はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その24

2023年05月26日 10時02分37秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる
「俺や家族に触れられるのは平気なのだろう。
だったら、そのうち、ほかのやつで親しくなった者には平気になるかもしれない。
だいたい、家族や仲間以外の人が身体に触れてこることなんて、日常ではあまりないものだぞ。
気持ちはわかるが、そこまで深刻にならなくてもいいんじゃないか」
「人が怖いのだ」
「うん?」
「揚州で叔父が朝廷の命令を受けてやってきた新しい太守に追い出されたとき、そそのかされた一部の民が蜂起した。賞金首に目がくらんだのだ。
叔父は、いま振り返ってみても、よい太守であったと思う。
いつも民のことを考えて、自分は質素に暮らしていた。
なのに、みな妄言に振り回されて、血なまこになって、武器を手にわたしたちを襲ってきた」
「ああ、大変な目に遭ったって言っていたな」
「すまない、嫌な話だし、何度も聞きたくないよね。
でも、わたしは、あのときから…そして襄陽城で叔父が殺されてしまってから、人というものがわからなくなってしまったのだ。
みんな、どんどんどこかに仕官しているだろう。
わたしもいずれは家族のこともあるし、仕官をしたいと思ってはいるのだが、それで、わたしはなにをしたいのだろうかと考えることがある。
漢王朝の再興をしたいと口では言っている。
けれど、ほんとうは、叔父の復讐を世の中にしたいのではと思えてくることがあって、怖くなるのだ」


「世の中のぜんぶに?」
「そう、人というもの、すべてだよ。本来ならば裏切るべき者ではないものを、金のためにたやすく裏切ってみせた人というものを、わたしはほんとうは、罰したくてたまらない人間なのではないか。
そんなふうに心根の冷たい人間が、人の上に立つなどと考えてよいのだろうかと」


「それはおまえ、考え違いというものだろう」
「どうちがうのかな」
「おまえが許せないでいるものは、人間とか、世間とか、漠然としたものではない。
金や欲望のためにあっさりと情や義を踏みにじれてしまう、人間という奴のなかにある、どうしようもない弱さを許せないでいるのだ。
人間や世間そのものを憎んでいるわけではないんだよ」
「そうかな」
「そうだ。おまえの嫌う弱さは、すべての人間のなかにある。俺のなかにだってあるんだぞ」
「そんなことはないよ。だって、徐兄は、他人の仇討ちを代わりにするほどに、義に厚い人じゃないか」
「義に厚かったから、というだけではないさ」


答えながら、徐庶は、かつて故郷の潁川での出来事を思い出し、孔明に語った。
仇討ちをしたときの話は、これまでも何度か話したことがあったが、もっとも飾らず、素直に話したのは、これがはじめてであった。


不幸な人から頼られた。
うれしくて、意気込んで、代理で仇討ちを果たした。
そのとき、自分の力を世に示したいという欲がなかったとは言い切れない。
人を斬ってしまったあとに、後悔した。
斬られても仕方のないような男が仇討ちの相手ではあったが、とても後悔した。
たしかに悪い奴だったが、徐元直という男に悪いことをしたわけではない。
やらなくていいお節介をしたのだと、そしてそれは罪深いことだったのだと、すぐに気づいてしまったのだ。


すぐに捕縛された。
母に累が及ぶのをおそれ、姓名を名乗らなかった。
そのため、ずいぶん痛めつけられる羽目になった。
苦い後悔と痛みのなかで、仇討ちに巻き込んだ人間を恨んだこともある。
いまでも、あれにかかわっていなかったら、俺の道はこんなに難しいものではなかったはずだと、どうしても思ってしまう。
ほんとうに覚悟をきめて人を斬っていたのなら、不平不満があとから出てくるはずもない。
そこに欲があったから、いつまでも過去を引きずり続けているのだ。


徐庶の語ったことばに、孔明はしずかに耳を傾けていた。


「俺にも弱さがあるが、おまえにだって、しっかりある。
おまえはもしかしたら、自分にはそんなものはないと思っているかもしれないが、触れられることが嫌だとかいう癖以外に、弱くて脆くて、卑怯なところがあるはずなんだ」
すると、ここでいつもなら、そんなことはないと抗弁してくる孔明が、おとなしく、そしてか細い声で、応じた。
「そうかもしれないな」
「おまえが戦おうとしているものは、自分と考えがちがう人間だけではない。
自分の弱さと、その弱さを持て余してみて見ぬふりをしている気の毒な連中とも戦わねばならない。そもそも、強いばかりの人間なんぞ、いないのだ。
おまえは、そろそろ、人間の弱さを認めなくちゃいけない」


「弱さを認めたくない、許せない気持ちが消えないときは、どうしたらよいのだろう。
やはりわたしは、ほかの人間の弱さを決して許すことができない、心の狭い人間なのだろうか」
「許せないと非難するばかりが戦いかな。
弱くて卑怯だと攻撃していれば、相手は変わるものかな。そうじゃないだろう」
「そうだけれど」
「人の弱さをおまえは暴いて、そして無理にでも変えようとしている。
けれど、それは困難を伴うし、おまえ自身も傷つく方法だ。
だいたい、自分の弱さを引きずりだされて、喜ぶやつなんているものか。
その方法をやめないから、いつもおまえは人を怒らせてばかりいるのだ。
そして、誤解されて、憎まれる。
おまえは人の弱さが許せないからこそ、直してやろうと思っているお節介さ。
つまりは、根元から、人間をまるごと生れ変わらせようとしている。
そもそも、人を生まれ変わらせることなんぞが本当にできるものなのか、それは俺にもわからん。
だが、いまの方法では、いずれ自分もダメになる、そのことはわかっているな、孔明」
「どうしたらいいのだろう」
「さてね。わからん。おまえにいま、いちばん足りないものがあるとすれば、その方法がわからない、というところだろうな。
俺にも、こうしたらよかろうということは言えないよ」
「世の中というものは人間で構成されているわけだから、乱れ切った世の中を変えたければ、人間を変えればいい。
そう思うことは、莫迦だと思うかい?」


こいつ、そんなことを考えていたのか、と徐庶はおどろきながらも、それは口に出さずに、答えた。


「莫迦だとは思わんよ。そう思っているのだったら、どうしたら早く人を変えられるか、その方法を見つけられるよう、本気でじっくり考えてみろ。
さいわい、俺たちには時間だけはたっぷりあるんだ」
「うん」
沈みがちであった孔明の声に、すこし明るさが戻ってきた。
「それとな、嫌いなもののことをがんばって変えようなんて、本当は考えないものさ。
おまえは人を憎んでいるわけではなくて、ほんとうは好きなんだ。
好きだから、裏切られたのが悲しくてたまらないんだよ。
そこを間違えるな。損をしているぜ」
「そうなのかな」
孔明はしばらく考え込んだ様子だが、やがて言った。
「相談に乗ってくれてありがとう」
「礼はいいさ」


つづく


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続編の制作はコツコツつづいています。
げんざい、江夏へ関羽が向かおうとするところまでいきました。
以前の「風の旗標」とはまったくちがう話になっておりますので、以前からのお付き合いのお客さんも、新規のお客さんも、楽しんでいただけるかと思います(^^♪
いま連載している「空が高すぎる」が自分で思った以上に長い連載になっておりまして…続編を掲載できるのは、来月になる可能性もあります。
はっきり先が見えてきましたら、またご連絡させていただきまーすv
ではでは、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいね('ω')ノ


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