今年は日本映画史に多大な足跡を残された名女優「高峰秀子」さんの生誕100年の記念の年になります。

 

それに関連して、様々なイベントや特集上映が各地で開催されています。僕も時間があれば高峰さんが主演された作品を観返しているのですが、今日は1961年度「芸術祭参加作品」で1962年、第34回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた木下恵介監督の『永遠の人』を久しぶりに再鑑賞したので感想を書いておこうと思います。

 

『永遠の人』1961年 松竹作品

《スタッフ》

◎監督・脚本・製作:木下惠介

◎製作:月森仙之助

◎撮影:楠田浩之

◎音楽:木下忠司

◎美術:梅田千代夫

◎編集:杉原よ志

◎照明:豊島良三

◎フラメンコギター:ホセ勝田

◎唱:宇井あきら

◎助監督 : 吉田喜重

《キャスト》

◎さだ子:高峰秀子

◎川南隆:佐田啓二

◎小清水平兵衛:仲代達矢

◎さだ子の父・草二郎:加藤嘉

◎隆の兄・力造:野々村潔

◎隆の妻・友子:乙羽信子

◎平兵衛の息子・栄一:田村正和

◎平兵衛の息子・守人:戸塚雅哉

◎平兵衛の娘・直子:藤由紀子

◎隆の息子・豊:石濱朗

◎駐在:東野英治郎

 

こんな物語です。

昭和7年から36年に至る約30年間に及ぶ、ある夫婦の愛憎と試練を1章〜5章に分けて描いています。

 

❖第一章 上海事変が起きた昭和7年、阿蘇山の麓の集落の大地主・小清水平左衛門の小作人・草二郎(加藤嘉さん)の娘さだ子(高峰秀子さん)には川南隆(佐田啓二さん)という親兄弟も許した恋人がいました。

 

隆と平左衛門の息子・平兵衛(仲代達矢さん)は、共に戦争に行っていましたが、平兵衛は足を負傷し、除隊となり、凱旋の形で帰ってきます。

 

平兵衛の歓迎会の夜、美しい娘になっていたさだ子を見た平兵衛は、さだ子には親も許した恋人・川南隆がいることを知っていながら、さだ子に横恋慕をし、数日後、さだ子の家に押し入り、力づくでさだ子を犯すのです。さだ子は悲しみと悔しさに谷川に身を投げますが隆の兄に救われます。

 

やがて隆は凱旋してきますが、事情を知った彼は、明日の朝1番の汽車で二人で村を出ようと、さだ子を抱きしめながら言います。

 

当日の朝、さだ子は約束の場所へ急ぎますが、父・草二郎が隆からの置手紙を持って追ってきます。そこには「幸せになってくれ」とあり、隆はそのまま行方不明となり、さだ子は泣き崩れるのでした。

 

❖第二章 昭和19年。結局、小清水家から草二郎に農地を割譲することと引き換えに、さだ子は平兵衛の嫁になり、栄一、守人、直子の三人の子をもうけていました。太平洋戦争も末期、隆も兄・力造も召集されていました。

 

隆はすでに結婚し、妻の友子(乙羽信子さん)は幼い息子・豊と力造の家にいましたが、平兵衛の申し出で小清水家に手伝いにいくことになります。隆を忘れないさだ子に苦しめられる平兵衛と、さだ子の面影を追う隆に傷つけられた友子。ある日、平兵衛と友子は淫らな関係になりかけますが、気づいたさだ子に平兵衛は“ケダモノ”と面罵されるのでした。

 

そんな騒ぎの中で長いあいだ病床で寝たきりだった義父・平左衛門が死にます。翌日、友子は暇をとり郷里へ帰ってゆくのでした。

 

❖第三章 昭和二十四年。隆は肺を冒されて帰ってきます。一方、さだ子が平兵衛に犯された時に身ごもった栄一(田村正和さん)は高校生になっていましたが、母・さだ子から疎まれ、愛されないことに悩み、学校で問題ばかり起こしていました。栄一はある日、自分の出生の秘密を知り、阿蘇の火口に身を投げ死んでしまいます。さだ子と平兵衛は、これを機に一層、憎み合うようになります。

 

❖第四章 昭和35年。20歳になる直子(藤由紀子さん)と二十五歳になる隆の息子・豊(石浜朗さん)は愛し合っていましたが両親の確執で結婚できないでいました。さだ子は自分が隆と結ばれなかった想いを娘に託し、二人を大阪へ送り出してあげます。

 

憎い隆の息子に、大切な娘をあげてしまったさだ子に平兵衛は怒ります。そこへ巡査がきて、東京の大学に通っている次男の守人が、安保反対デモに参加し、逮捕状が出ていると報せにきます。

