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「ブドウが紫色にならなくなった」。全国有数の産地である岡山県岡山市でブドウの栽培・育種を手がける林慎悟さんが、気候変動の影響をはっきりと感じ始めたのはここ4~5年だという。

ブドウの果皮を紫色にするには、着色期である7~8月の夜間に適度な低温にさらす必要があるが、近年相次ぐ猛暑で色素の合成が阻害され、色づきが悪くなっているのだ。着色不良のブドウは見た目が劣り、出荷価格は半値~7掛け程度に下がってしまうという。

■気象リスクは年々深刻に

本来紫色になるはずのブドウ。高温被害は深刻だ。
高温被害だけではない。「局地的な豪雨が急に来たかと思えば、今度は1カ月雨が降らない。収量の振れ幅がかなり大きくなった」(林さん)。こうした気候の影響で果樹が弱り、病害虫が発生することもしばしば。「気象リスクは生産者にとって年々深刻になっている」(同)。

産直通販アプリの「ポケットマルシェ」を展開する雨風太陽が2021年に行った調査では、531人の生産者のうち91.1%に当たる484人が生産活動を行っているときに気候変動の影響を「感じる」と回答。主に温度や雨の変化を理由に、「収量や質の低下」「生育時期のずれ」などにつながっているという結果が出た。

異常気象が日常化し農作物の生産に悪影響を与える。そんな生産者たちの悩みは日増しに深まる。さらに世界規模での食料の安定供給に深刻な影響を及ぼす可能性が、最新の研究で指摘されている。

「近い将来、世界複数の地域で過去最大を超える干ばつが常態化する」。国立環境研究所や東京大学などの国際研究チームが2022年6月に発表した研究成果では、「異常気象が常態化してしまう時期」が世界で初めて推定された。

干ばつとは、降水量や河川水量などが平年より極端に少ない状態のこと。洪水や台風は局所的に災害をもたらすが、干ばつは広い地域で数カ月~数年にわたって続くことがあり、穀物生産などへの被害が極めて大きくなる。

国立環境研究所の横畠徳太主幹研究員によれば、「温暖化が進行すると地球全体で降雨や蒸発など水の循環は加速するが、その影響は均等ではなく大きな地域差が生じる」という。高緯度地域や赤道地域は上昇気流が強まり降雨が増えて温潤化するのに対して、亜熱帯域では逆に降雨量が減少して乾燥や砂漠が拡大する可能性がある。

■過去最大の干ばつが急増
同研究では、世界59地域での河川流量の全球将来予測データを解析することで、2100年までに「過去最大を超える干ばつが5年以上続く」地域と時期を予測。それによれば、温暖化の進行シナリオに応じて11~18の地域がこれに該当し、とくに地中海沿岸域や南米の南西部、北アフリカなどでは今後30年以内に過去最大の干ばつが急増するという。

食料分野で懸念されるのは、穀物生産が盛んなアメリカ、ブラジル、オーストラリアなどが、干ばつの頻発する“ホットスポット”と重なること。「干ばつが頻発することで収量が減り、世界の穀物価格が不安定化する可能性がある」(横畠氏)。

日本では西日本を中心に乾燥する時期が増えると推定されている。また世界で取水されたうち約7割が農業用であるように、穀物生産には多くの水資源を使う。穀物の大半を輸入する日本は、水資源も海外に依存しているに等しく、干ばつの影響と無縁ではない。

長期の視点で見たとき、気候変動が世界の穀物収量・価格にどれほどの影響を与えるのか。

国立環境研究所や農研機構などが参加する8カ国の国際研究チームが2021年11月に行った発表では、現在(1983~2013年)の世界の穀物の単位面積当たり平均収量と、今世紀末(2069~2099年)の同平均収量予測を比較。高温による生育障害などで、トウモロコシ、大豆、コメの収量が大幅に悪化する見通しを示した。

同研究は2014年にも行われたが、前回予測ではトウモロコシは1%増だったのが2021年予測では24%減に、大豆は15%増から2%減へと減少に転じた。コメは23%増から2%増へと増加幅が縮小した。一方、小麦は9%増から18%増へ増加幅が拡大している。

小麦はほかの作物に比べて高緯度地域で広く栽培されているため、低温による被害が温暖化で軽減され気候変動の影響がプラスに働くケースが多かったためだ(低緯度地域では負の影響が出る場合も)。
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■予測精度は前回より高い
前回予測と異なる結果になったのは、前提シナリオの平均気温と二酸化炭素濃度が上昇したためだ。「最新の気候変動予測と収量モデルを用いたため予測精度は前回より高い。温暖化が穀物に与える影響により早く備える必要がある」(農研機構の飯泉仁之直上級研究員)。

トウモロコシの収量減少の影響が顕著に出てくる時期は、前回予測では2090年代以降だったが2021年予測では2030年代後半に早まった。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2019年に公表した報告書では、「極端な気象現象の規模および頻度が増大するにつれ、食料供給の安定性は低減する」として、2050年に穀物価格が7.6%上昇するおそれがあるとする試算を示している(中央値、前提によって1~23%の幅あり)。
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こうした気候変動リスクにいかに備えるべきか。飯泉氏は、「地球温暖化を防止する緩和策と、影響を低減するための適応策を一体的に行うことが何よりも重要。時間を稼ぐことで対策が打てる」と語る。

農地を活用した温室効果ガスの吸収や先進国から発展途上国への技術支援、高温耐性品種の開発など打てる手はある。食の安定供給を守るために、あらゆる知恵と技術が求められる。