがM子の背中を、両手で支えた。
 「あなた、自転車で来たんでしょ?ふん」
 と鼻を鳴らし、M子は後方の座席に向かっ
た。Yは、一番前の座席、運転手のすぐ後ろ
にすわった。
 
 社会勉強が終わり、再び、普段の中学生生
活にもどった。
 しかし、M子とYの関係は変わった。
 以前のように、ざっくばらんに挨拶し合っ
たり、雑談を交わすことがなくなった。
 YにはM子が自分を避けているように思え
て、Yは憂鬱な日々を送った。
 こんなにM子のことが気になるなんて、と
Yは自分でもあきれてしまう。
 Yは野球部に所属している。
 いつだったか、Yがつかみそこねた球が運
動場から外れ、ころころと校庭まで転がって
行ったことがあった。
 ちょうどそこをM子が通りかかった。
 彼女の左足に、その球が当たり、しばらく
彼女は動かずにいた。
 Yは、郵便局での出来事を思いだし、さっ
と顔から血の気が引いた。
 (どうしたろ?ずいぶん日にちが経ってる
し、もう大丈夫だろと思うけどM子のからだ)
 不安な思いがわきあがる。
 M子がYを認めて、顔を上げた。
 Yには、彼女の顔が、真夏の太陽をまとも
に受け、キラキラ輝いているように見えた。
 (プラス思考になっていればいいな)
 Yは、こころの中で、言ってから、左手で
キャップをとり、頭を下げた。
 「はあい。投げるわようっ」
 M子の元気のいい声がかえって来た。
 こころの奥底から、温かいぬくもりがじわ
じわとわきあがって来て、Yはしあわせな気
分に満たされた。
 
 
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十三歳の頃って。

2024-03-26 10:53:42 | 随筆
 中学二年生をあつかっていますけれど
どうだったのかな。
 その頃の自分って?

 今の歳からみると、ずいぶん昔の話で
すね。
 でも、ちょっと振り返って考えるのも
ありじゃないか。勉強になるんじゃない
か。

 そう思い、つらつら思いだしながら書
き綴ってみることにしました。

 もちろん、それを通して、今どきの中
二のみなさんの思いに少しでも触れれば
最高ですよね。

 昭和三十年の後半でしたね。
 あれは確か、三十七年だったか。
 そうですね、池田勇人さんが総理大臣
だったでしょう。

 最初の五輪をひかえ、国民ひとりひと
りがわくわくどきどきしていました。
 橋幸夫さんと吉永小百合さんが歌った
「いつでも夢を」
 その歌が当時を象徴していました。

 親の手伝いをさせられた時代でしたね。
 五右衛門ぶろをわかす仕事やら、にわ
とりの世話、それに飼い犬の世話。

 堀っこに行って、にわとりが食べられ
そうな草を摘んで来たりね。卵を失敬す
るのが大変でしたよ。たまに見つかって
つつかれる騒ぎでした。

 中二の数学がかいもく理解できないわ
たしは、「教えてあげるよ」とおっしゃ
る方の家へと、平城旧跡を横切り、えっ
ちらおっちら自転車で向かいました。

 ああそうそう、恋の物語ですもの。
 初恋の話をしなくちゃね。

 当時はベビーブームの世代。
 全部で十五クラス、二学年全員で六百
七十人いました。

 定期テストの成績が廊下の壁に貼りだ
されましたよ。
 百五十人だけ順位と氏名が公表されま
した。

 わたしのお気に入りの子は、常に百番
以内をキープしていました。
 わたしはどんじりです。

 なんとかして、彼女に近づきたいと必
死で勉強したものです。

 算数は小学校の頃から大の苦手。
 普段から教わったことをしっかりおさ
らいする。
 数学など、それがとても大切だったの
でしょう。
 でもわたしは釣りやじゃこ採りに夢中
でした。

 わたしは神経質な性格。彼女は元気は
つらつ。言いたいことをズバズバいう。
 「あんたはピテカントロプス、北京原
人に近い顔だね」
 「く……」

 お互いに明と暗みたい。
 プラスとマイナスかな?
 ねくらなわたしが、彼女にひかれるよ
うになりました。

 結局、その可愛らしい恋はみのること
はありませんでした。
 ポプラの葉っぱとともに、散ってしまっ
たことです。

 「あの子、好きなんや」
 と、男友だちにもらすのが精いっぱい
でしたもの。

 この初恋をもたらしたエネルギー。
 すごかったですよ。
 わたしを、勉強好き人間に、変えまし
たもの。

 「お宅のお子さんって、なんだか変わっ
てますね」
 当時、担任をなさっていたM先生が家
庭訪問の際におっしゃったことです。

 みなさんの中学二年生時代ってどうだっ
たでしょう。
 ふりかえると、きっと自分が愛しく感じ
られるでしょう。

 文化クラブや運動クラブはありました。
 でも、全員参加型ではない。
 授業が終わったら、掃除当番をのぞいて
全員帰宅できました

 
 
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ポケット一杯のラブ。  (5)