 

その後、守人から電話があり、さだ子は草千里まできた守人に会い、金を渡して彼の逃走を助けるのでした。草千里へ行く途中、さだ子は村へ帰ってきていた友子に偶然会います。息子と会いたいという友子に過去の遺恨もなくなったさだ子は、二人の大阪の居場所を教えるのでした。

 

❖第五章 昭和三十六年。隆は死の床についていました。直子と豊も生れたばかりの子を連れて駆けつけます。隆は死の間際に、平兵衛を苦しめていたのは逆に私だ謝ってくれと、さだ子に告げるのです。

 

さだ子は隆を安らかに送るため平兵衛を呼びに行きますが、平兵衛はさだ子の頼みを聞こうとはしません。しかし徐々に平兵衛の心も解けてゆきます。30数年間、憎み、苦しんできた二人にようやく平和がおとずれようとしていました…。

 

木下恵介監督は黒澤明監督と並んで、戦後日本の映画黄金期のトップを並んで走った監督です。木下監督は1912年生まれ、1943年に『花咲く港』で監督デビュ ー。一方、黒澤監督は1910年生まれ、同じ1943年に『姿三四郎』でデビューし、この両作で二人揃って新人監督賞たる山中貞雄賞を受賞しました。そして亡くなったのも同じ1998年。お二人は互いに認め合う、良きライバルであり友人だったそうですね。

 

1954年のキネマ旬報ベストテンでは1位が木下監督の『二十四の瞳』、2位も木下監督の『女の園』、3位が黒澤監督の『七人の侍』ですから、映像作家としての表現力と演出力が素晴らしいものであったということが窺い知れます。

 

しかし、黒澤監督のネームバリューが現在にまで海外にも轟いていることに比べると、木下監督への関心が日本国内でも下がっていることは若干、残念な気持ちでいます。黒澤監督以外にも、日本映画といえば、溝口健二監督、小津安二郎監督、成瀬巳喜男監督と海外でもその名を響かせている監督はいますが木下恵介監督の作品はそれほど海外では知られてはいないんですよね〜。色んな理由や様々な解釈があるとは思いますけどね。

 

黒澤監督の作品は、雄々しき逞しい男臭い映画であるのに対し、木下監督の映画はどちらかといえば繊細、情緒に溢れた女性的な作品で、反戦平和的であったことが海外受けしづらかったと言う方もいます。

 

でもそれは印象であって、全作品を観ると木下恵介監督の作品には弱々しさなんて感じないですよ。監督自身も現場では「愚図で馬鹿が大嫌い」というくらい激しい性格の方で、言葉遣いは女性的でも男っぽい方だったらしいし。逆に黒澤監督は木下監督の自宅でお酒を飲みながらよく泣いてらしたとか…。

 

やっぱり人間って見た目じゃないんですよね〜。

 

『永遠の人』を観ればわかりますよ。人に対して優しい目線を持っているだけではなく、激しい情念と辛辣さを併せ持っている方だということを。

 

「過去は過去として、こだわりを捨て、前向きな気持ちで今ここから前進することが大切だ」とよく言われます。「過去なんて振り返っても仕方ないじゃない?」とも言われますよね。人に対してそういうのは簡単なんですよ。

 

人間には捨てられない記憶というものがありますよね。「忘れることの出来ることと出来ないこと」とが必ずあるはずです。過去は過去だと簡単に割り切ってさらりと進んでいけるという人はいいでしょうけど、過去に捉われ続ける人もいるのです。

 

『永遠の人』はそんな過去という亡霊に取り憑かれたた男と女の30年に渡る愛憎を、熊本阿蘇地方の大自然の中で描いた名作です。

 

木下監督の登場人物への安易な感情移入を許さない、登場人物のキャラクター設定が見事です。力づくで手籠めにされその後、子を三人なしてもずっと夫を恨み続けるさだ子を演じた高峰秀子さんも、戦地から足を負傷し帰って来て、さだ子を犯す平兵衛を演じた仲代達矢さんも、さだ子を捨てて姿を消した隆を演じた佐田啓二さんも、観客が簡単に同情できるような人物として描かれていなくて、木下監督の人間を見つめる冷徹さがよく表れているなぁと思います。

 

ラストにわずかな救いも感じますが、平兵衛に「一生折り合えぬだろう」としっかりと言わせていますし、許しあえば幸せになれますなんて尤もらしいメッセージとも無縁だし、安易なハッピーエンドで締め括らない木下監督の底意地の悪さも僕は大好きです。

 

