お世話になった70代の同僚の爺さんが癌で余命幾ばくか。。

仕事を教えてもらったり、飲みに連れてってもらったり、同じ目線で哲学論議したり、とにかくお世話になった。

凄く博識な人だけれど、若い世代と意見を闘わせるのが好きな人。

色々な本を持ってることも聞いていた。唯一、小説に関しては噛み合わなかったが、それはそれで趣きがあった。

知識を尊ぶ人だったから、自分の本が処分されるのは寂しくて、苦しいんじゃないかと思って連絡をとった。

良い考え方。そう返信があった。

自分がこの世を去るのなら、本をどうしたいか、そんな風に考えて、もしかしたら爺さんも、と思ったことは間違ってなかった。

療養中の自宅へ赴いた。御家族と本人に何度も確認し、引継ぐ本の整理を始めた。

帰り際、ありがとう、と言われた。
言葉が見つからなかった。
骨と皮だけのように痩せこけた身体、起き上がれず、動けない程、衰えた体力。

いつこの世を去っても良いように生きること。
彼の言葉が持つ重みに、何も言語化できなかった。

この日、最寄駅にタクシーがおらず、バスも間が悪かったので、歩いて彼の自宅へ向かった。

道中、田園風景、閑静な住宅街、人気のない道路脇の歩道・階段を考えごとをしながら歩く。



春と夏の間の風が吹いていたこの日のことを、このなんでもない、だけど、どこか心に深く届く風景とともに、忘れたくないと思った。