みのおの森の小さな物語     

明治の森・箕面国定公園の散策日記から創作した、森と人と自然に関わる短編創作物語集 頑爺<肇&K>

箕面のブルーグラス懐古店(2)

2021-08-16 | 第19話(箕面のブルーグラス懐古店)

箕面の森の小さな物語

<ブルーグラス懐古店>(2)

  外は相変わらず雨が降り続いている・・ 豊彦はエスプレッソを一杯追加注文しつつ、もう少しこの店で浸っていたかった。 「ボクは学生の頃、ザ・ナターシャセブンの高石ともや や 諸口あきらのコンサートなんかよく行きましたよ」「懐かしい名前だね・・ 彼らも一時ブルーグラスをやってましたよ」とマスターが言う。 

  するとマサさんが続けた・・ 「あの頃、アメリカの音楽は何でも新鮮だったよね 自由の香りがしたり、未来が開けるように希望に満ち溢れていた感じだったよ フォークソングもブームだったしな・・ オレはPPMやジョーンバエズなんかよく聴いたり歌ったな~ 日本じゃ森山 良子なんかがデビューした頃だな・・ それに梅田やなんばの歌声喫茶なんかで、みんなでよく合唱したな~ まだ若かった浜村 淳なんかもいたわ・・ 学生運動も盛んで、オレはたまにデモなんか参加して発散したり、あの頃 世界一周無銭旅行なんかはやってて、オレも友達と計画したもんだわ・・」 マスターも豊彦も同じだ! とうなずいた。

  マスターが続けた・・ 「私なんか田舎から大阪へ出てきて、最初は見るもの聴くもの 全てが感激と感動で珍しく大変でしたよ ハハハ しかし 一年もするとあれほど嫌だった牧歌的な故郷が恋しくなってきてね・・ 郷愁というかね その頃 夢見るアメリカの広大な田舎の風景や音楽に憧れてね・・ そのカントリーソングのリズム感にはまったもんですよ」 「マスターは女の子追いかけてアメリカまで行ってしまったんだからね」とマサさんが付け加えた。

 「ハハハ ハハハ あれは私の人生の転換点だったな 日本に留学していたアメリカの女の子に一目ぼれしてね・・ その彼女が帰国するって言うんで、そのままついて行っちゃったんですよ・・ それが偶然にもケンタッキーのブルーグラスの街でね それから皿洗いのバイトしながら、よくライブにいったもんです やがてどうしても楽器がやりたくなり、中古のバンジョーを手に入れて必死で覚えたもんです そしていろいろあってブルーグラスのプロになって全米を回りましたよ いい時代でした・・」

 「そうでしたか・・ それはそうと、その追いかけていった女の子とはどうなったんですか?」と豊彦が問う。「ああ あっさりと振られましたよ  ハハハ・・」 「それで いつ日本に帰ってきたんですか?」「50歳になる少し前かな やっぱり年になると日本が恋しくてね この箕面の街は小さいけれど、落ち着いてていい所ですよ この桜井に小さな店を手に入れ、こうして好きな音楽だけを流しているというわけですよ 実は帰国後に偶然 石橋のライブバーでこのマサさんと再会しましてね・・ 30年ぶりだったかな?」

 マサさんが続ける・・「こいつは突然アメリカへ行ってしまうし、オレは同じ2年のとき、急に田舎の親父が倒れ、すぐに飛んで帰ったまま戻らなかったんですわ 家が旅館やってて、一人息子なんで仕方なかったんやな・・ 実は友達と計画してた日本縦断歩き旅とか、さっきの世界一周とかいろんな夢が全て消えてしもうてガッカリでしたわ・・ 結局 家の旅館は潰れ、一家で大阪へ出てきて、今は近くの会社で働いてます・・ と言っても後半年で退職なんでね 時々 こうして昔を懐かしみここに来てますねん・・」

  豊彦も続ける・・ 「皆さんの話を聞いてると、まるで自分の事のようです ボクは貧乏学生で、三食の食事、下宿代、授業料や本代など自分で稼がないかんかったんで、昼夜問わずバイトに明け暮れてました でも、何とかギリギリで卒業してサラリーマンになり、養子に行って結婚し、義父の会社を継いで60歳で息子に渡しました 今は楽隠居させてもらいながら、箕面の山歩きを楽しんでます しかし、学生時代の遣り残し症候群とでも言うのか? 欲が消えずにしょちゅう夢を抱いては妻に怒られてます・・ ハハハ 」

  お互い3人の様子が分かり合えた頃だった・・ 「そうだ もう昼も近いことですから、何か作りましょう 有田さんも一緒に食べていってください  ご馳走しますから・・」 マスターはそう言いながら厨房に入っていった。

 「マスターのチャーハンは絶品なんですよ 昔、大学の前にあった中華食堂の味と同じでね  帰りによく仲間と食べました 大盛りをね 私らの青春の味なんですわ マスターが帰国してからまだ開いていた懐かしのその店の老店主に頼んで、何とかその味を教えてもらったようですよ・・」とマサさんがエピソードを話す。

  やがて美味しそうな大盛りのチャーハンがでてきた。「この玉子スープもついてたんですわ 相性バツグンでね」とマサさんが匂いをかぎながらうっとりするので皆で笑った。

  「さあ さあ 有田さんも食べてください その前にちょっとだけ私らの懐かしい儀式? をさせてください  お客さんの前ですいませんが・・ ハハハハ 」 「昔、仲間らとよくそうやって唱えてから食べてたんで、二人になるといつも習慣みたいになってね・・ ハハハハ」 二人が笑いながら何かを言おうとした時だった・・ 出されたチャーハンと玉子スープを見つめながら、静かに二人の話を聞いていた豊彦が突然立ち上がった。 そして、マスターとマサさんの顔を交互にしみじみと見つめていたかと思うと、おもむろにチャーハンを頭上に持ち上げた・・ 目には涙があふれ、むせび泣くように大きな声を張り上げた。

 真っ赤な太陽!  ボクらのハリマ王!

 マスターとマサさんはビックリした・・・

「なんで? なぜ? その言葉を知っているんですか?

なぜ・・? まさか? まさかお前は そうか トヨか? そうだったんだ 本当か? 奇跡だ! 知らなかったな・・」

  昔の親友3人は、手を取り合って50年ぶりの奇跡の再会を喜び合った。店内には、今朝の みのおFM<ブルーグラス ランブル>からあの想い出の(~ ヨーカンいかがですか ~)が流れていた。

Bill  monroe  &  Bluegrass  boy's「y'all  come」

雨の上がった窓辺のツタに太陽の光が当たり、雨の水滴をキラリ! と輝かせた。

 

(完)   



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