MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2561 第3号被保険者制度の罠 ①

2024年03月24日 | 社会・経済

 2023年6月に公表された「令和5年版 男女共同参画白書」によると、令和4 年時点の共働き世帯は1191万世帯と、専業主婦世帯(430万世帯)の約3倍のボリュームに達しているとのこと。この数字には(専業主婦世帯の多い)高齢世帯も含まれていることから、特に若い世代に限れば、現在そのほとんどが「共働き」の状態にあることは容易に想像できます。

 一方、総務省の「家計調査年報(家計収支編)2022年」によると、共働きの世帯年収は、平均でも831万円以上に達しているとされています。他方、片働き世帯の場合の平均年収は約677万円ということですので、(二馬力なので当然と言えば当然ですが)共働きのほうが片働きより、約154万円余り高い収入となっていることがわかります。

 とは言え、ダブルインカムなのに154万円の差しかないというのは、それだけ女性の収入が少ないということ。その原因は、子育て期を経た女性がパートや非正規などの低収入の職に移っていることにあると指摘する専門家は多いようです。

 結婚前は男性と同様に正社員としてバリバリ働いていた日本の女性たちは、なぜ結婚・出産を経て低賃金の仕事に甘んじ続けているのか。こうした問題に対し2月29日の経済情報サイト「プレジデントオンライン」に、東京大学名誉教授で社会学者の上野千鶴子氏が、『夫が低年収でも働かない"貧困専業主婦"がいる深刻な理由』と題する興味深い論考を寄せています。

 近年、既婚女性の就労は増加してきたが、その多くが家計を支えられるほどの収入を得ているわけではない。そして、彼女たちが不利な非正規の低賃金の仕事に就きずっと貧乏なままでいるのには、(それなりの)理由があると上野氏はこの論考に記しています。

 「令和4年版男女共同参画白書」は、既婚女性がなぜ低賃金の仕事を続けているのかの謎を解いている。それは、昭和型の税制・社会保障制度があるからだというのが氏の指摘するところです。

 日本の社会制度は、今でも夫が大黒柱として働き妻が家庭を守るという昭和型標準世帯モデルでできあがっている。そしてそれを根本で支えているのが、サラリーマンの無業の妻に対する配偶者控除(昭和36年制度化)、第3号被保険者制度(昭和60年創設)、配偶者特別控除(昭和62年創設)などの、いわゆる「専業主婦優遇」と呼ばれる制度だということです。

 配偶者控除はいわゆる「内助の功」に対するご褒美、第3号被保険者制度は、来るべき高齢化社会の介護要員としての嫁の貢献に対する報い、配偶者特別控除とは家計補助型のパート就労があたりまえになった既婚女性たちに対する配慮だったと上野氏はここで説明しています。

 いずれも、男性稼ぎ主を前提としたサラリーマン・専業主婦体制という昭和モデルをもとに制度設計されたものだった。これらの制度は、「専業主婦優遇制度」とも評されているが、果たして実態は本当にそのように機能しているのか。

 例えば第3号被保険者制度の問題。原則として、国民年金の被保険者になるためには、たとえ無職・無収入であっても保険料を払わなくてはいけない。学生だろうと失業中であろうと、状況に応じて猶予されることはあっても、払わなくては将来の受給資格が生まれないのが大原則だと氏はしています。

 ところがこの制度は、2号被保険者の被扶養配偶者、年収130万円までは「見なし専業主婦」とされる女性に、年金保険料を払わなくても基礎年金権を与えるという特権を認めた。勿論、その保険料の原資はすべての働く男女から拠出されているため、この制度ができた時、(当時は少数派だった)働く女性たちは「私たちだって主婦をやっているのに、なぜ彼女たち(←専業主婦)の保険料を背負わなければいけないのか」とブーイングしたということです。

 こうして生まれた「130万円の壁」以外にも、配偶者控除の対象となる「103万円の壁」(2018年に150万円に変更)や、社会保険に関する「106万円の壁」などがある。企業によっては、一定の収入以下の配偶者に家族手当(扶養手当)を支給する場合もあると氏は指摘しています。

 そして、肝心なのはこうした壁を回避するためには月収を10万円前後に抑えなければならないということ。つまりこれらの制度は、「女は非正規労働をしろ」という強制力に繋がっているというのが氏の認識です。

 賃金がこうした「壁」を超せば、既婚女性は被扶養者からはずれて年金保険料も健康保険料もすべての社会保険を自分の収入から負担しなければならない。もし損をしたくなければ、(ざっと)170万円以上を稼がなければならず、それだけ拘束時間も増えるということです。

 こうして彼女たちは、自発的に非正規を選ぶようになる。つまりこの制度は、(男性中心の日本の社会からの)「女性は低収入でいい」というメッセージだと氏は話しています。

 こうした制度によって日本の女たちは、働きすぎないように、これまでどおり家事や育児を担当して多く収入を得ようとはしないように誘導されてきた。彼女たちが、パート先で「正社員にならないか?」と誘われてもあっさりと断ってしまうのは、「壁」を超えないほうが有利だと誘導されているからだということです。

 それでは、この「専業主婦優遇策」と呼ばれてきたこの制度によって、本当にトクをするのは誰なのか。まずトクをするのは、それまで妻の年金保険料を自分のフトコロから払ってきた夫たち。彼らは、その支払いを逃れてきたと氏は話しています。

 そしてパート主婦を雇っている使用者も、彼女たちは被扶養者として夫の健康保険でカバーされるため、本来労使折半で負担しなければならない保険料を負担しなくて済んできた。さらに、彼女たちは就労調整をするため低賃金でも文句を言わずに働いてくれるので、その点でも使用者はトクをしてきたというのが氏の見解です。

 トクをするのは専業主婦の夫とパート主婦を雇っている経営者ばかり。そのほとんどが男性だと氏は言います。こうして日本の男たちは、女性の就労を抑制してきた。その結果、今では「夫は仕事オンリー、妻はあいかわらずワンオペの家事育児に加えて家計補助型就労」だというのが、この論考で氏の指摘するところです。

 氏によれば、結果、外で働く有償労働と家で働く無償労働を合計した妻の労働時間は長くなり、(以前よりも)妻の負担はあきらかに増えているとのこと。一見、「女性のため」といった(やさし気な)仮面を被った専業主婦優遇策は、実は女性を男性の従属物女性として縛り付ける縄のようなものだと考える上野氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。

 



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