1994年には、プロ野球史上初となる、最終試合(10月8日)が優勝決定戦となる中日戦で見事勝利して、リーグ優勝を果たし、その後の西武との日本シリーズも制して日本一に輝いた、長嶋茂雄(ながしま しげお)さんは、1996年には11.5ゲーム差を逆転しリーグ優勝(メークドラマ)しています。

「長嶋茂雄は10.8後は西武にも勝ち初の日本一を果たしていた!」からの続き

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1995年は大型補強も大型打線の不振や桑田真澄の長期離脱で3位

長嶋さんは、1995年には、ヤクルトからFAで広沢克己選手と自由契約になったジャック・ハウエル選手、広島からFAで川口和久投手、メジャーリーグ・ミネソタ・ツインズからシェーン・マック選手と、30億円とも言われる大型補強をするのですが、

落合博満選手を除く大型打線(松井秀喜選手、広沢選手)の調子は上がらず、桑田真澄投手も肘の側副靭帯断裂の重傷で長期離脱となったことから、3位に終わってしまいます。

1996年は11.5ゲーム差から逆転優勝(メークドラマ)

そして、1996年は、外国人選手の不振や投手陣の不調などから出遅れ、7月6日には、首位・広島との差が11.5ゲームとなるのですが、

7月9日の広島戦で、2回二死走者無しから9者連続安打で一挙7点を奪って勝利すると、これをきっかけに快進撃が始まり、7月16日には、中日ドラゴンズ戦で40勝に到達。

すると、長嶋さんは、この日、20号ホームランを打った松井秀喜さんに期待し、逆転勝利に賭ける思いから、

松井が40本打つようなミラクルが起こる。2年越しのメークドラマが実現するでしょう

と、語っているのですが、

その後もゲーム差を縮め、ついに100試合目で首位に立つと、10月6日の中日戦25回戦で、5対2で勝利し、見事、宣言通り、11.5ゲーム差をひっくり返して逆転優勝を果たし、「メークドラマ」を完成させています。

(しかし、日本シリーズではオリックスに1勝4敗で敗退しています)

1997年は清原和博、ヒルマン、石井浩郎が加入も4位

そんな長嶋さんは、1997年には、西武からFAで清原和博選手、ロッテからエリック・ヒルマン投手、近鉄から交換トレードで石井浩郎選手を獲得と、大型補強を行うのですが、

不振や故障が相次ぎ、エース・斎藤雅樹さんの不振もあり、この年は4位に終わってしまいます。

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1998年は高橋由伸が加入も3位

そして、1998年には、長嶋さんへの批判が大きくなっていく中、大物ルーキー・高橋由伸さんの加入で、開幕5連勝と順調なスタートを切るのですが、

6月になると、斎藤投手や桑田真澄投手など、ベテラン投手陣に疲れが見え失速。7月には、横浜に7点差を逆転された試合がきっかけとなり、3位に終わってしまったのでした。

また、この年の7月31日の阪神戦(阪神甲子園球場)では、判定を巡り、バルビーノ・ガルベス投手が主審の橘高淳さん目掛けてボールを投げ付けるという事件を起こしており、

長嶋さんは監督としての責任から、球団社長の渡邉恒雄さんに辞表を提出しているのですが、慰留され、そのまま、監督を続行しています。

「長嶋茂雄の監督時代の成績は?」に続く

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