油屋種吉の独り言

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MAY  エピローグ

2021-10-21 19:04:07 | 小説
 ふいに、蛙のひろい鼻に、黒い小さな虫が
とまった。
 どうやらハエらしい。二本のかぼそい前足
を、じょうずにすり合わす。
 蛙は、しばらく、知らんふり。
 ハエに自由行動を許していたが、もはやこ
れまでと、いったん閉じた口から長い舌をす
るりと出し、あっという間に、それをからめ
取り、ごくりとのみこんでしまった。
 「まあ、おじょうず。さあ、あなた、もう
おしゃべりできるんでしょ。おなかもふくら
んだことだし。さあもったいぶらないで、わ
たし、いそがしいの」
 さも、蛙が人の話を理解したり、人の言葉
を話すのが当たり前であるかのように、メイ
は目の前の蛙に語りかけた。
  メイの話がわかったのかどうか、蛙は喉を
風船のようにふくらませ、ゲコゲコ鳴きだし
た。
 「あれれ、ちょっと、ちょっとそれはない
でしょ。ちゃんとお話ししてよ、わたしがわ
かるように」
 メイは心底がっかりした。
 こんなはずではなかったと思う。
 モンクおじさんたちと暮らしていたころは、
自由自在に、リスや森の生きものたちとコミュ
ニケーションがとれたのである。
 (あれって、お互いにお話したんだよね。
あの子たちと。ちゃんと口をもごもご動かし
ていたし、ああどうだったんだろう、ほんと
は……。考えれば考えるほどわからなくなる。
あたしには、もうどうやっても、あの時の力
を、とりもどすことができないのかしら。キ
ラキラ石を持っていても、むりなんだ……)
 メイは悲しかった。
 眼に涙がにじんだ。
 突然、耳の奥で、しわがれた声が響いた。
 「泣くんじゃない、メイ。お前の力が足り
ないからではない。大きくなったお前は世間
の常識に染まりすぎたのじゃ」
 「ええっ?せけんのじょうしきにそまる。そ
れって一体どういうことなの。わからないわ」
 メイの涙のしずくが、ぽたりぽたりと池の
おもてに落ちる。
 「わしはヒヒじゃ、知っておるだろ?」
 「はい」
 「なのに、しゃべれる。いや、正確にいえ
ば、しゃべれない。人のようにな。からだの
仕組みが違うから当然だ。じゃが、おまえの
想いを受けとめる。受けとめようと必死にな
ることはできる。だから、おのずとわかるの
じゃ。おまえの気持ちが、な」
 「はあ?おっしゃっておられることがよく
わかりませんわ」
 「大いなる力。この宇宙をつくり給うたも
の。おさめるもの。神と呼ばれるもの。それ
を信じ、相手の想いを受けとめようと努める
のじゃ。さすればおのずから、わたしが何を
考えているか、理解することができよう」
 「はい」
 「素直で正直、それが一番。大人になった
おまえは、何か大事なものを忘れかけていた
のじゃ」
 ふと、メイは時刻が気になった。
 視線を腕に落とす。
 (もう会談が始まるわ。間に合わない。あ
あ、どうしよう……)
 メイは池の水で顔を洗った。
 すくっと立ち上がり、まわりを見わたした。
 何かがちょっと前と違う。
 暗かった密林が、昼間のように明るくなっ
ていた。
 まるで虹が、密林ぜんたいをおおっている
かのよう。
 あたりを包む空気が、ふわふわふわと色を
変えた。
 赤、橙、黄、緑、青、藍、そして紫。
 それらはしだいに明るさを増していく。
 かぞえきれないほどのシャボン玉が、空か
ら降ってくる。
 ふいに、誰かがメイの左手をつかんだ。
 白い着物を身につけて、ヒヒがしわくちゃ
顔をほころばせていた。
 「ああ、おじさん。ヒヒのおじさま」
 「そうさ。ほらごらん。森の仲間たちも来
ておるぞ。メイ、お前にはもう、怖いものは
何もないはずじゃ。おまえ自身が神だ。地球
も、そして惑星エックスも、そして宇宙も。す
べてをそれと認めているのはお前だ。メイを
おいてほかにはおらぬ」
 ヒヒの話がわからないのか、メイは盛んに
首を横にふった。
 「あはは、わからないでよい。だんだんに
な、そのうちわかるときがくる」
 メイは池を見まわした。
 顔なじみの森の動物たちが、仲良くならん
でいる。
 そのなから、すくっと立ち上がった大柄の
男の人がいた。
 右手を高くあげ、大きく横にふった。
 「あっ、あの方は?」
 「惑星Xの守り神、バッカロス殿だろ」
 「はい。でもどこにおられました?」
 「あはは。ちょっと用足しじゃ。とにかく
あの方にな、わたしが、良く話しておいたぞ。
地球と惑星Xの友好のためにな」
 「そうだったんですね。ほんとうにありが
とうございました」
 メイは何度も何度も、頭を下げた。
 彼女の胸もとの袋も輝きだした。
 つぎつぎに色を変えて……。
 
 

 
 
  
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1 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2021-10-22 09:35:58
おはようございます。
とっても素敵なエピローグでした。
メイの素直で純真な心が伝わってきました。
ヒヒが、すべてを語ってくれたのがよかったです。
そして、シャボン玉が・・・
なんだかうれしかったです。
本来のメイが戻ってきて、バッカロスも無事現れて、平和な世界が訪れたんだなと思いました。
本当に素敵な物語をありがとうございました。

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