油屋種吉の独り言

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かんざし  その11

2021-10-14 22:24:56 | 小説
 大通りにぬけでる道は、もう一本ある。
 じいじから、そう聞いていたものの、彼が
ゆびさした方角に畑など見あたらなかった。
 ただ、夏草が生い茂る原っぱばかりだ。
 (あんなところ、通れるわけがあるもんか。
ぼくの背丈よりぐんと伸びてるし、昔は立派
な畑で、畔を境にいくつもの畑が整然となら
んでいたのだろうけれど……。今じゃ、鹿や
猿や、猪といった山のけものたちが行きかう
場所になり果ててしまった)
 ホーホケキョ、ケキョケキョケキョ。
 ふいに、鳥が鋭く鳴いた。
 谷渡り、である。
 警戒せよ、と仲間に知らせているのだ。
 はるとは驚き、鳥のありかを目で追った。
 だが、どこまでも篠竹の群れが途切れるこ
となく続いているばかりで、それらしい鳥が
羽根を休める梅の木は、容易に見つからない。
 (こんな茂みだ。梅の木がきっと草に負け
てしまったに違いない。でもな、うぐいすが
鳴くなんて、ちょっとおかしい。あれは春告
げ鳥、こんな夏の暑いお天気の中で、元気よ
く鳴いていられるはずがないし……、あっそ
うだった。だれかに聞いたことがある。ホト
トギスがうぐいすの巣をのっとる話。うぐい
すが産んだ卵を巣からほうり出し、そこへ自
らの卵を産みつけて、それらをうぐいすに育
てさせるって……)
 はあああっ、ふううっ。
 行く手の険しさを思い、はるとはなんども
深いため息をついた。
 だが、早々とこころを決めた。
 考えているばかりじゃしょうがないと思い、
昔、畔だったと思われるところへ、一歩入り
こんでみた。
 坂になっていた。
 落差が一メートル以上ある。
 よしっと、すばやく草をかき分けようとし
たはるとの素手が、ほそ長くのびたすすきの
茎に触れた。
 シュッと血しぶきがあがった。
 「あっ、いててて。もう、すすきの葉っぱ
がこんなに伸びてるう。こんなんじゃあ、と
てもとても最後まで歩きとおせないや」
 はるとは泣き顔になり、あたりに聞こえる
ほどの大きさでうめいた。
 ホーホケキョがいつの間にか止んでいる。
 「今はあんなにこさになってるけどな、五
十年ほど前には、この台地のはじには、梅の
木が何本も植えてあってな」
 二年前だったろうか。
 今回と同じように、梅とりに来たじいじが、
語ったことを手の痛みとともに思い出した。
 右手の小指のねっこあたりをそれほど深く
もないが、傷付けたようだ。
 トマトジュースで、漢字の一を描いたよう
である。
 傷口からぷくぷくとわいてきて、たらたら
とすべり落ちた。
 思いきって、はるとはなめてみた。
 (この味、どこかで。そうだ、おぼえてる
ぞ。錆びたくぎだ)
 はるとは、傷の治療をしようと思い立った。
 リュックにオキシドールと絆創膏が入って
いるのを思い出し、はるとは坂道にすわりこ
んだ。
 水筒も入っている。
 傷口を水であらい流してから、オキシドー
ルで消毒した。
 いくつもの絆創膏を、縦にならべて貼る。
 (一枚、二枚、それっ、もう一枚……)
 はるとは、どういうわけか、それらが片田
舎をゆっくり走る電車のように思えた。
 ケーンと何かが鳴いた。
 ウオーン、オン。
 山犬の鳴き声もつづく。
 はるとの胸がわくわくしだした。
 ここはまるで動物園だ、と思った。
 
 
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