因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

因幡屋通信73号ぶろぐ公開

2023-05-18 | お知らせ
 遅れに遅れて因幡屋通信最新号の73号がようやく完成し、各設置先へ発送いたしました。今回は2022年後半のトピックに続いてこの年の因幡屋演劇賞、2023年の冬から春のトピックをまとめて記しました。何とぞご笑覧くださいませ。観劇後にblogをアップしたものについてはリンクをしてあります。ご参考までに。

 今号より「NPO法人 阿佐ヶ谷ワークショップ」さまにも設置していただくことになりました。ご理解とご協力に感謝いたします。

2022年【秋から冬のトピック】
☆9月☆
*文学座公演 秋元松代作 松本祐子演出
  『マニラ瑞穂記』文学座アトリエ
 明治時代後期、スペイン統治下のフィリピン・マニラの日本領事館を舞台に、軍人や領事、娼婦に女衒、さらにフィリピンの独立運動に加わる日本人志士らが歴史の荒波に翻弄されながらぶつかり合い、それぞれの道を歩んでゆく。 死者の魂が俳優のからだと声を得て蘇ったごとく、すさまじい熱量に圧倒された。
*第19回 明治大学シェイクスピア プロジェクト ラボ公演 井上優(明治大学文学部教授)テキスト・総監修 小林萌華演出 金子真紘プロデューサー『短夜、夢ふたつ』 明治大学猿楽町第2校舎1階 アートスタジオ
 カフカ『変身』と樋口一葉『十三夜』をシェイクスピアの『夏の夜の夢』と掛け合わせ、融合させる試み。職人のボトムとグレゴール・ザムザが縦横に絡み合い、周辺の右往左往をコミカルに描いた『変身ボトムさん』、離婚を決意したハーミアが、父親に諭された帰路の辻馬車で、馭者となったかつての恋人に再会する『秋の夜の夢―十三夜』の二本立てだ。シェイクスピア作品の普遍性、現代性とともに、既に知っている物語の意外な一面に気づかされる。小空間を自在に使った演出にも良き手応え。
*秀山祭九月大歌舞伎 歌舞伎座
 二代目中村吉右衛門の一周忌追善と銘打ち、ゆかりの演目がずらりと並んだ。兄の松本白鸚が弟の当たり役「松浦の太鼓」の松浦鎮信公を初役でつとめ、大詰を中村梅玉、中村歌六とともに口上で締め括る。吉右衛門不在の悲しみを乗り越え、至芸を継承せんとする中堅や若手俳優の心意気も清々しい。「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」では片岡仁左衛門の大星由良之助にただ陶然。

☆10月
*唐組 第69回公演 唐十郎作 久保井研+唐十郎演出
 『改訂の巻 秘密の花園』猿楽通り沿い特設紅テント
 泉鏡花の『龍潭譚』、バーネットの『秘密の花園』、メーテルリンクの『青い鳥』などさまざまな文学をモチーフに、プラトニックな三角関係の物語が展開する。
 今回は耳の聴こえにくい観客にタブレット画面を使った台本を提供し、劇団員が手話と筆談でコミュニケーションをとったとのこと。 この試みは継続されており、唐組の紅テントは、コアな演劇ファンだけではなく、老若男女たくさんの人が一堂に会し、豊かな観劇体験を共有する場所になるだろう。
*国立劇場「通し狂言 義経千本桜」
「初代国立劇場さよなら公演」のスタートを飾るのは、平家討伐に大活躍しながら、兄の源頼朝に疎まれた源義経の都落ちの旅を軸に、滅亡したはずの平家の武将が生きていたり、動物の狐が人間の姿で登場するなど、史実と創作が絡み合う魅力的な構成の狂言だ。
 尾上菊之助は平知盛、いがみの権太、源九郎狐を誠実に演じ継いで、文字通り「三役完演」の奮闘だ。某新聞劇評に「成否半ば」と評されていた、いがみの権太に最も心惹かれた。
*演劇集団円公演 内藤裕子作・演出
 『ソハ、福ノ倚ルトコロ』吉祥寺シアター 
 円の公演でおそらく初めて観る本格的な「和物」は、曲亭馬琴(佐々木睦)とその息子の妻の路(高橋理恵子)による『南総里見八犬伝』完成までの紆余曲折と、家族の凄まじい愛憎を描いた評伝劇だ。舞台装置をテンポよく転換し、小道具を効果的に用いて、今に語り継がれる大作に関わった人々の息づかい、喜びや悲しみを炙り出す。戯作者の「さが」に翻弄される家族の中で、嫁が最良の理解者になることに複雑な味わいがある。
  
