はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 太陽の章 その49 好々爺の帰還

2023年02月03日 09時59分00秒 | 臥龍的陣 太陽の章
「む、たしかにな。非はわれらにあったかもしれぬ、罠にかけるような真似をしたのは悪かった、許せ」
あっさり陳到が頭を下げたので、嫦娥《じょうが》をはじめ、女たちは目を丸くしている。
役人というのはふつうは威張り腐ったもので、けっしておのれのあやまちは認めない。
だが、陳到はちがうのだ。
ことを順当に進ませるためならば、相手が夜の女だろうと頭を下げることに抵抗はない。
そのほうが、早くもめ事が収まって、早く家に帰れる確率が高まるからである。

「そこまでおっしゃるなら」
嫦娥はそういうが、まだ女たちは興奮しているらしく、「でも」とか、「罠かも」と、疑っている。
それを嫦娥のとなりにいた藍玉《らんぎょく》がとりなした。
「みんな、静かになさい。嫦娥先生は、けが人を診るとおっしゃっているのよ」
とたん、雀の大群のように大騒ぎしていた女たちが、静まった。
藍玉もまた、若いのに、海千山千の夜の女たちの信頼を勝ち得ているようである。

藍玉のことばに静かにうなずきつつ、嫦娥は陳到を刺すように見た。
「けが人は診る。しかし、陳叔至どの、貴殿はどこまで事態を把握しておられるのか。
それをお聞かせ願いたい。
もしも『壷中』について、藍玉が先日語ったことしか知らぬというのであらば、わたしはここで失礼させていただく」
陳到は、おのれの背後で、嫦娥を無理にでも屯所へ引き込もうと身構える、細作の長のうごきをちらりと見た。
そうして目で、乱暴はいけない、と合図をする。

この女はおそろしく誇り高いようだ。
強引に言うことを聞かせようとしたなら、おそらく逆にこちらを侮《あなど》り、言うことをきかなくなるだろう。
手の内をすっかりみせ、身内のように対応すること。
誠実に正直にしなければ、この手の女は、口を開かない。

「『壷中』とは、貴女が昨夜語られたとおり、子供を攫って、暗殺者として育てている組織の名前だ。
新野に出没した人攫いも、こいつらがやったことなのだ。
こいつらの根城は樊城の隠し砦にある」
「それだけか」
「あいにくと、それだけだ。
それと付け加えるなら、我らが軍師が襄陽城から戻らぬ。
これに『壷中』が絡んでいると見てよいであろう。
それゆえ、貴女のお力をお借りしたいのだ」

その言葉に、嫦娥の表情が、わずかにやわらぎ、陳到はむしろ意外に思った。
それっぽっちしか掴んでいないのなら、勝手にしろといって踵《きびす》を返されることを予想していたからだ。

「諸葛孔明が、襄陽城にとらわれたと?」
「襄陽城に人を遣ってはいるが、まだ帰ってこぬ。
いや、ひとりだけ帰って来た。それが斐仁だ」
陳到がそこまで言ったとき、目の前の嫦娥が、はじめて大きく表情を崩した。

嫦娥は大きく目を見開き、呆気にとられたような、つよく心を揺さぶられ、いまにも泣きそうな顔をして、陳到ではなく、どこか遠くのほうを見ているような眼差しになった。
「起きた。龍が」
なんのことだと陳到が尋ねるより先に、聞き覚えのある好々爺《こうこうや》の声が、一同を制した。

「嫦娥どの、そして藍玉どの、やはり時が来たのだ。
われらが待っていた甲斐があったというもの。
叔至、いや、新野の者すべてに、われらの真実を語ろうではないか」

まさか。
陳到は呆気に取られて、女たちの一群の背後から、ゆったりと歩いてくる初老の男を見た。
どこかやつれた風情はあるが、見慣れて馴染んだその顔は、見間違えようがない。
麋竺《びじく》であった。

陳到は、思わぬ者の登場にうろたえた。
孔明は麋竺が壺中の仲間かもしれないと手紙で伝えてきていた。
その文章からして、信じられないが判然としないという孔明の動揺が伝わるものであったから、陳到も同じく、判断を迷っていたのだ。
その麋竺がいつのまにか新野に戻って来た。
劉備のもとを若い女とともに黙って去り、襄陽城へ向かい、以降、行方知れずになっていたはず。
いったい、どうなっているのだろう。

「麋竺どの…ご無事でなにより。襄陽城に行かれていたのでは?」
「はは、軍師がそう知らせてきたか。
たしかに軍師に先立って襄陽城へ行ったが、程子文《ていしぶん》が死んでしまったので、予定が狂ってな。
こっそりと新野に戻ってきたのだよ。誰にも知られぬようにね。
皆はわたしが新野から出たきり帰ってきていないと思い込んでいたようだから、潜《ひそ》むのにこれほど都合のいい町はなかった」
「なにゆえ、そのような回りくどいことをされたのです。
みな心配しておりましたぞ!」
「叔至、軍師からの手紙の内容は、だいたい予想がつく。
わたしが『壷中』の仲間かもしれぬと知らせてきたのだろう。ちがうかね」
「そのとおりです」

つづく


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