因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座3月アトリエの会『挿話(エピソオド)~A Tropical Fantasy~』

2023-03-14 | 舞台
*加藤道夫作 的早演出 公式サイトはこちら 信濃町・文学座アトリエ 26日まで
 劇作家の加藤道夫が第二次世界大戦末期、陸軍省の通訳官としてニューギニアのソロンという集落で敗戦までを過した体験を基に書き上げた作品とのこと。文学座が1949年三越劇場で初演した。加藤の薫陶を受けた文学座の座友で俳優の川辺久造が、本作上演のために座内勉強会を立ち上げ、2016年6月、演出の的早孝起、俳優の林秀樹、沢田冬樹、横山祥二によるリーディング公演が行われた(未見)。今年1月から3月にかけての文学座通信にはこの経緯が詳しく紹介されており、リーディング公演の当日パンフレット掲載の川辺の寄稿からは、加藤道夫を「劇詩人」として敬愛してやまず、『挿話』の上演への情熱と志が伝わる。それを受けての3月アトリエ公演、作り手の熱意は察するに余りある。

 南方のヤペロ島に居るのは、居丈高に振舞うが上官としてほとんど頼りにならない倉田師団長(清水明彦)、番頭役さながらの藤野参謀長(中村彰男)、服従しつつふたりの上官をうまく操縦している感があり、しかもそれが決して嫌な印象に見えない副官の谷村(山森大輔)、現地民と馴染み、楽しんでいるようにすら見える小島上等兵(小石川桃子)、そして加藤道夫自身を投影させた元船員で通訳の守山(澤田冬樹)である。米軍が空から撒く「伝単」(でんたん)に記された日本の敗戦の情報に動揺し、信じようとせず、戦争が終わったと歓喜する島の青年ワカマオ(相川春樹)たちの逆襲を恐れる。

 塚本晋也監督、主演の映画『野火』はじめ、さまざまなドキュメンタリー映像や関連書籍で知る南方戦線は壮絶で悲惨極まりないが、本作はコミカルでのどかですらある。が、かつて斬殺した島民ピネルピイ(横山祥二)はじめ、亡霊たちが登場する辺りから、倉田の心身が病み始める。

 副題に「A Tropical Fantasy」とあるように、戦地の様相をリアルではなく、牧歌的、幻想的に描くことで、人間の心が複雑に揺れ動き、変容するさまを示す。昨年12月の劇団劇作家主催公演『世界が私を嫌っても』(有吉朝子作 大西由香演出)の主人公・平林たい子役を務めた小石川桃子が、今回は小島上等兵を伸び伸びと演じている。敢えて女性を配した意図を自分が的確に受け止められたかは心もとないが、上官にも「現代っ子」風にさばさばと接するところ、一服の煙草に至福の表情を見せるあたりなどとてもおもしろく、客席の笑いを誘う。戦争というものの理不尽に言い知れぬ困惑や怒りが思わず溢れそうになる終盤の表情も魅力的だ。

 本作の初演が、敗戦からわずか4年後の1949年であったことを改めて考える。前記の川辺の寄稿によれば、演出は長岡輝子、作曲を芥川也寸志が担い、三津田健、中村伸郎、芥川比呂志、金子信雄、高原駿雄らが出演したとのこと。戦争の傷は心身に生々しく、アメリカの占領下にあって、住宅難や食糧難など大変な苦難の時代である。当時の作り手は、そして観客はどんな気持ちで、「今次戦争の終戦がもたらした、ほんの小さなひとつのエピソオド」(冒頭の守山の台詞)に対峙したのか。

 一人ひとりの物語は短く、それこそ「挿話」、「エピソオド」である。しかし誰もこの世にたった一人しか存在しない。簡単に捉えられるものではないはず。敗戦後、倉田、藤野、谷村、小島そして守山の歩んだ道はさまざまだ。島民に許しを乞い、島に残ったという倉田は日焼けしたのだろうか、収監された藤野の行く末は、帰国して事業に成功した谷村と小島のことも気になる。一つひとつは「エピソオド」だ。しかしいくつもの「エピソオド」が社会を作り、時代を形成する。初演から70年以上経った2023年の今もなお、世界から戦火が消えることはない。この世は地続きであり、かの時の人が吸った空気を私たちはマスクを通して吸っており、小石川上等兵が抱く戦争に対する疑問や怒りを解決できていないのである。

 カーテンコールにおいて、舞台に並んだ出演者の幾人かが「一人でも多くの方に見ていただきたい作品」、「ぜひ周りの方々に勧めていただきたい」と挨拶したのは珍しいことではないか。ラストシーン、森山は舞台中央に立って天を仰ぐ。リアルに作らず、声高に主張しない作品が秘める反戦への強い意志、それを継承せんとする志。舞台から受け取るものは、少し時間が経ってから実感がわくだろう。わたしたち一人ひとりの日々もまた「エピソオド」であり、かけがえのない人生を形成していくことも。
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