☆11月☆
*劇団フライングステージ 第48回公演 関根信一作・演出
 『Four Seasons 四季 2022』 下北沢・OFFOFF劇場
 2003年に初演(2005年再演)した作品のその後を描いた物語である。庭に大きな木があるアパートに暮らすゲイたちも人生の折り返しを過ぎた。親世代の病や死はもちろん、自分自身の衰えと向き合わざるを得ない。自分は2005年の再演が劇団との出会いであった。懐かしさだけではない苦さは、登場人物たちと同じく、老親と自身の老化の実感ゆえか。
*スタジオソルト 第22回公演 椎名泉水作・演出『うたかた』
 川崎・溝ノ口劇場
 1階の「溝ノ口カレー」というレストラン兼ライヴハウスと連携し、その地下のスペースが今回の会場となった。場所の特性を作品に活かしたスタジオソルトらしい公演で、4人のアート作家の作品をモチーフに、老親の介護やセクシュアリティ、ネグレクトの体験など、さまざまな重荷を抱えた人々の4つの短編が少しずつ繋がりながら展開する。終幕は出演者全員によるBTS「ダイナマイト」の圧巻のダンス。設定を変えながらいくつかの過去作品に登場してきた人物が今回もお目見得し、重要な役割を果たした。
*二兎社公演46 永井愛作・演出『歌わせたい男たち』
 東京芸術劇場シアターイースト
 2005年の初演、2008年の再演を経て14年ぶりの上演となった。ある都立高校の卒業式直前の保健室を舞台に、国歌のピアノ伴奏に苦心惨憺する元シャンソン歌手の音楽教師が、国歌を歌わせたい校長と英語教師、歌いたくない社会科教師たちの大議論に巻き込まれ、ほんとうに「歌いたい」歌を歌い上げるまでの1時間45分。あなたの歌を聴きたいという人と、その気持ちに応えて歌う人が居るとき、歌は魂を宿す。
 神由紀子構成・演出 阿佐谷アートスペース・プロット
 2022年5月、第5回公演で上演の朗読劇・藤沢周平『朝焼け』が好評により、いっそう磨き上げられて、アンコール公演の運びとなった。三浦哲郎の『じねんじょ』、山本周五郎『鼓くらべ』に続く朱の会のひとつの到達点であり、財産演目の誕生である。

☆12月☆
*文学座12月アトリエの会 原田ゆう作 所奏演出
 『文、分、異聞』文学座アトリエ
 1963年の三島由紀夫作『喜びの琴』上演をめぐる劇団分裂の危機を真っ向から描いた。先輩方の激論の様子を劇団の研究生たちが再現する劇中劇に始まり、研究生という不安定な立ち位置で逡巡、奮闘する若者の熱気がアトリエを満たす。今は亡き名優や演出家たちを現在の若者が演じ、客席の自分と時空間を共有していることの不思議。
 
*動物自殺倶楽部 第2回公演 
 高木登(演劇ユニット鵺的/動物自殺倶楽部)作 小崎愛美理(演劇ユニット鵺的/フロアトポロジー)演出『凪の果て』雑遊
 離婚して愛人と一緒になりたい夫と、そんな夫を苦しめるために別れようとしない妻、暴力や依存に苦しみながらも、誰かと居たい愛人の歪な三角関係を軸に、夫と妻それぞれの弁護士が攻防戦を展開する。時間を逆行する構造が想像を掻き立てたところで幕を閉じるが、劇作家がここで筆を置いたことを受け止め、その意図を探りたい。
*復帰50年企画・ACO沖縄/名取 事務所共同制作 
 内藤裕子作・演出『カタブイ 、1972』下北沢・小劇場B1 
  同事務所と内藤による沖縄三部作の第一弾。沖縄が本土に復帰した1972年5月15日をめぐる家族とその周辺の人々を描く。沖縄で稽古をして開幕したのち、下北沢で上演された。琉球舞踊や「沖縄芝居」で活躍する古謝渚、当銘由亮には大地にしっかりと根づいた安定感と温もりがあり、タクシー運転手をしながらさとうきび農家を営む「おじい」役の田代隆秀が新境地を見せる。戦争という歴史の出来事が家族の物語として立ち上がる様相は痛ましいが、希望も示す。

★寄席★
*「真打昇進襲名披露興行」新宿末廣亭
 春風亭一蔵、八代目柳亭小燕枝、十代目入船亭扇橋の襲名を寿ぐ盛りだくさんの興行だ。さらりと見せて実は熟練の奇術、客席のお題を淡々と受け、見事な鋏捌きの紙切りの名人芸、褒めて貶してまた褒める愉快な口上を味わう秋の夜長となった。締めの一席は小燕枝の「試し酒」と「かっぽれ」踊りで晴れやかに。

★展示会★
*「岡本太郎展」東京都美術館
 奇抜、エキセントリックなところは確かに「芸術は爆発」なのだが、岡本太郎の絵画や彫刻、オブジェは、見る方向や角度によって驚くほど違う顔を見せる。ユーモラスで温もりがあり、見る者の心の奥深くへ静かに入り込んでゆく。

