何年か前のこと。大森の商店街から、ほんの少しだけ歩いたところに居酒屋チェーンの”ひもの屋”があって、入り口の階段を降りると、漁師小屋風の装飾を施した割とゆったりとした空間が広がっていた。
当時は隣のビルにある「風に吹かれて」で、藤岡藤巻のリハをやった後は、バンド仲間とここで飲みながら打合せをやっていた。
店には入って案内されたテーブルにつくと、脇には池が設えられていて、たくさんの金魚と鯉が泳いでいる。オレンジ色の魚たちが、緑の藻をすり抜けながら元気に泳ぎ回る姿はかわいらしい。
乾杯に続いてビールを飲み始めると、突然、藤巻さんが騒ぎ出した。
「食ってる! ほら、食ってるよー!」
そりゃ、居酒屋なんだから、どのテーブルでも何か食ってるよ!
でも、藤巻さんが指さしているのは池の中だ。
その指先を辿ると、一匹の鯉が、金魚を頭からムシャムシャと食っている。
呆気にとられて見ていたら、鯉の口から、半分だけ残った金魚が吐き出された。
注文を取りに来た店員さんに、「金魚、食べられちゃったけど。鯉のエサなの?」と聞いてみると、彼も金魚の半身がプカプカと浮かぶ光景に戸惑っていた。
最初は元気な金魚達だなぁと思って眺めてたけど、鯉に食われないように必死で逃げ回ってたとは!
鯉にとっては”天国”だけど、金魚にとっては”天国行き”の池ってことだよね。
でも、その金魚が行った先の”天国”が、”この店の池の鯉に生まれ変わること”だったとしたら、ちょっと怖すぎる。