落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(14)関東テキヤブルース

2020-08-05 16:34:41 | 現代小説
上州の「寅」(14)


 「ご苦労さんだったな。約束の日当だ」


 1月4日の夕刻。ようやく寅は屋台の仕事から解放された。
朝9時から開店準備。初もうで客の姿があるうちは終日、仕事。
夜の11時近くまで働いたあげく、いつものように3人で雑魚寝をする。


 4日目。参道に初もうで客の姿はすくない。


 「すこしばかり色をつけておいた。
 また頼むかもしれねぇから、そんときはよろしく。じゃなぁ」


 人事担当の大前田氏が寅の肩をポンとたたき、歩き去っていく。


 「あたしらも行くか。
 寅ちゃん。あんたどこまで帰るんだ」


 「おれ?。おれは八王子」


 「八王子か。すこし寄り道になるが帰る方向は同じだ。
 乗りな。送っていくから」


 「送るって・・・君。運転できるの?」


 「ひと月前にとったばかりだ。ほやほやの双葉マークさ」


 「心配だ。やめておく」


 「なんでさ。あたしの運転が不安かい?。
 じゃあんた。運転して」


 チャコがポンとカギを投げる。


 「君たちは何処まで行くの?」


 「栃木の宇都宮」


 「なにしに行くんだ。そんな遠くまで」


 「宇都宮と言えば餃子が有名。
 正月休みを利用して餃子を喰いに行くのさ。宇都宮まで」


 「餃子のためにわざわざ行くのか、宇都宮まで」


 「時間はたっぷりある」


 「そんなものか・・・君たちの正月休みは」


 「そんなものさ。さ、運転して」


 寅が屋台道具を満載したワンボックスの運転席へ滑り込む。
免許証は持っているが、運転したことはない。
いわゆるペーパードライバーのひとりだ。
キーを差し込み、エンジンをかける。 


 ♪~おとこ一匹 大道家業 ひびく庭場のタンカバイ~


 いきなり大音響の演歌が流れてきた。


 「おっ、なっ・・・なんだ、これは!」


 「あたしらの応援歌。テーマソングさ。
 菅原文太の関東テキヤブルースだ」


 ♪~死んだ兄弟 オヤジの声が 消えて隅田の無情の水よ~


 「か・・・かんべんしてくれ。音が大きすぎる!。
 運転に集中できねぇ!」


 「そう。あたしはこれくらいの音量のほうが落ち着くけど。
 気になるんじゃ少し下げるか」


 ♪~関東テキヤのこころい・・・


 「それじゃ下げすぎだろ。なにも聞こえなくなったぞ」


 「ときどき具合わるくなるんだ。このCD」


 チャコがドンとCDプレイヤーを叩く。
昭和のテレビじゃあるまいし、叩くことで回復するなら誰も苦労しない。
ところが奇跡がおきた。
音の途絶えたCDプレイヤーが、いきなり大音響で復活した。


 ♪~あついなさけをぉぉ、こころぉでうけてぇぇぇ・・・


 「たっ、助けてくれ~。み、耳が張り裂ける!!!」


(15)へつづく


最新の画像もっと見る

コメントを投稿