*** june typhoon tokyo ***

Niia @Billboard Live TOKYO


 エレガンスとミステリアスが同居した、シネマティックな初来日公演。

 スーパーモデル然とした美貌とスタイル、チューブトップに網目を絡ませたような露出度の高いトップスのロングドレスにポニーテール姿というセクシーな佇まいながら、エレガンスとミステリアスで包まれたムードが漂う。ステージを照らすライトも仄暗いもので占められ、薄っすらと表情が窺える程度。モノトーンにも近い陰影と静謐な空間で紡ぎ出される歌とエレクトロニックでアンビエントな音色は、魅惑的にオーディエンスを惹き付けていった。米・ロサンゼルスを拠点とするシンガー・ソングライターのナイアの初来日公演は、ひんやりとしたクールなエレクトロニックなビートを下敷きに、時に情熱的なヴォーカルで魅せた、静かなる甘美を湛えたシネマティックなステージとなった。

 “Niia”を検索するとニーアともニイアとも出てくるが、現時点ではナイアと表記するのがオフィシャルのよう。ナイアことナイア・ベルティーノ(Niia Bertino)は、マサチューセッツ州ノーフォーク郡ニーダムというボストン郊外の出身で、イタリア人クラシックピアニストでオペラ歌手の母をもつ。初めて見た時にラテン系っぽいと感じたのとエキゾティックな風貌は、そのあたりから来ているのだろう。親戚にはジュリアード音楽院で学んだ声楽家が多くいるようで、14歳でバークリー音楽大学のサマープログラムに参加。高校卒業後にニューヨークへ移り、ジャズ・ヴォーカルやファッションを学んでいたところ、ワイクリフ・ジョンと出会い、2007年にはリル・ウェインとエイコンとともにワイクリフ・ジョンのシングル「スウィーテスト・ガール(ダラー・ビル)」に客演し、注目を浴びている。2013年のシングル「メイド・フォー・ユー」を経て、翌2014年にデビューEP『ジェネレーション・ブルー』をリリースしたのだが、それを全面プロデュースしたのが、デンマーク出身のロビン・ハンニバル。ロビン・ハンニバルといえば、カナダ出身のマイク・ミロシュとのユニット“ライ”や、同郷のココ・Oとのデュオ“クアドロン”としても活躍しているソングライター/プロデューサー。ナイア自身のルーツでもあるのだろうが、ハンニバルの影響下でシーンに出てきたとあれば、ナイアが醸し出すシャーデーの影やライのようなアンビエントな佇まいも納得するところだ。最近では、台湾のR&B/ネオソウル・シンガーの9m88(ジョウエムバーバー)との「オー・ガール」や、タイのファンクから影響を受けた米・テキサス州出身のクルアンビンのメンバー、ローラ・リーとの「ノット・アップ・フォー・ディスカッション」でも話題となった。


 マッドリブのBGMがフェードアウトし、冒頭のポエトリーリーディング・トラック風の「マウスフル・オブ・ソルト」でサイドの階段から緩やかにステージに向かうと、同曲が終わる頃にステージの中央に立つ。仄暗いピンスポットに照らされるナイア以外は暗闇で覆われたような照明演出のなかで、おもむろに口を開く光景は、漆黒の宇宙か深淵なる深海かといったようで、非常に神秘的かつ瞑想の世界のような空気が漂う。

 バンドはナイアと同様に初来日というキーボードとドラムの2名。ビルボードライブのオフィシャルサイトにクレジットがなく、メンバー紹介の時も聞き取れなかったので(こういう時に自身の英語リスニング能力の無さを痛感……リスニングだけではないが)、名前は分からず仕舞いだが、右手のキーボードは白人系の男性で、中央のドラムはカーリーアフロヘアの女性。バンドが派手に目立つということはなく、同期音源を敷きながらシンプルにビートを重ねていく印象で、ナイアのヴォーカルを含んだ楽曲の世界観を重要視しているところが良かった。全体的に低温な空気がスッとフロアに降りていくようなサウンドスケープゆえ、奏でる一音も明暗をきっちりと分けているように聴こえていたから、巧妙な出音加減だったのだと思う。

 全体的にはシャーデー・マナーのソウル・ポップ、ネオソウル、アンビエント、エレクトロ、ジャズを包含した、ノワール感のある退廃的な空気や耽美な色香を添えた端正な作風ではあるが、前半で披露した「オブセッション」「イフ・ユー・ウォント・マリー・ミー・ライト・ナウ」や終盤でのジャズミン・サリヴァン客演曲「サイドライン」などでは、たとえば、アメル・ラリュー(グルーヴ・セオリー)やジェネイ・アイコあたりのR&Bにも寄せた情熱的なヴォーカルワークも駆使して、芯の太いところも。また、エアリーというよりもアトモスフィアといった無常観や、物憂げというよりもデカダンスな美しさのようなイメージが強いのは確かだが、ドコドコとなるドラムと中東の夜も脳裏に浮かぶオリエンタルなムードが横たわる「ディーパー・ザン・グッバイ」や、大陸的なビートもうっすら窺える、荒涼とした平原に佇む孤独と突き当てられた運命へ歩み出すような決意が同居したような「ノーバディ」など、バンド・アレンジを含めたサウンドも一辺倒では決してなく、静けさの中にも躍動があったりと、抑揚が激しくなくとも揺さぶられるポイントは少なくない。


