あの星を探して

あの星を探して

日常に厭きた少年と少女たちは、ある日見た流れ星を拾いに行くことにしました。
流れ星は、何処に?
トランクに荷物を詰め込んで、彼らの非日常が始まります。

Amebaでブログを始めよう!

図書館はまちの外れに佇んでいる、まちの中ではかなり大きめの建物だった。

外れといっても、この図書館は元々は教会でまちの中心にあった。随分昔にまちが細かく分かれ、それぞれのまちに小さな教会が出来た。

余った建物に書架が運び込まれ、この図書館「アンタレス図書館」になったらしい。



微かな乳香の匂いの残る館内は、他の図書館より静謐な空気が漂っている気がする。

けれど、教会ほどの厳粛な雰囲気はない。

置いてある本も宗教関係のものばかりではなく、娯楽本もあれば児童書もある。

勿論天文学の本だってある。

初めて来た日はおっかなびっくりだった僕も、通い詰めるうち雰囲気に慣れてきた。


ページを捲る音。鉛筆を走らせる音。椅子を引く音、誰かの内緒話。忍び笑い。


ステンドグラスから落ちてくる柔らかな光が睡魔を誘うのか、サンタクロースみたいな老人がすうすうと寝息を立てているのさえ聞こえてくる。

その中で朝から夕方まで読書に明け暮れるのはなかなか出来ない贅沢だ。



続きが気になっていた漂流記を読破し、禁貸になっている百科事典の星の巻と鉱物の巻と小鳥の巻を眺め、紅茶の種類と淹れ方の本を読んだ。


今夢中になっているのは東洋の小国の風俗を書いた本だ。


特に僕ら位の年頃の少女の服装には驚いた。

シルクを鮮やかに染め、その上に絢爛豪華な模様を描いている。花や鳥の絵が多いが、平面的なのに伸びやかで独特の雰囲気がある。さらに刺繍や金箔を使って華やかさを出している。

衿は下着に縫い付けてそこだけ見せるようにして着るようだ。

ホックや釦を全く使わず、紐で押さえるだけで身にまとうらしい。

その上には帯という幅が広く長いベルトのようなものを巻くのだが、これもシルクを使った織物。

豪華なデザインや、身に付けるものほとんどがシルクという贅沢さも興味深かったが、

彼女たちのエキゾチックな風貌や、伝統的な遊びも面白そうだった。

奥付けを見ると、最近書かれた本だと分かった。

しかもこの本の作者はかの国を実際に訪れ、様々な人たちと交流を持って、その生活ぶりなどを伝えていた。

どうやらフィクションではないらしい。

同じ年頃の、全く違うファッションを纏った、違う文化に生きる少女たち…。

このまま旅を続ければ、会える日が来るのだろうか。

その想像はこの旅をさらに楽しいものにしてくれた。






 

夏が終わりかけている。

夜空に浮かぶ白鳥の位置がそれを語りかけてくる。



短い夏のほとんどを、僕らはこの小さなまちで過ごした。

山あいのそのまちは、林業と放牧で成り立っている田舎町だ。

宿を経営しているのは気のいい主人と女将さんで、ご主人のお父さんから家業を引き継いだばかりで、まだ若かった。


ちょうどどこの学校も夏休みだ。


このまちにも子供たちが寄宿舎から帰ってきていて、普段聞かれない賑やかな声に溢れている。

まだ子供のいないふたりは寂しい思いをしていたようで、僕らを心から歓迎してくれた。


まちには綺麗な川が流れていて、小さな橋があちこちに架かっている。

木で出来たその小さな橋を牛や羊を連れた人びとが通り過ぎたり、兄と思しき少年に釣りの手ほどきを受けながら真剣な顔で釣り糸を垂らす小さな子供を見かけることはよくあった。

