みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

森で人生の一休み(2)

2021-04-29 | 第18話(森で人生の一休み)

箕面の森の小さな物語 

 <森で人生の一休み>(2)

  明美は夫を静かに抱きしめながら二人で涙を流した。 「けいちゃん 辛かったのね・・ ごめんね!  私 気がついてあげられなくてね  でももういいのよ  貴方の今までの仕事ぶりは私が一番良く知っているわ  子供たちもみんなしっかりと自立したじゃない・・ 私は幸せよ  みんな貴方のお陰なのよ 本当に感謝しているわ  だから今はゆっくり休んでね  これは神様からのきっと贈り物だわ  きっとうまくいくわよ  私はいつまでも貴方と一緒よ  いいわね  さあ 笑って 笑って!  私ね けいちゃんの笑顔が大好きなのよ  昔、渋谷の店で貴方を見たとき、誰よりも素敵な笑顔で接客していたけいちゃんに一目ぼれしたんだからね・・ それに私ね 実はヘソクリ上手なのよ 貴方に黙ってたけどたっぷりあるの  だから一年や二年収入がなくても私ヘッチャラなのよ・・」 啓介はやっと笑いながら、もっと早く妻へ全てを話すべきだったと思った。

 「そうだわ 次の日曜日 子供たちも呼んで、昔2、3度行った箕面の滝へ一緒に出かけてみない?  森の中を歩くのも気持ちいいんじゃないかしら・・」 明美は人の力より、今 大自然の力が必要だと直感したからだった。  子供たちには電話で父親の失業とうつ病のこと、今の状況を詳しく正直に話し、それもあって・・ と 一緒に箕面の滝行きを誘った。  

 

 日曜日の朝、三人の子供たちはそれぞれ少し心配顔をしながら集まってきた。  しかし、表面はみんな明るくし20数年ぶりに家族5人揃って箕面駅前に向かった。 啓介は全く気が進まなかったが、妻や子供たちに心配かけたことと、今まで仕事ばかりで家族みんなが揃って遊びに行くことなど無かったので渋々ながら腰をあげていた。

  真夏の太陽が照りつける暑い日だが、瀧道から一歩森の木陰に入ると予想外に涼しかった。  賑やかなセミの大合唱に負けじと大声で喋り、カジカ蛙の鳴き声をみんなで真似てみたり、つるしま橋から箕面川に下り、裸足になって川遊びをしたり、緑の森の中で明美が作ったお弁当を広げ、昔話に花を咲かせたりした。  丁度、瀧安寺前広場では「箕面の森の音楽会」が開かれていて、みんなで手拍子をしながら音楽を楽しんだ。 

 夕暮れになると、箕面川渓流に飛び交うホタル を追ったりして一日 家族五人が楽しい一時を過ごした。 「今日 来てよかったね お父さんの笑顔を久しぶりに見たわ」  家族が一つになれたような心地よさをみんなが感じていた。 そして啓介と明美の新しい二人の人生がスタートした。

 

  啓介は家族揃って歩いた瀧道の光景を思い出しながら、少なからず感動を覚えていた。 「箕面の山や森を一人で歩いてみたいな~」 その気持ちを明美に素直に伝えた。 「それはいいわね  私美味しいお弁当を作ってあげるわ  貴方の好きなコーヒーもポットに入れてあげるわ・・」

  数日後、啓介は明美が渡してくれたランチボックスを手に、初めて箕面の山への一人歩きに出かけた。  本当は明美も心配で一緒について行きたかったけど、事前に相談した心療内科の医師からは・・ 「それはいいことですよ 大自然に接する事は大切です うつの改善に効果的との臨床結果もちゃんとでていますから、ぜひどんどん行かせてあげて下さい・・」と言われていた。  それでも心配は尽きなかった 「一人で大丈夫かしら?」

  啓介は明美に箕面・外院の交差点まで車で送ってもらった。  事前に明美は箕面の山をよく歩いている友達から、山の地図とコースを教えてもらっていたので助かった。

  啓介が歩いて外院の山里に入ると、すぐにのどかな田園風景が広がっていた。 なぜか初めての山歩きなのに、今までに無いワクワク感を覚えていた。 もう何十年とこんな穏やかな風景を見たことがなかった・・ と言うより仕事、仕事で心も目も見て見えなかったのだろう。

