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実力も運のうち 能力主義は正義か? (マイケル・サンデル)

2021-12-04 08:26:41 | 本と雑誌

 

 マイケル・サンデル教授の代表的著作である「これからの「正義」の話をしよう」には大きなショックを受けました。
 あれからもう10年経ったのですね。私にとって本書は、それ以来、間に「サンデル教授の対話術」を挟んで3冊目のマイケル・サンデル教授の著作になります。

 メインテーマは「能力主義」のようですが、かなり私の頭は退化しているので、どこまで議論について行けるかチャレンジです。

 以下、私なりに興味を惹いたところを書き留めておきます。

 まずは「能力主義とは」という概念整理です。
 この能力主義と和訳されている言葉ですが、原語では「meritocracy」。“merit”は「能力」とか「功績」といった意味で、“meritocracy”は、“merit”に基づいて、人々の職業や収入などの社会経済的地位が決まるしくみをもつ社会のことを意味します。ちなみに、対語は「属性主義」「貴族制(aristocracy)」。家柄など本人が変えることができない属性により生涯が決まってしまう前近代的なしくみです。

(p63より引用) われわれは自由な人間主体であり、自分自身の努力によって出世も成功もできるという考え方は、能力主義の一面にすぎない。同じく重要なのは、成功を収める人びとはその成功に値するという信念である。 能力主義のこうした勝利主義的側面は、勝者のあいだにおごりを、敗者のあいだに屈辱を生み出す。

 さらに、もう少し具体的に「能力主義」が導く行く末を説明するとこうなります。

(p89より引用) 成功は幸運や恩寵の問題ではなく、自分自身の努力と頑張りによって獲得される何かである。これが能力主義的倫理の核心だ。この倫理が称えるのは、自由(自らの運命を努力によって支配する能力)と、自力で獲得したものに対する自らのふさわしさだ。・・・だが、これには負の側面もある。自分自身を自立的・自足的な存在だと考えれば考えるほど、われわれは自分より恵まれない人びとの運命を気にかけなくなりがちだ。私の成功が私の手柄だとすれば、彼らの失敗は彼らの落ち度に違いない。こうした論理によって、能力主義は共感性をむしばむ。運命に対する個人の責任という概念が強くなりすぎると、他人の立場で考えることが難しくなってしまう。

 これが、能力主義が生み出す「分断(新たな階級社会)」の主成因です。

 能力主義をより公平にしようとする方法のひとつが「機会の平等」の実現ですが、この「機会の平等」が“曲者”です。
 すべての人々が同じ条件で「機会」を活かせるか、競い合えるかといえば、現実はそうではないからです。すなわち人種・階級・民族・性別等々、人には「違い」があり、その違いによって既に機会の平等は、理想的な機能を果たしていないというのが実態なのです。

 そして、この能力主義の世界は、結果については“自己責任”とするという考え方につながっていきます。そこで成功を得られなかった人々は、自らの「労働の意義」を否定されたような心情に陥ってしまうのです。

 しかし、どんな労働であっても、そこには厳とした「尊厳」があるのです。“職業に貴賎なし”です。

(p298より引用) 市民的概念の視点からは、経済においてわれわれが演じる最も重要な役割は、消費者ではなく生産者としての役割だ。なぜなら、われわれは生産者として同胞の市民の必要を満たす財とサービスを供給する能力を培い発揮して、社会的評価を得るからだ。貢献の真の価値は、受け取る賃金では計れない。

 マーティン・ルーサー・キング牧師も「労働の尊厳」を「共通善への貢献」に結び付けてこう語ったと言います。

(p299より引用) 私たちの社会がもし存続できるなら、いずれ、清掃作業員に敬意を払うようになるでしょう。考えてみれば、私たちが出すごみを集める人は、医者と同じくらい大切です。なぜなら、彼が仕事をしなければ、病気が蔓延するからです。どんな労働にも尊厳があります。

 さて、本書を読み終わっての感想ですが、やはり大いに刺激を受ける内容でしたね。
 「能力主義」とそれが生み出す「労働の尊厳の否定」、そして「社会の分断」、「成果の平等」ともいうべき能力主義を是正する方法としての「機会の平等」、その機能不全から求められる「条件の平等」。などなど多彩な論考が詰め込まれた労作です。

 ただ、予想どおりなかなかサンデル教授の議論にはついていけませんでした。特に、第五章のフリードリヒ・A・ハイエクジョン・ロールズらによる政治哲学的論考の解説のあたりでは、私の脳味噌は完全に固まってしまいました。情けない限りです。
 とはいえ、またサンデル教授の著作が出版されると気になるでしょうね。“返り討ち覚悟”で手に取る可能性大ですが。

 あと、最後にに蛇足ですが、もう一言。
 この日本版のタイトル「実力も運のうち」は如何なものでしょう?確かによく考えると “言いえて妙” ではありますが、マイケル・サンデル氏の著作ですから、無理やり捻ることはなかったようにも思います。

 

 


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