2024-03-23 10:00:31 | 小説
 局勤めは、裏門からの決まり。
 まっすぐ前を見ると、車庫に原付自転車が
いくつか並んでいるのが見える。
 
 神さまお願い、きょうこそ、仕分けや配達
の仕事がうまくできますようにと、目をつむ
りたくなる瞬間だ。

 「ちぇ、こんな時でも、いつもの癖が出て
しまう。ああ、びくびくすんなよ。今は、M
子の忘れ物を取りに来ただけなんだから」
 Yは、われとわが身をいたわる。

 中学生の二週間にも満たない社会勉強であ
るにもかかわらず、気を遣う。
 本当の職員さんの気遣いは、真剣勝負といっ
たところだ。

 しかし、このところ、局に、お客さんから
のクレームが多い。
 主に、配達にかかわる不平不満。

 「もう、日にちがかなり経っているのに、相
手から返事が届かない。急を要したから速達
で頼んだのに、一体どうなっているのですか」
 「すみません。調べた上で、すぐにお返事
さしあげます」

 局長は受話器を置くなり、ぐっと唇をかみ
しめる。
 すぐには顔を上げられない。
 視線の先にいる職員が気の毒だからだ。

 こんなことは、郵政省の時代にはめったに
なかった。
 職員は公務員として優遇されていから、彼
らは自らの仕事に誇りを持っていた。
 問題はしばしば民営化後に起きた。

 人手をどうするかで、同業他社との競争に
巻き込まれた。
 やっと、人員がそろっても、なかには配達
途中で配るのがめんどうになり、手元にある
手紙や封筒をごそっと人の目の届かないとこ
ろに置いてしまったりする。

 すべての配達人がそうではないが、ひとり
でもそんなことをすると、局の威信が即座に
傷つく。

 郵政省の時代でも、ひとつやふたつの不祥
事なら、起きていた。
 職員とて人間、弱き者である。
 何らかの理由で、追い詰められると、金銭
を自分のふところに入れようとする。

 「すわっ、公務員たるものがなんとまあ」
 業務上横領の罪で、手錠をかけられ、警察
署に連行されていくのを観るのは、A局長に
とって耐えられないものだった。

 A局長は、毎朝、正職員のみならず、アル
バイトやパート職員にも、心のこもった訓示
をする。
 仕事にたずさわる人それぞれの善意に頼る
しかないのである。

 配達物を入れたり、出したり。車庫わきに
コンクリートで出来た棚がせり出している。
 ぼんやりしていたYは、そのコンクリ棚の
左側にある階段をのぼろうとして、右足を踏
み外した。

 右足のすねをしたたか打ち、うずくまる。
 痛むが決して声をあげない。
 この癖も、子ども時代からのものだ。
 泣けば、祖母に気づかれる。
 「あなたが注意してないから悪い」
  Yの母はいつだって、そのように彼女に
叱られた。

 「どうしたの、Yくん。M子さんを見送り
に行って来たの?」
 Yは、上司のS子の優し気な声を聞き、涙
がこぼれそうになった。
 「忘れ物したんだって。洗い場に置き忘
れたかもって……」
 顔をあげずに、Yはやっとの思いで、そう
答えた。

 どれくらい時間が経っただろう。
 「ほらこれ。このまま、M子さんに渡しな
さいね」
 Yは、郵便局のマスコットキャラが描かれ
た大きな紙袋を手渡された。
 「はい」

 その口が一か所、ホッチキスでとめられて
ある。好奇心がわいてきて、Yは、その中を
そっとのぞいた。

 何やら地味な布地の入れ物。口のところが、
ひもで結んである。
 (何やらいっぱい詰まってるみだいだな)
 と、いぶかしんだ。
   
  
 
 
 
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ポケット一杯のラブ。  (4)

2024-03-19 21:44:13 | 小説
 これほど率直に自らの想いを他人、まして
や女の子にぶつけられるとは……、ちょっと
前まではとてもじゃなかった。

 どうせ自分なんか幸せになれるものか。い
や幸せになってはいけないんだ。

 そんな想いが思春期に入ったばかりのYの
こころをむしばんだ。

 どうしてそんなことを考えてしまうのか。
 Y自身よくわからなかった。

 足早に郵便局へともどりながら、Yはこれ
までの十四年足らずの人生を、振り返った。

 父母と祖母そしてYの四人暮らしだった。
 母と祖母に対する気遣いが、子どもなりに
半端じゃなかった。

 幼い頃は、母と祖母、互いに相いれないと
ころがあると感じながらも、久しぶりの男の
子誕生のうれしさがあって、祖母は母に対し
て感謝の念さえ持っていた。

 「可愛い子を産んでくれてありがとう」
 祖母の母への一言が、それを象徴していた。

 人間として正直で率直な気持ちが、持病が
ある祖母が陥りがちなひねくれた根性を、しっ
かりおさえこんでいた。

 彼女らの仲がわるくなったのは、いっしょ
に住みだして、しばらく経ってからだった。

 馴れ馴れしさがわざわいしたのだろう。
 祖母は四十代の初めにリュウマチズムをわ
ずらった。

 自己免疫疾患といわれ、原因は不明。あご
の関節をのぞき、からだの節々が痛み出した。
 その苦痛は表に出さないでいられるもので
はなかった。
 痛みが消え去ったあとは、関節が曲がって
いた。