 ナイアは左手に置かれた生ピアノも演奏。中盤で米コメディドラマ・シリーズ『メディア王 〜華麗なる一族〜』(『キング・オブ・メディア』『サクセッション』のタイトルでも放映)のテーマ「サクセッション」をソロ演奏していた時は、緊張から一度ミスをしてやり直したが、爪弾かれる鍵盤は実にクールで上質な響き。ダフト・パンク『ディスカヴァリー』収録の「サムシング・アバウト・アス」(邦題「愛の絆」)からケヴィン・リトルのレゲトン/ダンスホール・ヒット「ターン・ミー・オン」へも短い尺ながら繋ぐなど、ナイアが有する音楽性の広さを、これらの小品で垣間見れた気もする。「サムシング・アバウト・アス」は松本零士とのアニメーション・オペラ『インターステラ5555』でも使用されていたから、来日公演のためにセットリストに組み込んできたというのは、考え過ぎか。

 終盤の「ハート・ユア・ファースト」や「サイドライン」では、イントロが鳴った途端に拍手が。ナイアの代表曲として最も認知度が高い曲群ということか。これらはどちらかというとエレガンスを帯びたミディアムなオルタナティヴR&Bという風で、アンビエントR&Bやダークメロウなネオソウルを往来する曲調は、R&Bフリークには琴線に触れるはずだ。ステージでは「アリガトウ」を繰り返して、あまり多くを語らなかったが、動き回る訳でもないのに、強く印象付けられるのは、持ち前のエキゾティックな美貌とクールネスや、サウンド、パフォーマンスが三位一体となって世界観を絶妙に創り上げているからに他ならない。


 アンコールは、おもむろにピアノの前に座って「フォワード」を。どことなくジャズ・ヴォーカルな佇まいで、儚げな美しさを伴った鍵盤をフロアに響かせながら歌うと、ラストは一転して流麗なピアノの音の連なりから幕を開ける「ボディ」へ。アンニュイなモードとはまた異なるオルタナティヴなアティテュードによる、清爽で精彩な歌唱で初来日のステージを締めくくった。

 ワイクリフ・ジョンとの共演から、ジャズミン・サリヴァンをはじめ、9m88やローラ・リーとのコラボレーションなど話題も少なくない彼女だが、日本ではまだ思ったほど知名度は高くないのかもしれない。コロナ禍かつ月曜の夜という集客としては難しい日程も影響したか、客足は芳しいとはいえなかったが、耳目を注がせるに十分なステージングで魅了してくれた。新作の『オフエアー:マウスフル・オブ・ソルト』はアンビエント・アルバムということで、起伏の少ない展開もほんの少しだけ頭をもたげたが、それは杞憂に。デビューEP『ジェネレーション・ブルー』を含めたアルバム群から万遍なくセレクトした、ナイアの自己紹介的なステージとしても機能するパフォーマンスといえるだろう。願わくば、コロナ禍が終わりをつげ、多くのオーディエンスが集うなかで、静謐から内なる情熱が炎のように疼く空間を見てみたい……そんな思いも去来しながら、ナイアの浸透力の高い楽曲の余韻に浸ったまま、夜のミッドタウンを後にしたのだった。


◇◇◇

<SET LIST>
01 INTRODUCTION~Mouthful of Salt (*O)
02 If I Cared (*II)
03 Not up for Discussion (*IF)
04 Macaroni Salad (*IF)
05 Obsession (*II)
06 Constantly Dissatisfied (*I)
07 If You Won't Marry Me Right Now (*II)
08 Deeper Than Goodbye (*O)
09 Nobody (*I)
10 Piano Solo~Succession(Main Title Theme From “Succession”)(Original by Nicholas Britell)
11 Last Night in Los Feliz (*I)
12 Something About Us(Original by Daft Punk)~Turn Me On(Original by Kevin Lyttle)
13 Black Dress (*II)
14 Hurt You First (*I)
15 Sideline (*I)
≪ENCORE≫
16 Forward (*O)
17 Body (*G)

(*G):song from EP『Generation Blue』
(*I):song from album『I』
(*II):song from album『II: La Bella Vita』
(*IF):song from album『If I Should Die』
(*O):song from album『OFFAIR: Mouthful of Salt』

<MEMBER>
Niia(vo,key)

(key)
(ds)


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