川の水は山から下りてくる。

山の中には流れの緩やかな箇所がいくつかあって、そこも子供たちのよい遊び場になると聞き、僕らは出かけることにした。


人の育てる山は針葉樹ばかりだ。山に入ってもちゃんと陽の光が下りてくる。

ここはかなり北になるのか、かなり涼しいが、山の中はなおいっそう過ごしやすい。

山道を登ってもうっすら汗ばむ程度で、不快さは全くない。

リズとヴィクトリアも日傘を揺らしながら、ゆっくりついてくる。

一時間ほどで目的地に到着した。

まちの中と違い、川の水はしぶきを上げて走っている。周りは岩場だ。

そこに水が流れ込み、池とも言えない水溜りを作っている。そこから下へはゆったりした流れになってた。

水面は光の加減でアクアマリンに見えたり、深緑に見えたりする。水は飲めそうなほど綺麗だ。

覗き込むと、結構深さがあるようだった。立てないことはないが、僕らの頭くらいあるかもしれない。

陽の煌きの下に魚影が見える。

僕とカインは一瞬顔を見合わせると、服を脱いで飛び込んだ。

水飛沫が盛大にあがる。



「きゃあ!」

「もう!こっちまで濡れちゃうわ」



女の子たちが抗議の声を上げる。
それを聞いてカインが拳を水面に打ち付ける。また飛沫があがった。



「やめてよ、本当に性格が悪いわね」



リズはそう言いながらも、カインの攻撃を躱すべくちゃっかり日傘をこちらに向けている。カインの行動を読んでいたようだ。

何だかんだ言いながら、カインとリズは僕より気があっているような気がする。

また軽い嫉妬を覚えた自分に嫌気が差して、ぶくんと潜ってみた。

見上げると光がちらちらと揺れる。

魚になった気分だ。

さっきの魚の群れを追ってみようかと水中に目を転じたが、派手に騒いだせいか姿は見えなかった。


ふと見るとカインと目があった。

水中で見つめ合う。

いつの間にか顔がすぐそばに来ていた。

カインの腕が僕の肩を抱き、うなじ辺りに唇の感触を覚えた気がしたところで息が切れ、ふたり同時に浮き上がった。

さっきのは気のせいだったのだろうか。確かめる勇気はない。



「リズ!無茶しないで!!」



ヴィクトリアの声で我に返るとなんとリズは水面から突き出た岩を渡って向こう側に渡ろうとしている。

斜面になっているそこに咲いている山百合を摘もうとしているらしい。



「リズ!花なら僕たちが摘むからお戻りよ!」



僕も叫んだが



「嫌よ!自分の手で摘みたいの。それにこれくらい平気よ!」



と耳を貸さない。

僕たちが見守る中、リズは結構身軽に斜面に到着し、無事お目当ての花を手にした。

最後の最後で足を滑らせ、靴とドレスの裾を濡らしたが、気にもとめず手にした花に満足気だ。



「お土産ができたわ」

「リズったら、本当に無茶なんだから…」



諌めるようにヴィクトリアは言うが、心中は僕と同じだろう。

リズは確かに向こう見ずだが自分の力を本能的に心得ているような気がする。

本当に危険なことはしないだろう。

何にも挑戦しないで自分に閉じこもっている僕らより、遥かに大人に感じる。


女将さんが持たせてくれたサンドウィッチと桃を食べ、日が暮れるまで遊んでから宿に帰った。

リズの摘んだ山百合は女将さんの手で生けられた。

女将さんの嬉しそうな顔を見て、リズは少し誇らしげだ。


次の朝、珍しくカインは起きてこなかった。

心配になって部屋を覗くと、ベッドにうつ伏せになった彼が見える。



「カイン!」



呼ぶとゆるりと顔を向ける。目が潤んで息が荒い。

発熱しているようだ。

僕は引き返して女将さんを呼んだ。

山の中の弱い光に油断したのだ。肌の弱いカインは昨日一日で日に焼け、挙句寝込んでしまった。

塗り薬を塗って寝ていれば治ると女将さんは言ったが、リズとヴィクトリアは自分たちが様子をみると立候補し、他に仕事のある女将さんの代わりに付きっきりで看病した。

カインは精一杯抵抗したが、熱のせいか弱々しい。

二人に押し切られて覚悟したのか、仏頂面のまま借りてきた猫のように大人しく「病人」になっていた。

