日本フィル・第370回横浜定期演奏会

9月最後の週末、日本全国様々なオーケストラが定期演奏会を開催していました。私が把握しているだけでも山形交響楽団、NHK交響楽団、東京交響楽団、京都市交響楽団、大阪フィルハーモニーと、オーケストラ好き諸氏は何処かで、人によっては梯子や連荘で大忙しだったと想像されます。
そんな中、小欄もオーケストラの魅力をタップリと堪能してきました。場所は神奈川県民ホール、日本フィルの横浜定期です。以下のプログラム。

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30
     ~休憩~
チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」
リムスキー=コルサコフ/スペイン奇想曲作品34
 指揮/梅田俊明
 ピアノ/小山実稚恵
 コンサートマスター/扇谷泰朋

日本フィルの横浜定期を取り上げるのは久し振り。実は長い間横浜定期の会員を続けてきましたが、あのコロナ騒ぎの中、やれ客席50%だの、県境を跨ぐ移動は避けろだの、演奏会中止だのの混乱があり、昨シーズンは定期会員を退会してしまいました。何人かの知人も同じ判断をされたようです。
それから1年、2021年9月からスタートする新シーズンのラインナップを見ると、単券を買ってでも行きたい演奏会が目白押し。これは却ってチャンスではないか、と会員復帰を決断した次第。座席も新たに選定し、その最初の定期に出掛けました。実際に私が出掛けた横浜定期は、何と2019年12月の第9以来でもあります。

日本フィルの横浜定期はみなとみらいホールを会場としてきましたが、目下同ホールは改装工事中。2021-22年シーズンは10回全て、会場を変更して開催される予定です。
送られてきたチケットで確認すると、県民ホールが6回、ミューザ川崎3回、私としては初体験となるカルッツ川崎が1回というラインナップ。次のシーズンからは新たな席で、改装成ったみなとみらいホールで例会が楽しめそう。これまでの布陣にカーチュン・ウォン、広上淳一の二氏を迎えた日フィルに期待が大きく膨らむじゃありませんか。

さて9月の横浜定期は、ロシア音楽の粋を集めたプログラム。少し早めに家を出て、久し振りに山下公園を散策しながら県民ホールへ。海風が心地よい季節になってきました。
開演時間30分前からプレトーク、オーケストラ・ガイドが聞けるのも横浜ならでは。この解説、単なる初心者向け解説とは一味も二味も違ったもので、小欄のように毎月何かのコンサートに通っているファンにとっても新たな発見に満ちた聞き逃せない時間でもあるのです。

この日の解説は、ヨーロッパ文化史を研究されている小宮正安氏。先ずはプログラム全体がロシアから見た遠い世界への憧れから生まれた3曲で構成されている、と指摘。ラフマニノフのアメリカ、チャイコフスキーのイタリア、リムスキー=コルサコフのスペインですが、3曲とも作曲している時点では各国に行ったことが無い、想像の中で生まれた作品であるとのこと。なるほど、と感心します。
ここからテーマはロメオとジュリエットに。ヨーロッパ文化史の研究者ならでは、シェークスピア悲劇の名作として知られるロメ・ジュリに深く深く侵入していきます。何よりの驚きは、18世紀までのヨーロッパでは、ロメオとジュリエットは喜劇として受容されていたこと。当時の感覚で言う喜劇とは、今日の面白おかしい劇のことではなく、最後に全てが丸く収まるストーリーだったそうな。それで納得です。ロメオとジュリエットは、二人の恋人にとっては悲劇かも知れないけれど、ストーリー全体としてはモンタギュー家とキャブレット家が葛藤を乗り越えて和解する。つまりは喜劇なのだ、と。

その概念が変わったのが19世紀から。それまではロメオが死なずに長生きしたとか、二人が別々にではなく共に手を携えて死ぬという改訂版(改竄版か)も数多く作られてきたのだそうです。
こうしたガイドに耳を傾けた後で聴くチャイコフスキー。もちろんそれで音楽そのものが変わるわけではないけれど、聴く者の耳が向かう方角が、より多方面にわたってくるじゃありませんか。

ホールに入って最初に眼に入ってきたのが、中央にデンと据えられたスタインウェイ。最近では協奏曲から始まるプログラムも増えてきたとはいえ、いきなりのラフマニノフの第3。これはヘヴィーだ。
今回選んだ席は、かなり前の方でピアノが眼前にある位置。微妙な弱音からホールを圧する最強音まで、ピアノのテクニックが隅々まで聴き取れます。小山の硬質な、情感に溢れるラフマニノフに思わず手に汗を握ってしまいました。
小山/梅田/日フィルは、前日に杉並公会堂シリーズでベートーヴェンとラフマニノフの第3協奏曲というプロを披露してきたばかり。二日目のラフマニノフもソリストとオーケストラの相性は抜群。梅田俊明は仙台国際コンクールで全ての協奏曲をサポートしてきた経歴からも知れる通り、合わせモノの名手。第3楽章コーダのテンポの伸び縮みでもピアノとの息がピタリと合い、クライマックスは見事に決まりましたね。思わずフライング拍手しそうになってしまいました。

前半の協奏曲で思う存分スリルを味わいましたので、後半はオーケストラの名作にゆったりと身を預けます。今回はチャイコフスキーとリムスキー=コルサコフの代表作でしたが、これにムソルグスキーとボロディンの名曲を加えれば、完璧なロシア音楽の夕べになるでしょう。
腹八分感の後半、横浜定期では慣例となっているアンコールもありました。チャイコフスキーの弦楽セレナーデから、第2楽章のワルツ。これは嬉しかった。

日本フィルと言えば弦セレ。私にとって弦楽セレナードはロシアのオケではなく、もちろんウィーン・フィルでもベルリン・フィルでもありません。日本フィルこそ一押しでしょ。
創立時から繰り返し演奏されてきた弦セレには、日本フィルのエッセンスがギッシリ詰まっています。渡邉暁雄時代の楽員は全て入れ替わっているでしょうが、不思議にそのDNAは受け継がれている。そんな響きを、アケ先生を思い出しながら聴いている自分を見付けてしまいました。

ということで、会員復帰後最初の定期でした。次回10月は会場をカルッツ川崎に移し、桂冠指揮者ラザレフを迎えることになっています。猛将ラザレフ、来てくれるのかなぁ~。

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