詩人PIKKIのひとこと日記&詩

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「黒川杯」呼びかけ人に聞く ―検察庁前賭け麻雀大会

2020年06月20日 | 政治
「黒川杯」呼びかけ人に聞く
――検察庁前賭け麻雀大会――
https://imadegawa.exblog.jp/31237340/

霞が関の検察庁前で5月30日に「第一回検察庁前テンピン麻雀大会・黒川杯」が行なわれた。
産経新聞記者宅で同社や朝日新聞の記者と賭け麻雀をしていた黒川弘務・前東京高検検事長は逮捕も起訴もされていない。
処分も、懲戒処分には当たらない「訓告」にとどまった。

黒川杯はそれを皮肉りSNSで、「テンピン麻雀は問題ないらしいので、
『黒川基準』による麻雀解禁を祝して……公然と実施する」と呼びかけられた。

会場は「黒川前検事長に敬意を表して検察庁前の路上」とされていた。
そして御丁寧にも、「開催前に黒川前検事長が賭博容疑で逮捕ないし起訴等された場合は、自らの浅薄さを深く恥じ入り……中止とします」とのただし書きまで付けられた。

以上の呼びかけを行なったのが、「自稱家元」こと室伏良平氏(29)である。
昨年、「反アート」の文脈からあいちトリエンナーレの会場でパフォーマンスを展開中に警察官の足元に水をまき、逮捕された人物だ。

私はその際、「室伏良平くん救援会」を組織した彼の友人だ。
室伏氏は当時、右翼団体・民族の意志同盟のメンバーだったが、トリエンナーレ事件の後に「組織規律違反」を理由に除名されている。

「黒川杯」を終えた室伏良平氏は6月3日に
次のように語った。
【室伏良平氏談】
当日、現場に着くと、麻雀大会開催予定地の、検察庁前の歩道橋の階段下前に
警察の車が横付けされていて驚いた。
道路交通法第七十六条には「交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置いてはならない」とある。
だから、交通の妨害となるようなことが無いように、あえて交通のさまたげにならない歩道橋の階段下を選んだ。

また、どいてくれと言われた時にいつでも道を開けられるよう、麻雀卓はキャスターが付いているものにして、いつでも動かせるものにした。
さらに現場には弁護士の先生にも来ていただき、警察官にも道路交通法に違反しない旨を説明できるようにしていた。

ところが、そういう理屈が通る余地もないくらい、警察側は「道路交通法違反だ」「法律論争はしない」「中止しろ」の一点張りだった。
警察って弁護士の言うことも聞かないんだというのはちょっと驚きだった。
法の権威が理を尽して説明すれば、警察は引き下がるという淡い期待が有ったけど、ダメだった。想定が甘かったってのは無くはない。

道路使用許可を取ってやるという案も有るにはあった。
ただ、許可を申請して難癖を付けられると、どこでやるかもいつやるかも全部バレてしまう。
本来、合法の範囲なのだから、ああやるのが適当でないかと考えた。

というか、単純に検察庁前で麻雀がしたかったんですよ。
不意打ちで行けば、警察が押し掛けてくるまでにある程度のタイムラグが有ると思ってた。
それまでにまずルールの説明を読み上げて、席決めをして、打ってる時に後から来た警察官との間に禅問答をしている……という構図を演出したかった。
牧歌的過ぎましたね。作戦がヌルかった……。

麻雀を始めようとしても、警察が散々密着してくるわぶつかってくるわ
そろえた麻雀パイを払いのけるわで、ついに最後まで半荘が成立しなかった。
逮捕上等の面子を5~6人連れて行ったけど、警察に邪魔されて、その面子で麻雀をする事すら出来なかった。

そのうちに、当初の想定メンバーでない人が
流れで麻雀を始めたりしたけど、想定していたルールでは出来ていなかったのではないかなと。それで賭けは結局、成立しなかった。

今回のアクションのモチベーションは、
「同じことをやって、逮捕される人とされない人が居るのは
おかしい」ということ。
権力がつぶしたい人間は徹底的に取り締まるけど、
権力者の都合に合う人間は事が露見しても屁理屈解釈でお咎め無し。
賭け麻雀に関しては、法の下の不平等がまかり通ってる。

SNS上では
「賭け麻雀でこれこれ勝った」的な書き込みは普通に有る。
その人たちはそれが黙認されると思ってる。
ぼくら活動家はそうではない。その不均衡が息苦しい。
この不均衡は權力による恣意性によるものではない。
グレーゾーンは一般人が嫌いな人間を叩く手段にもなってる。
このイベントでそういう問題を提起したかった。

映像も残ってるから、主催者として反省点ばかりが目に着く。
けれど、やったっていう満足感の方が大きい。

呼びかけの告知をSNSに上げた時点で本気でやるつもりだったかと問われると、正直言って微妙だ。
反響が大きくて実行したが、始めは本当に、
インターネットのオフ会のノリというか……。

自分の中には「70年代初頭のツイッター文化を取り戻そう」という
テーマが有って、当時の作法にのっとってやった
(注:キリスト教由来の西暦使用の強要を嫌う室伏氏は皇紀を使う。
すなわち彼の言う「70年代初頭」とは一般的に言うところの西暦2010年代初頭のことだ)。

ツイッターは今、政治化してる。
でも70年代初頭は随分と違ってて、趣味で綱がった島宇宙の中で、
「帰宅した」と書き込むと「おかえりー」ってレスポンスが返ってくる
ほのぼのとした世界を形成していた。
そんな70年代初期の空気をたまに懐かしく思うことが有る。
本当に、今とは空気が違っていた。

僕自身、途中から政治的な話が中心の島に移動した。
それを後悔はしてないけど、今、昔はそういうほのぼのとしたやり取りをしていた人のツイッターをのぞいても、「お風呂入った」「ほかえりー」みたいなやり取りはほぼ絶滅してる。
今では考えられないかもしれないけど、「仕事終わった」って言ったら
「おかえりー」って返事が10個くらい帰ってくる、牧歌的なとこだったんだ、
ツイッターは。

だからそんな当時にイベント告知によく使われた「ツイプラ」というツイッターアプリを今回は使った。
僕自身、この手のサービスで当時は麻雀大会の告知や「戦前サラリーマンの格好で明治村を巡るオフ会」を呼びかけたことも有る
(室伏氏は普段から当時物の背広や国民服を着て生活していることで知られる)。

昨年のあいちトリエンナーレの時はその年の春から「なごやトリエンナーレ」という別の企画を立ち上げて準備をしていた。
「表現の不自由展・その後」を知ったのは、7月31日のトリエンナーレのプレイベントで取材に来た記者に教えてもらってからだ。それまでは不自由展の存在自体知らなかった。

あいちトリエンナーレへの反発は、「官製芸術展への反対」というよりは、
「資本主義への憎悪に燃えていた」という方が僕の体感に近い。
官製芸術展は資本主義とセットだろうという、実はその程度の認識だった。
資本主義粉砕の一環として、官製芸術展をターゲットにしていたといった感じだった。

その流れで逮捕後も、留置場とか裁判所を「なごやトリエンナーレ会場」にみたてて闘った。

これらの冗談みたいなことは普通、言っても実現しない。
けれど自分は、たまたま、言いっぱなしでは終わらないリソース
(同志・友人や彼らが持つ道具など)に恵まれていた。皆さん、有りがとう。

(聞き手:元「室伏良平くん救援会」事務局長 酒井徹)



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