  水田には青々とした稲が育ち、畑では家庭菜園のご夫婦連れが野菜の手入れをしている・・ ナス、キュウリ、カボチャ、トマト、トウモロコシ・・ いろんな作物が夏の太陽をいっぱいに浴び、元気に育っている。 生き生きとしたその実りに啓介は目を輝かせ、しばし佇みながらそんな懐かしい田園風景を楽しんだ。 「みんな 生きているんだな・・」

  外院の山里から細い山道に入った。 すぐに穏やかな登りが続く・・ 体力がないのか? すぐに息切れる。 しかし、その都度一休みしながら深呼吸して見上げると、今まで見たことのないような深い緑豊かな森が広がっている・・ そこに一筋の木漏れ日が差込み幻想的な光景が生まれ、野鳥が飛び交いさえずっている。  風が吹くと枝が揺れ、葉が舞い、まるで森が自分を歓迎してくれているかのような感動を覚える。  啓介は一歩一歩山道を踏みしめながら、大自然の営みに感動しつつ、なぜか涙が零れ落ちた。

  やがて丸太を組み合わせた素朴なベンチが見えてきたので一休みにした。 汗いっぱいの額をタオルで拭いながら・・ 「この爽快感はなんなんだ?」と、初めて歩く森の風景に感動していた。  水を飲みながら足元を見ると、子供の頃に図鑑で見たような昆虫がノシノシという感じで歩いている。 目の前を黒い大きなアゲハ蝶が飛んでいった・・ 前方の松の枯れ木のてっぺんから姿は見えないが ホーホーケキョ~ と鶯の鳴き声が森に響いた・・ すごい声量に感激する。 横にはピンクの見慣れない花が風に揺れている・・ 「きれいだな~」

  ボンヤリと遠くを眺めていると・・ 何か先で動くものが・・? 「あっ あれはモノレールでは?」  いつも啓介が彩都の駅から千里中央駅まで通勤で乗っていた電車が走っているのが見える・・ 「と 言うことは、この左方が自宅マンションか?」 啓介は自分の位置関係を知り、住む家の窓からいつも見ていた山を今自分が歩いている事に感激していた。

 (彩都は10数年前に街開きした新しい街で、箕面市と茨木市にまたがる743ha、予定人口5万人、大阪大学・箕面キャンパスや粟生間谷住宅地に隣接し、住宅以外に生命科学、医療、製薬などの研究施設と関連企業も進出している国際文化公園都市だ。)

  啓介はゆっくり腰をあげ再び山道を登った。 やがて二ヶ所目の丸太ベンチが見えてきたのでお昼にした。 啓介は妻が朝作ってくれたランチボックスを広げた。 「ピクニックに来たみたいだ・・ ハラ減ったな! おっ 美味そうだ」 好物の卵焼きとサツマイモ、マメなどと可愛いおにぎりが4個入っている。 啓介にとってこんな空気のいい森の中で、しかも自然の感動や感激を味わった後での食事は最高に心癒された。

  しばらくすると食べている頭上で急に鳥がさえずり始めた。 ツーツーピー ツーツーピー 啓介は生まれて初めて身近で聞く野鳥の鳴き声に聞き入った。 「いいもんだな~ そうだ!」 食べていた芋の端切れを手のひらに載せて上に掲げてみた・・ すると何と! 二羽の野鳥がやってきてその一羽が啓介の手に乗りその芋を口にくわえて飛び立った・・ 「あっ 落とした」 それを拾ってまた手のひらに乗せているとまたやってきて親指にとまった・・ 「すごい すごい!」 啓介は親指に野鳥の足のつめを感じながら、その感激にうろたえた。 次は上手く口にくわえ森に飛んでいった・・ その後をもう一羽が飛んでいった。 「あれは恋人かな? 夫婦かな?」 今頃二羽で仲良くあの芋をついばんでいると思うと笑みがこぼれた。 「こんなフレンドリーな野鳥に出会えるなんて・・」 啓介はしばし自然の営みに感動し動けなかった。 (家に帰って子供の図鑑で調べてみたらそれは ヤマガラ だった)

