見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

豊かさと抑圧/新彊ウイグル自治区(熊倉潤)

2022-08-08 16:57:34 | 読んだもの(書籍)

〇熊倉潤『新彊ウイグル自治区:共産党支配の70年』(中公新書) 中央公論新社 2022.6

 近年、中国共産党による人権侵害の象徴として語られることの多いこの地域の近現代史を丁寧にたどる。客観的・抑制的な記述で読みやすかった。序章では、新彊が中国の支配下に入った経緯を確認する。民国時代の新彊については初めて知ることが多く、隣国ロシア革命の波及、盛世才の統治、ソ連と蒋介石政権の勢力争い、東トルキスタン共和国の建国と消滅など、非常に興味深く読んだ。

 1949年、王震率いる人民解放軍が迪化(現・ウルムチ)に入り、中国共産党による新彊統治が始まる。初期の解放軍は、統治の正当性を得るため、積極的に地元住民の歓心を買おうとした。新彊省人民政府の要職には現地ムスリムが起用され、毛沢東は少数民族幹部の養成を重視した。しかし共産党に対する抵抗運動は止まず、急進派の王震を批判し、穏健路線を主導したのが習仲勲(習近平の父親)である。へえー。

 この時期、中国共産党にとって脅威となったのは、新彊ムスリムの「親ソ」傾向だった。中国は、ソ連の連邦制とは異なる民族区域自治制度として、1955年に「新彊ウイグル自治区」を誕生させる。この名称にも、いろいろ議論があったことを知る。同じ頃、新彊生産建設兵団が設けられ、漢人移民が急増し、新彊の中国化が急ピッチで進行する。移民政策の原点が、スターリンの助言だったというのは興味深い。というか、中国とソ連の関係は素人には難しくて、よく分からない。

 1950年代後半から70年代、中国は、大躍進運動、文化大革命の荒波に揉まれる。新彊では、東トルキスタン共和国の生き残りであり、毛沢東、周恩来らにも重用されたセイフディンが第一書記となるが、「四人組」への加担を批判され、解任されてしまう。

 1980年代初頭、中国政府は胡耀邦を中心に、民族政策を緩和し、少数民族の自治を保障する方向に動いていた。新彊では、漢人の第一書記・王恩茂→宋漢良の下、制約はあったが、ウイグル人の民族文化の振興が見られた。しかし、民族自治の理想と現実の落差、止まらない漢人の流入、そして核実験と産児制限に抗議する学生デモが、1985年、ウルムチで発生する。中国政府は「改革開放」を加速し、経済発展と貧困対策によって統治の安定を実現しようとした。

 1995年、新彊政府のトップに就任した王楽泉は、ソ連解体(1991年)を教訓とし「分離主義者」の苛烈な取り締まりを断行した。しかし抗議は止まず、各地で爆破事件、暗殺事件などが頻発する。江沢民は、分離主義者の行動に「テロ」を冠し、2001年の9.11事件以後「テロとの戦い」でアメリカと協調する。新彊では抑圧と開発が同時進行したが、中国政府による経済開発は現地ムスリム社会の反発を生む傾向が強まった。

 そして習近平の時代へ。新彊では張春賢書記の下、経済の比重は後退し「反テロ」が重点政策となった。2016年にはチベット安定化を「成功」させた陳全国が着任。テクノロジー(監視カメラ、スマホアプリ)と人海戦術(親戚制度)で住民の監視を強めた。「職業技能教育センター」で悪名高い陳全国だが、設置の素地は前任者の張春賢時代に整えられたものだという。2021年、陳全国に代わって馬興瑞が新書記に就任した。新彊政策の軸足が再び「反テロ」から経済発展に移る可能性も考えられるが、見通しは明らかでない。

 著者は最後に「新彊政策はジェノサイドなのか」という章を設け、見解を述べている。著者は、問題を矮小化するつもりはないことを言明しつつ、新彊のウイグル人やムスリムに向けられた抑圧が、20世紀の「ジェノサイド」という概念で括れるのか、という問題を提起する。少数民族は、殺害・殲滅されようとしているわけではない。しかし彼らは中華民族の一員として教育され、改造されて生きていくしかない。この「一見すると善意のような政権側の認識が、有無をいわさぬ強制的な措置を生み出している」構図は、確かに一面では「ジェノサイド」以上にグロテスクだが、中国史ではおなじみの光景のような気もする。

 私は、1996年(たぶん)の夏に新彊ウイグル自治区をめぐるツアーに参加したことがある。北京からカシュガルに飛び、旅行社の用意したバスで、ホータン、アクス、ウルムチ、トルファンなどを2週間かけて回った。豊かな自然の中で営まれていた、ウイグル農家の暮らしを思い出すと、そもそも「貧困人口」であることの定義も「脱貧困」のための動員も、上から与えられたもの、という本書の指摘が腑に落ちる。また、旅の街角で、私のカタコト中国語(漢語)が通じる場面もあり、全く通じなかった場面もあったことを、いま本書を読み終えて考えている。


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 三浦半島の仏像/運慶(横須... | トップ | 女子の生き方/中華ドラマ『... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読んだもの(書籍)」カテゴリの最新記事