はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る 一章 その9 舌戦 その2

2024年03月09日 09時52分09秒 | 赤壁に龍は踊る 一章
すると、その隣にいた棒切れのような細長い顔の男が叫んだ。
「率直にお尋ねする。曹操とは?」
「漢室の賊臣なり」
細長い顔の男は、小ばかにしたように鼻を鳴らした。
「よくもまあ、いい切れるものよ。漢の命運は尽きているのは童子でもわかること。
一方の曹丞相は天下の三分の二をすでに治め、良民もかれに付き従っておる。
そんな曹丞相を賊呼ばわりするということは、名だたる帝王たちや武王も秦王も高祖も、みな賊となってしまおうぞ」
おどけてみせる細長い顔の男の態度に、それまで穏やかな笑みを浮かべていた孔明は、急に顔をこわばらせると、これまでより声高に言った。
「その無駄口を叩く口は閉ざされていたほうがよろしかろう。
貴殿の言は父母も君主もない人間のことば。
そもそも、曹操は漢室の碌を食みながら、邪悪な本質をあらわにし、天下の簒奪を試みている大悪人。
それをほめそやすとは、貴殿も主君におなじたくらみを持っておられるのか?」
「そんなことは」
打って変わって弱弱しく反駁しようとする男を、張昭が、「もう黙っておれ!」と叱った。
男はしゅんとして、もうしゃべらなかった。


「しかし曹操という男はひとかどの男と認めざるを得ないのでは?」
と言い出したのは、地味な顔立ちだが、身にまとう衣は上質そうな男だった。
「陸績《りくせき》、あざなを公紀《こうき》と申す。臥龍先生にぜひ質問したい」
「なんなりと」
「曹操は相国曹参の末裔であることにまちがいはない。
しかし、貴殿の仕える劉豫洲はもとはむしろ売りだと聞いた。
この両者を比較するのは、そもそもおかしいのではないか?」
むしろ売り、と聞いて周りの男たちが馬鹿にしたように忍び笑いを漏らす。
さすがに趙雲も腹をたて、怒鳴って鎮めてやろうと身を乗り出したが、孔明に手ぶりで止められた。
「陸公紀どの、貴殿は周の文王の故事をごぞんじないのか。
かれは天下の三分の二を領しながらも、殷に仕えつづけたではないか。
紂王の暴虐があってこそ、はじめて文王の子の武王が立った、そのことをお忘れではありますまい? 
しかし現代のどこに紂王がいるのです。
なのに曹操は漢王室になんら寄与せず、どころか武王のまねごとをしようとしている。
一方でわが君・劉備は、零落した家系ながらけなげに漢王室に尽くし、いまなおその復興を願って行動を起こし続けておられる。
それを比べて、どちらが優れているかは火を見るより明らかでは?
そも人物の全体をよく観察もせず、出自だけを見て蔑むとは、その心根の卑しさに唖然とするほかありませぬな」
さすがにこれには陸績も返答に困ったようで、身を縮こまらせてしまった。


孔明の弁舌は冴えに冴えている。
もうだれも突っかかってこないかなと趙雲が見ていると、まだもうひとり、声をかけてくる者がある。
「厳畯《げんしゅん》、あざなを曼才《まんさい》ともうす。
さすがは臥龍先生、あっぱれじゃ。貴殿はそこまでになるのに、いかなる経典を学ばれたか?」
「さてはて、お答えするのがむずかしい質問ですな。
曼才どの、それは揚げ足取りというものでしょう。
逆におたずねずるが、漢の天子をお支えした大才である張良や陳平がいかなる経典にくわしかったと思われますか?」
「そ、それは」
わからないのだろう。
趙雲もかれらがなにを学んでいたかまでは聞いたことがない。
「そういうことです」
孔明は、明快に笑って見せた。


大広間はさきほどまで、がやがやとハチの巣をつついたような騒ぎであったが、いまは厳しい教師を前にした童子が並んでいるかのように、しんと静まり返っている。
もうだれも孔明に質問をするものはいない。
降伏派の面々は、目の前の生意気な論客を倒してやろうと息巻いていたものの、みごとに攻撃をすべて跳ね返されたかたちである。
開戦派の武官たちは、にやにやと嬉しそうに笑っている。


しゅんとしている降伏派の家臣たちを見て、趙雲もまた、誇らしい気持ちになっていた。
さすがわれらが諸葛孔明であると思っていると、城の奥から、のしのしとやってくる者が見える。
「なにゆえ孔明先生がこんなところで引止められておるのか。孫将軍がお待ちですぞ」
これは、孔明を叱ったのではなく、孔明を引き止めていた男たちに向かって叱ったことばのようだった。
その中年の武官は、きびきびした動作でぺこりと孔明に頭を下げる。
「わが名は黄蓋と申します。孔明先生、わが粗忽者どもが失礼いたしました。
どうぞ、こちらへいらしてください。案内させていただきます」
「ご丁寧にありがとうございます」
孔明は礼をとって、あざやかに笑って見せる。
もう、さきほどの、たじろぐような迫力は消えている。
江東の家臣たちの視線を背中に一身に浴びたまま、孔明と趙雲は城の奥にいる孫権のもとへと向かった。


つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます!
げんざい、なかなか創作が難しい状況になりつつあります(家庭の事情で)。
急に変化が起きて、こちらも戸惑っておりますが、なんとか気持ちの余裕を確保したいところです。
くわしくお話できればいいのですが……すみません;

もしかしたら、近々お休みをいただくことになるかもしれませんが、そうなる前にまたご連絡させていただきます。

ではでは、またお会いしましょう('ω')ノ


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