  我に返りランチボックスを片付けていると、下からメッセージカードが出てきた・・ 妻からだ・・ 「けいちゃん 何十年ぶりかで貴方にラヴレターを書きます。 少し恥ずかしいわね。 でも私が貴方をずっと愛していること、子供達も貴方が大好きな事を伝えたかったの・・ 貴方が仕事をしなくとも、何もしなくても、どんな格好でいようとも、貴方がいてくれるだけで、私も子供達も幸せなのよ。 そして家族はみんな希望を持って生活できるの。 貴方は一人じゃないのよ。 3本の矢の話があるじゃない・・ 一本では折れてしまうけど、私たちには5本の矢があるのよ。 絶対に束ねたら折れることはないわ。 だから安心してゆっくりと山歩きを楽しんでね。 そんな貴方を見ているだけで、私は幸せなのよ。 いつまでも愛しているわ・・・ 明美」 啓介の目から涙があふれ止まらなかった。

 その日 帰宅した啓介は、照れながらも妻のラヴレターが嬉しかった事を素直に伝え感謝すると、一日森の中であった出来事を一気に話し続けた。 「けいちゃんの目が生き生きしているわ これなら大丈夫だわ・・・」 明美は心底安堵した。

 

  やがて啓介は息子や娘が買ってくれた山歩き用の靴、ウエアー、ストックにリュック、万歩計などを身に着け、毎日のように箕面の山々へ出かけていった。 明美はその都度、あの心療内科の先生にその日の状況を連絡し、相談していたが、先生は・・ 「~どんどん行かせてあげてください。 自然の力は人間の知識や知恵など人知をはるかに超えた最高の治癒力をもっています。 薬などと違い副作用もなく安心ですからね・・」 と応援してくれた。

  啓介のお気に入りは、箕面の山々から大パノラマの広がる大阪平野を眺めながら、妻の作ってくれたランチボックスを開くことだった。  特に教学の森の<わくわく展望所>やその少し上の<あおぞら展望所>は、その名の通り、木を切り開いただけの何もない所だが、ここからの180度見渡せる眺望はすごかった。  お天気のいい日には、西は神戸、西宮、その先の淡路島、四国の島影も見える。 大阪湾の波間に大型タンカーの姿が見えるし、その先の関空島、その先の和歌山の方までも見えるのだ。 南には林立する大都市・大阪の高層ビル群がみえ、東にかけては奈良の山々、金剛山、生駒山 そして京都の山並みまで一望できる。

  啓介の生まれ育った箕面の家、学校、遊んだところ、勤めた会社、関係した店舗や仕事先、それに妻と出会った中学校の校庭から家族との思い出の場所なども上からみえる・・ すぐ先にみえる大阪国際空港の滑走路から一機の大型旅客機が飛び立っていった。

  ここから下を眺めていると、自分の過ごした人生の大半の場所を見下ろすことができ、走馬灯のようにその一つ一つがよみがえってくる。 天上からみれば、こんな小さな狭い街であくせくしながら悩み、苦しんできたのか~ と最近の自分を省みていた。

  ランチボックスにはいつも妻・明美からの温かいラブレターが入っていて、啓介はそれを涙を流しながら読んだ。  そして、いつしか心の底からじわじわと湧き出る活力を感じていた。 こうして啓介は、箕面の山々を歩きながら妻に励まされ、大自然からの感動や感激を味わい、いろいろと人生のパラダイムの転換を体験し、心身ともに元気を取り戻していった。

  季節はいつしか夏から秋、そして初冬に移っていた。  啓介はこの半年ほどの山歩きですっかり顔つきが変わり、健康的で柔和、穏やかな顔に変わっていた。 話し方も、いつもせわしなかったがゆっくりと、力強い自信のある話し方に変わっていた。 行動もバタバタとした動きから、いつしか静かで落ち着きのある動きへと変わっていた。 あの切迫感、威圧感、焦燥感といったものや、油ギラギラの闘争心も消えていた。

  明美は久しぶりに啓介を連れ、あの心療内科を訪ねた。 「この分なら余り無理をしない程度に、ゆっくりと求職活動を再開されても問題ないでしょう・・ それにしてもすごいですね」 と医師はその短期間での変わりように驚いていた。 啓介は半年ぶりにハローワークを訪れた。

(3)へつづく



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