『永遠の人』で特徴的なものが音楽です。木下惠介監督の弟である木下忠司さんが担当しています。木下忠司さんは、戦後の木下監督作品の音楽を担当し、日本映画史においても極めて重要な役割を担ってきた作曲家です。

 

『永遠の人』の音楽は初めて聞いたときは驚きました。フラメンコなんです。斬新だなぁと思いました。主人公の感情的な高まりと同時に、フラメンコの激しい音色とリズムに合わせて、熊本弁の唄と合いの手が入るんです。違和感がある方もいるでしょうが、僕はこの作品にピッタリだと思います。木下監督ってアバンギャルド(芸術の文脈においては、《革新的な試み》や《実験的な試み》を指す)な方なんですよね。今までにないものを作りたい、観客を驚かせたいと常に思っていた方なのではないでしょうか。

 

『愛』と『憎しみ』って隣り合わせ、背中合わせなんですよね。木下監督が表現したかったもの、描きたかったものを形にして見事に生々しく人間の本質を演じ魅せてくれた高峰秀子さんと仲代達矢さんが素晴らしいんです。名優とはこれ!という演技を魅せてくれます。

 

「お主と俺とは未来永劫に憎み合うぞ」

「憎んでください、憎しみおうた挙句の果てに何が残るか、私も地獄の苦しみを生きていきましょう」

 

いい台詞を書きますなぁ〜木下恵介監督は。

 

『永遠の人』で高峰秀子さんは、20歳から49歳までを演じていますが、20歳の娘を演じる高峰さんの初々しさには驚嘆しますが、高峰さんの真骨頂は晩年、老境に差し掛かった女性を演じたときです。『永遠の人』の撮影時は37歳だったそうですが、後姿だけでその人物の生きてきた時間、時代を全てを表現できる人なんですよね〜惚れ惚れします。

 

日本の女優さんて、女の一代記を演じてこそだと僕は思うんですけど、高峰さんはお好きではなかったみたいですね。『永遠の人』の脚本もあまりにも陳腐だとおっしゃっていたみたいだし、成瀬巳喜男監督の『女の歴史』もつまらなかったとご自身の本に書かれていたような…。こんな歯に衣着せぬところも高峰さんの魅力ですよね。

 

さだ子の元恋人・隆(佐田啓二さん)の妻・友子を演じた乙羽信子さんも良かったですね〜。自分の夫の元許婚で今では地主の奥様として存在するさだ子に対する嫉妬を抱え、苦しみ、やがて隆を捨て他の男に走ってしまう友子という複雑な女性を見事に演じておられます。上手いです。

 

大地主の息子という恵まれた家系に生まれながら、戦争で片足が不自由となって帰還し、コンプレックスを抱え、自分が犯した出来事をいつまでも許さず、こだわり、恨みを捨て切れず、決して自分を振り返らない妻に、愛するが故に憎しみを募らせる平兵衛という複雑な男を仲代達矢さんは絶妙の演技で魅せてくれます。

 

平兵衛はさだ子にとって「生娘だった自分を無理やり犯し、好きな男との間を切り裂いた憎き男」だという自覚があまりないのか、力づくでは真実の愛は手に入れられないということに気づけない可哀想な男なんだと感じます。

 

『永遠の人』を観ると、木下恵介監督が同時代に活躍した黒澤明監督にも小津安二郎監督にもない、あるいは現代に活躍する多くの映画監督にもなかなか見られない、極めて優れた人間の心理描写の細やかさを描くことに長けた監督だということが理解できると思います。『永遠の人』以外にも『香華』や『女の園』に見られる女性の心理描写についても男性が描いたとは思えない、繊細な心の襞や温もりを描ける稀有な表現者だと思います。

 

映画評論家の石原郁子さんは「メジャーの日本映画において初めてゲイ男性を描いた作品」として木下惠介監督の『惜春鳥』(1959年)を紹介していますが作品の中に同性愛を彷彿とさせる描写があっても、木下惠介監督はどの作品でも「同性愛」という言葉を使ったりはしていません。言葉を使わず、演出や言葉遣い、身振り、映画技法で観客たちに「あれは同性愛者なんじゃないか」と推測させているとは思いますが、興味がない人にはわかりませんよ。

 

繊細な女性的な表現や描写が得意ということで、木下惠介監督を同性愛者であったのではないかと言っている人がいます。監督ご自身が明確に公言されてはいないので、勝手な憶測でそんなことを言うことは憚られますが、『惜春鳥』(1959年)はとても良い作品なのでいつかまた見直して見たい作品の一つです。

 

『永遠の人』を観て、久しぶりに高峰秀子さんの名演技、木下恵介監督の名演出、堪能しました。