僕まで傍にいるとカインが我慢しきれず起き出しかねないので、彼には気の毒だがまちの図書館に逃げ込むことにした。











いよいよ待ちに待ったイベントの日がやって来た。

店が始まる正午前から僕たちはそわそわし、ついに我慢出来なくなって外に出た。




「まだ始まらないわよ。そう急がず中にいらっしゃいな。今日も陽射しがきついのに」





女将さんが呆れて言った。





ゆっくり歩くと確かに陽射しがじりじりと頭を焼く。

気が付けば僕以外はみんなきちんと帽子を被っている。

雨季だと思っているうちに気温が上がってきた。もう夏なのだ。

広場にはロープが張られ、みな準備に忙しそうだ。

人々の間から見える品物に期待も膨らむ。

僕たちは人々を遠巻きに眺めながら、屋台でアイスクリームを買って食べた。すぐに溶けるので忙しい。
僕たちがアイスクリームを食べ終え、噴水に手を浸して噴き出す水を眺めていると人が流れ出した。



広場の入り口が開かれたのだ。





「行こう」





噴水の縁に乗ってバランスを取りながら一周したカインがぽおんと飛び降りた。





「楽しみだわ」

「私もう目をつけているの!」





女の子たちは走り出してしまった。



そう大きくない広場に、村のほとんどの人が集まり、自慢の一品を売ったり買ったりしていた。

女の子たちが好きそうな雑貨やアクセサリーも多い。





「僕たちはどうする、」





ぼくはカインに訊いてみた。





「そうだな…。折角だし、しばらく別行動しないか。あとでみんなでもう一度回ろう」

「分かった。リズたちに会ったら伝えるよ」

「うん。僕もそうする」

「じゃあまた後で」



カインと別れて流れにまかせて歩いてみる。

おもいおもいの作品が並べられていて面白い。

可愛いお菓子を模したアクセサリーを見つけ、ああリズが好きそうだと思ったら案の定ふたりはそこにいた。





「リズ。ヴィクトリア」

「あ、タイム。ごめんなさい、気が急いてはぐれちゃったわね」

「ううん、取り敢えず別行動で目当てのものを見て、それからみんなで回ろうってカインが」

「それがいいわね。じゃあまた」

「うん。じゃあまた」





普段なら5分で横切る広場だけど、ゆっくりと見て歩いたら1時間も経っていた。

喉の渇きを覚え、広場の外の出店に戻り、かち割り氷にシトロンのシロップをかけてもらう。

氷を口に含みながら入口に戻ると、三人が飲み物を手に集まっているのが見えた。



考えることはみな同じらしい。





「いいタイミングだね、」

「ああ、タイム。外にいたのか。本当に上手く揃ったね」





それから僕らは互いにあれが好きそうだ、これが似合いそうだ、あの店が美味しそうだなどと好き勝手に感想を言いながら再び広場を回り、

女将さんの宿に戻って来た頃には5時を回っていた。



おかえりなさい。暑かったでしょう。何かいいものはあった?」

「はい。みんな大収穫です」

「迚も素敵なものがいっぱいあったわ」

「全部買い占めてしまいたかったわよね」





女将さんの用意してくれたアイスティーを飲みながら、広場の様子の報告や買ったものなどを見せ合った。



僕とカインは色違いのリング。




ヴィクトリアはラベンダーのサシェと梅のジャムを買い、それは早速おやつのスコーンと供された。



リズはマカロンタワーを模したペンダント。迚も精巧なつくりだ。



お茶が終わるともう夕食の時間で、僕たちはお腹がまだいっぱいだったのでサラダとスープだけをいただき、自室に戻った。


ベッドに寝ころんで、手をかざしてみる。中指の存在感あるリングを眺める。

僕は黒、カインは青を選んだ。

待ち合わせたわけでもないのに、同じタイミングで手が伸びてきて隣のものを手に取ったと思ったら、それがカインだったのだ。

僕たちは喜び、そのままそれぞれの選んだリングを買ってお互いの指に嵌めた。





「マリッジリングみたいだね」



僕たちは吹き出した。


楽しい一日だった。

暑かったけれど、みんな笑顔だった。

心地よい思い出に浸りながら、いつしか僕は眠りに落ちた。