2022年 因幡屋演劇賞
*演劇集団円公演 マーティン・マク ドナー作 小川絵梨子訳 寺十吾演出『ピローマン』俳優座劇場
*朱の会第5回公演 藤沢周平作 神由紀子構成・演出『朝焼け』 
 野方 ブックカフェどうひん
*六月大歌舞伎 有吉佐和子作 齋藤雅文演出/坂東玉三郎演出
 『ふるあめりかに袖はぬらさじ』 歌舞伎座
*オフィスコットーネプロデュース 
 フリードリヒ・デュレンマット作 増本浩子翻訳 稲葉賀恵(文学座)演出 
 綿貫凛プロデュース 『加担者』下北沢・駅前劇場
*内藤裕子作・演出の舞台 
『ソハ、福ノ倚ルトコロ』 演劇集団円公演 吉祥寺シアター
『カタブイ、1972』名取事務所公演/下北沢 小劇場B1

2023年【冬から春のトピック】

☆1月☆
*新春浅草歌舞伎 浅草公会堂 
3年ぶりの開催。第2部「傾城反魂香」では、二代目中村吉右衛門の薫陶を受けた中村歌昇、種之助兄弟が絵師又平と女房おとくに挑んだ。不器用で誠実な夫婦の愛情物語は、芸道に精進する若手俳優の姿そのもの。

☆2月☆
*唐組若手公演 第70回公演 唐十郎作 加藤野奈演出 
 久保井研監修『赤い靴』下北沢・駅前劇場 
一昨年の『少女都市からの呼び声』に続く唐組若手俳優の公演。唐十郎は、世間から嘲笑され、片隅に追いやられた人々の背景や心象に鋭い眼を向け、劇世界で思いの丈を存分に語らせようとする。
*東京芸術座アトリエ公演 №45   
 内藤裕子作・演出『おんやりょう』 上井草・劇団アトリエ
 郊外の消防署を舞台に、救命士と消防士が織りなす一日の物語が6年ぶりに再演された。内藤裕子は歴史的人物の評伝や社会問題を鋭く捉えた作品に舵を切った印象だが、本作のように働く人々の日常を生き生きと描いたものや、俳優のさとうゆいとの演劇ユニット・グリーンフラワーズの傑作『かっぽれ!』シリーズなど、大いに笑って時にほろりとさせ、最後はしみじみと考えさせる舞台もぜひ書き続けてほしい。
*秋田雨雀・土方与志 記念 青年劇場 第129回公演 
 瀬戸山美咲作 大谷賢治郎演出『行きたい場所をどうぞ』
 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 
  駅へ訪れる人々に「行きたい場所をどうぞ」と道案内をしているロボットの夕凪と、夕凪のデータに無い場所を告げる女子高生光莉が「行きたい場所」探しの旅に出る。「親ガチャ」の言葉が象徴する現実にあって、子どもたちが自由に夢や希望を持てること、大人たちが「行きたい場所をどうぞ」と受け止められる社会でありたい。

☆3月☆
*シェイクスピア作 安西徹雄翻訳 中屋敷法仁(柿喰う客)演出
『ペリクリーズ』 両国・シアターX  
  出演俳優のほとんどが複数役を演じ継ぎ、大道具、小道具を駆使しながら、緻密に構成されたムーヴで年月の流れ、人々の心の移ろいを表現する。過酷な運命に翻弄された主人公が家族と再会を果たす終幕に胸は熱く。戦争の絶えないこの世にあって、演劇の役割と必要性を実感した幸福な一夜。
*糸あやつり人形一糸座公演 
 唐十郎作 天野天街(少年王者舘)演出 『少女仮面』赤坂レッドシアター 
二度の延期を乗り越えて上演の運びとなった喜びが劇場全体に溢れる。人形を操りながら台詞を発する人形遣いの超絶技巧、その人形と対峙する俳優が重層的な劇世界を構築する。唐十郎の戯曲がまたしても違う顔を見せた。

★映画★
『書かれた顔』4Kレストア版 
スイスの映画作家ダニエル・シュミットの作品が28年ぶりに公開された。歌舞伎俳優の坂東玉三郎を主軸に、リアルなドキュメンタリーと幻想的な物語が交錯して観客を惑わせ、魅了する。武原はん、杉村春子、大野一雄、蔦清小松朝じの芸道への厳しい姿勢と艶やかな佇まいに驚嘆。

★展示会★
*第2回 伊藤ゲン展「知らない街で知らない人の家の前に立つ」
  高円寺 GALLERY33 NORTH 1F  
かつて劇団唐組の俳優として紅テントに立ち、舞台美術も担った伊藤ゲンによるアクリル絵の具の絵画展。緻密で温かな筆づかいによるケーキや林檎はいかにも美味しそうで、日常生活の道具や古紙回収の新聞紙も呼吸しているようだ。
*合田佐和子展「帰る途もつもりもない」 三鷹市美術ギャラリー 
四国・高知市で生まれた少女は、ガラスや金属、石などを拾い集めるのが好きだった。それらと手芸を融合させたオブジェ人形に始まった作家活動は、やがて唐十郎や寺山修司のアングラ演劇の舞台美術やポスター、銀幕俳優のポートレートなど、瑞々しく鮮やかな作品へと展開してゆく。途(みち)無き人生の歩みは美しく力強い。
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