美容師の美保理は、夫の譲と海を見下ろす住宅地に建つ築25年の3階建て一戸建てを購入。1階部分を店舗用に改築し、ようやく夢だった自分たちの美容室を開くことになりました。美保理は、ワクワクしながら準備を進めていきます。ところが、開店を翌日に控えた日の朝、店先を通りかかった女性に「ここが『不幸の家』って呼ばれているのを知っていて買われたの?」と声をかけられ...。

 

通りがかりの女性に言われた「不幸の家」という言葉。そして、それを裏付けるかのような痕跡が色々と見つかり、美保理は動揺します。

 

庭に大きな琵琶の木が植えられた古い家で新しい人生を切り開いていこうとしている美保理と譲の物語が描かれます。5編からなる連作短編集で、物語が移るごとに、前作の1代前の住人が主人公となります。

 

第1話「おわりの家」は夢を抱いて移ってきた美保理と譲が主人公。

第2話「ままごとの家」の住人は40代の多賀子、夫の義明、娘の小春、その弟で息子の雄飛の4人家族。小春は2年前に進路のことで義明と衝突して家を出ました。雄飛は大学受験を控えていましたが反抗期で多賀子に反発してばかり。そんな時に多賀子は義明が不倫しているとの話を聞かされ...。

第3話「さなぎの家」の住人は、30歳手前の叶枝と紫、紫の娘の響子。叶枝も紫も行き場を失い、高校時代の先輩の蝶子が持っていたこの家の転がり込みます。

第4話「夢喰いの家」の住人は、第3話の住人たちをこの家に住まわせた蝶子とその夫の忠清。結婚し築6年のこの家を購入します。子どもが欲しいと願っていた2人でしたが、子どもができず、その原因は忠清であることが判明。忠清は、申し訳なさから蝶子に離婚届を渡します。

第5話「しあわせの家」の住人は、真尋と彼女が2年前に出会った須崎健斗とその息子の惣一。運送会社を経営して羽振りがよく、シングルファーザーとして子育てもしているはずの健斗でしたが、徐々に、それが嘘だったことが判明し...。

 

「不幸の家」と噂された原因は、次々に住人が入れ替わったことにもあったようです。夢を抱いて住み始めた人もいれば、仕方なくすむようになった人もいて、そして、その家族構成も様々。そして、誰もが、小さくない不幸を抱えています。けれど、この家を出る時には、それぞれが自分の歩む道を見つけ、自分の決断で新しい生活を選び取っていきました。決して、手放しで「幸せ」とは言えないのかもしれませんが、自分の人生を自分で決める力を持てた時、人は幸せになる可能性を手に入れるのだと思います。

 

美保理に、隣家の信子が話したように「しあわせなんて人からもらったり人から汚されたりするものじゃない」し、「自分で作り上げたものを壊すのも汚すのも、いつだって自分にしかできない」し、「他人に左右されて駄目にしちゃうなんて、もったいない」のです。

 

1軒の家とその家が建つ街の様子が丁寧に描かれることで、そこに住む人々の日々の生活が浮かび上がり、登場人物たちの想いがリアルに伝わってきます。

 

何が幸せで何が不幸か、何度も訪れる人生の岐路においてどの道を選択すればよいのか...。時に理不尽で、不公平で、正義が通らず、正解のない世界を生きる私たちは、時として、その不確かさ、理不尽さ、曖昧さに押し潰されそうになり、安易な答えに縋りついてしまいます。けれど、その曖昧さに耐え、他の人の正解とは違う自分の答えを探し、同時に他の人の答えを受け入れることでこそ、幸せを掴めるものなのかもしれません。

 

様々な辛さに取り囲まれても、その先に希望や幸福を掴めるかもしれない。暗闇の先にある光が示され、ほんのりとした温かさが沁みてきました。

 

 

 

東京創元社公式サイト内

うつくしが丘の不幸の家 - 町田そのこ|東京創元社 (tsogen.co.jp)