さわやか易

人生も歴史もドラマとして描いております。易の法則とともに考えると現代がかかえる難問題の解決法が見えてきます。(猶興)

(39)世界中が見捨てたユダヤ人

2022-01-26 | ユダヤ人の旅

エビアン会議が行われた「ローヤル・ホテル」

19世紀後半から世界は帝国主義の時代になる。イギリス、フランスは植民地獲得競争にのめり込み、ロシアはロマノフ王朝が行き詰まり、レーニンによるロシア革命が起こった。植民地競争に出遅れたドイツのヴィルヘルム二世は経済発展を武器に世界の覇権を狙った。その結果、未曾有の第一次世界大戦が起こり、先陣を切ったドイツは全責任を負わされ天文学的賠償金を背負い込む。大戦に一人勝ちしたアメリカは狂乱時代を迎えるが、やがて金融大恐慌に突入する。不景気の嵐は世界中に広がり、各国は自国の失業者対策で精一杯、他の国を考える余裕はなくなっていた。

ヒットラーの積極政策でどん底から立ち直ったドイツも再びどん底に落ち、非常手段に突き進むしかなかった。ナチスは共産主義者とユダヤ人をドイツ人の敵とみなして迫害し始めた。ナチスのユダヤ人迫害政策が露骨になって来たので、1938年7月、無視出来なかった欧米諸国の代表者たちはフランスの保養地・エビアンで、「ユダヤ難民の国際会議」を開いた。各国代表は「人道主義立場から難民を救済しよう。」「ナチスの政策を阻止しよう。」「難民を受け入れよう。」と熱弁をふるった。しかし、実際に難民を受け入れる段階になると、「我が国の現状では~」「誠に遺憾ながら~」と言って、誰も受け入れには手を挙げなかった。10日間に渡った「エビアン会議」だったが、空理空論に終わった。むしろ、各国の移民制限は一層厳しくなった。

 

The day after Kristallnacht.jpg

「水晶の夜」事件で壊された店舗 

砕け散った窓ガラスが月明かりに照らされて水晶のように輝いたことから「水晶の夜」と言われるユダヤ人迫害事件は「エビアン会議」が失敗に終わった4ヶ月後に起こった。ドイツ全土の400のシナゴーグ(ユダヤ教会)が焼かれ、7500の商店が壊された。殺害されたユダヤ人の血や遺体、壊された建造物の瓦礫が放置された。この事件で96人のユダヤ人が殺され、2万6000人のユダヤ人が逮捕され、強制収容所に連行された。この事件を機に、ヒトラーはユダヤ人の大規模な国外追放を始めた。

「水晶の夜」事件以後、フランスはその波が自国に及ばないようにユダヤ人の入国を禁じた。ドイツからの難民は再び送り返す方針を採った。1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵入し第二次世界大戦が始まると、フランスはイギリスと共に対独宣戦布告を発した。しかし、わずか9か月後にはドイツに降伏、そして、「ユダヤ人を差別する法規」を作っている。反ユダヤ主義の合法化はドイツによって、強制されたものではなく、フランスが自発的に作った。フランス政府は1941年にはユダヤ人の財産没収を宣言し、財産を略奪している。ナチス同様の大規模なユダヤ人迫害をフランス政府とフランス警察によって行っている。

 

<p>汽船「セントルイス号」の葉書。1939年5月。</p>

セントルイス号

「水晶の夜」以来、ドイツのユダヤ人たちはどうにかして国外に逃れる道を探した。こんな悲劇もあった。セントルイス号は、ハンブルグとアメリカを結ぶ豪華船だった。1939年5月13日、セントルイス号は936名のユダヤ人乗客を乗せて、唯一ビザを発行したキューバに向かった。彼らは幸運だと羨ましがれ、数日のうちに自由の地を踏めるものと思われた。ところが、キューバ大統領令により上陸許可を取り消されていた。ハバナ入港が間近になると、乗客たちの多くはドイツにいる親戚たちに「無事についた」という電報を打ったがぬか喜びだった。

ニューヨークの「アメリカ・ユダヤ人合同配置委員会」は八方手を尽くしたが、キューバからは莫大な分担金を要求されその金額は用意出来なかった。他の南米国にも受け入れてもらえなかった。緊急の誓願をアメリカ国務省に提出したが、国務省は干渉しない。乗客たちがルーズベルト大統領に電報を打ったが返答はなくホワイトハウスも沈黙を守った。セントルイス号はヨーロッパに戻ることになった。絶望の淵にあった乗客たちだったが、ベルギー、オランダ、イギリス、フランスが分担して乗客を受け入れることになった。しかしその後、西ヨーロッパを占領したナチスによって、イギリスに上陸した288名を除き残りの乗客たちは収容所に送られ生き延びることはなかった。

~~さわやか易の見方~~

「地火明夷」の卦。明夷(めいい)は明が夷(やぶ)れる。世界が暗黒に支配されることである。暴政をふるっていた殷の紂王の時代に紂王の叔父にあたる箕子(きし)は度々紂王を諫めたが、聞き入れられず、命を狙われる。終に狂人をよそおって奴隷に身をやつし身を守った。時代の変化を待つしか、方法はない。

ユダヤ人へのホロコーストというと、ナチス・ドイツだけが行ったように思うのは間違いである。世界中の国が行った。又は見て見ぬふりをしていたのである。どこの国でも不景気のどん底にある時は、自国のことで精一杯、よその民族には冷淡になるのである。自然災害なら仕方ないだろうが、戦争は人災である。人災は人間の知恵で回避出来るはずだ。もう二度と大戦争に突入するようなことのないようにしてもらいたい。第一次と第二次の世界大戦は先進国が競った帝国主義の末に起こった結果である。各国の指導者たちには全地球的規模で、人災に備えてもらいたい。地球温暖化問題もそうである。

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