 祖母本来のこころねとは裏腹に、その痛み
が、Yの母の義母に対する思いやりを、やす
やすと打ち砕いた。
 
 世間でいう嫁と姑の対立。
 母と父の母とのいがみ合いは、Yが私立中
学受験に失敗し、公立中学に進学した時点で
極まったようだった。

 Yを巻き込む形で、もはや抜き差しならな
いところまで来ていた。

 Yの父はふたりの関係がまずいのは、それ
となくわかっていたようだった。

 だが、男は仕事とわりきり、朝早く会社に
でかけ、夜遅くなって帰宅した。

 Yが小さいうちは、彼の妻はYの添い寝。
 ねんねんよう、おころりようと歌っている
うちに自らも寝入ってしまう。

 「旦那さんが帰宅するまでは妻たる者なん
としてもは目ざめているべき」
 祖母は眼差しがそう語っていたが、父は彼
の母に同調しなかった。

 決して自分の妻を叱らない。ただ黙々と自
らの成すべきことを成していただけだった。

 そんな環境のもとで、Yは暮らした。
 中二の男の子は、いまだに子どもらしさを
あちこちに残しているもので、悪夢も幼稚っ
ぽいもの。

 大狐がうちのまわりをうろついたり、怪獣
が、両耳をおさえたくなるくらいの大きな声
をあげながら、Yの住む街をのっしのっしと
歩きまわって、建物という建物をこわす。

 今一つは、太い蛇が細い蛇をくらう夢。
 しかしながら、ついには細い蛇が太い蛇の
腹を食いやぶって出てきたのにはびっくりさ
せられた。

 まるで何かを象徴するかのようで、そんな
夢をみたゆうべは、Yのシャツはびっしょり
汗で濡れた。

 素直で正直だったYの性格はいつしかねじ
曲がってしまい、ひねくれ者になるのに時間
がかからなかった。
 
 

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ポケット一杯のラブ。  (3)

2024-03-18 21:28:23 | 小説
 ガチャガチャとまるで買い物カートの小さ
な車輪が何かの故障でうまく前に進まない気
鬱を思い起こさせるような物音が背後でして、
M子とYが驚いて首を回した。
 嘱託あつかいのBさんが、配達用自転車に
乗ってやって来るところだった。
 いかにも古くて頑丈そうな自転車。今どき、
どこかで買いたくても、めったに店では買え
ない代物である。
 荷台あり、押せばプカプカと鳴るラッパあ
り。にぎやかなことこの上ない。
 太いパイプがハンドルになっていて、ブレ
ーキをかけるのが大変。いざという場合、右
と左のざりがに似のはさみに似た部分を、そ
れぞれぎゅっと握りしめねば止まることがで
きない。
 昭和五十年くらいまで、牛乳を配達したり、
豆腐を売り歩いた人が、しばしば用いたもの
である。
 突然、キキッとブレーキのかける音がした。
 改めてM子とYが目を丸くした。
 Bさんが自転車にまたがったまま、背筋を
伸ばしている。
 背が低いのに、無理やり、両足を地面につ
けている。
 「ほんと、だいじょうぶですか」
 YがBさんを気づかう。
 「オッケーオッケー。それよりな。誰かさ
んよう、局に、ええっとどこだったけな。忘
れちゃ困るものを、置きっぱなしにしてある
んじゃないのかあ?」
 「あっ、Bさん。ぼくのですか。それなら
また局にもどりますから心配いりません」
 と応じた。
 「あれはなあ、ええっと、たぶんおめえの
じゃないな」
 YとM子は顔を見合わせた。
 Bさんは何やら、頭をひねっている。
 七十近くになっており、近ごろはついつい
忘れ物をしてしまうようだ。
 業務に支障をきたさないようにと、上司に
注意されることが多くなっている。
 「じゃあ、あたしの?ですか」
 Bさんはノウともイエスとも言わない。
 中二のふたりは、まるで難しすぎて答える
ことができないクイズを出題されたような表
情をしている。
 「さあ、どうだろ。とにかくふたりしても
う一度、局にもどって確認してみたら」
 「はあ、でも、この人は……」
 Yが顔を曇らせた。
 「腰をいためてるって言いたいんだろ」
 「そうです」
 (腰の痛みを押してまで、あえて取りに行
かなきゃならないものって、何だろ。もしも
それがわたしのものだったら……)
 ふいにM子の顔が紅くなった。心臓の音が
高鳴る。
 バスの来る時刻がせまっていたが、それほ
どあわてて帰宅して、医者にかかるほどの身
体ではないことはわかっている。
 「ぼくが、行って来る」
 「ありがとう。手洗い場を見てね。ひょっ
としたら、何か小物が置いてあるかもしれな
いわ」
 M子は正直に言った。
 Bさんは、M子にとって、小学生の時からな
じみある人だ。
 校区内に住むおじさんで、いつも横断歩道
で小旗を振り振り、生徒が横断歩道を渡りき
るまで見守ってくれたのである。
 
  
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