かえりみち、トボトボとあるくルビッチのもとにプぺルがやってきました。
「ねえ、ルビッチ。あそびにいこうよ」
「……またくさくなってるじゃないか。そのせいで、ぼくはきょう、学校でイジメられたんだ。いくら洗ってもくさくなるキミの体のせいで!」
「ごめんよ、ルビッチ」
「もうキミとは会えないよ。もうキミとはあそばない」
それから、ふたりが会うことはなくなりました。
プぺルはルビッチと会わなくなってから体を洗うこともなくなり、
ますますよごれてゆき、ハエがたかり、どんどんきたなく、どんどんくさくなっていきました。
プぺルの評判はわるくなるいっぽうです。
もうだれもプぺルにちかづこうとはしません。
あるしずかな夜。
ルビッチのへやの窓がコツコツと鳴りました。
窓に目をやると、そこには、すっかりかわりはてたプぺルの姿がありました。
体はドスぐろく、かたほうの腕もありません。
またアントニオたちにやられたのでしょう。
ルビッチはあわてて窓をあけました。
「どうしたんだい、プぺル? ぼくたちはもう……」
「……イコウ」
「なにをいってるんだい?」
「いこう、ルビッチ」
「ちょっとまってよ。どうしたっていうんだい?」
「いそがなきゃ。ぼくの命がとられるまえにいこう」
「どこにいくんだよ」
「いそがなきゃ、いそがなきゃ」
たどりついたのは、ひともよりつかない砂浜。
「いこう、ルビッチ。さあ乗って」
「なにいってんだよ。この船はこわれているからすすまないよ」
おかまいなしにプぺルはポケットから大量の風船をとりだし、
ふうふうふう、と息をふきこみ、風船をふくらませます。
ふうふうふう、ふうふうふう。
「おいプぺル、なにしてんだよ?」
ふうふうふう、ふうふうふう。
「いそがなきゃ。いそがなきゃ。ぼくの命がとられるまえに」
プぺルはふくらませた風船を、ひとつずつ船にむすびつけていきました。
船には数百個の風船がとりつけられました。
「いくよ、ルビッチ」
「どこへ?」
「煙のうえ」
プぺルは船をとめていたロープをほどいていいました。
「ホシをみにいこう」
風船をつけた船は、ゆっくりと浮かんでいきます。
「ちょっとだいじょうぶかい、コレ !?」
こんな高さから町をみおろすのは、はじめてです。
町の夜景はとてもきれいでした。
「さあ、息をとめて。そろそろ煙のなかにはいるよ」
ゴオゴオゴオゴオ。
煙のなかは、なにもみえません。ただただまっくらです。
ゴオゴオという風の音にまじって、プぺルのこえが聞こえます。
「しっかりつかまるんだよ、ルビッチ」
うえにいけばいくほど、風はどんどんつよくなっていきました。
「ルビッチ、うえをみてごらん。煙をぬけるよ! 目を閉じちゃだめだ」
ゴオゴオゴオオオオ。
「……父ちゃんはうそつきじゃなかった」
そこは、かぞえきれないほどの光でうめつくされていました。
しばらくながめ、そして、プぺルがいいました。
「かえりはね、風船を船からハズせばいいんだけれど、いっぺんにハズしちゃダメだよ。
いっぺんにハズすと急に落っこちちゃうから、ひとつずつ、ひとつずつ……」
「なにいってんだよ、プぺル。いっしょにかえるんだろ?」
「キミといっしょにいられるのは、ここまでだ。
ボクはキミといっしょに『ホシ』をみることができてほんとうによかったよ」
「なにいってるんだよ。いっしょにかえろうよ」
「あのね、ルビッチ。キミが失くしたペンダントを、ずっとさがしていたんだ。
あのドブ川のゴミはゴミ処理場にながれつくからさ、
きっと、そこにあるとおもってね」
「ぼく、ゴミ山で生まれたゴミ人間だから、ゴミをあさることには、なれっこなんだ。
あの日から、まいにちゴミのなかをさがしたんだけど、ぜんぜんみつからなくて……。
十日もあれば、みつかるとおもったんだけど……」
「プぺル、そのせいでキミの体は……ぼく、あれだけヒドイことをしちゃったのに」
「かまわないよ。キミがはじめてボクにはなしかけてくれたとき、
ボクはなにがあってもキミの味方でいようと決めたんだ」
ルビッチの目から涙がこぼれました。
「それに、けっきょく、ゴミ処理場にはペンダントはなかった。
ボクはバカだったよ。
キミが『なつかしいニオイがする』といったときに気づくべきだった」
プぺルは頭のオンボロ傘をひらきました。
「ずっと、ここにあったんだ」
傘のなかに、銀色のペンダントがぶらさがっていました。
「キミが探していたペンダントはココにあった。ボクの脳ミソさ。
なつかしいニオイのしょうたいはコレだったんだね。
ボクのひだり耳についていたゴミがなくなったとき、ひだり耳が聞こえなくなった。
同じように、このペンダントがなくなったら、ボクは動かなくなる。
だけど、このペンダントはキミのものだ。キミとすごした時間、
ボクはほんとうにしあわせだったよ。ありがとうルビッチ、バイバイ……」
そういって、プぺルがペンダントをひきちぎろうとしたときです。
「ダメだ!」
ルビッチがプぺルの手をつよくつかみました。
「なにをするんだい、ルビッチ。このペンダントはキミのものだ。
それに、このままボクが持っていても、そのうちアントニオたちにちぎられて、
こんどこそほんとうになくなってしまう。
そうしたらキミは父さんの写真をみることができなくなる」
「いっしょに逃げればいいじゃないか」
「バカなこというなよ。ボクといっしょにいるところをみつかったら、
こんどはルビッチがなぐられるかもしれないぞ」
「かまわないよ。痛みはふたりでわければいい。せっかくふたりいるんだよ」
「まいにち会おうよプぺル。そうすれば父ちゃんの写真もまいにちみることができる。
だからまいにち会おう。また、まいにちいっしょにあそぼう」
ゴミ人間の目から涙がボロボロとこぼれました。
ルビッチとまいにちあそぶ……、それはなんだか、とおい昔から願っていたような、
そんなふしぎなきもちになりました。
「プぺル、ホシはとてもきれいだね。つれてきてくれてありがとう。
ぼくはキミと出会えてほんとうによかったよ」
プぺルは照れくさくなり、
「やめてよルビッチ。はずかしいじゃないか」
そういって、ひとさし指で鼻のしたをこすったのでした。
「……ごめん、プぺル。ぼくも気づくのがおそかったよ。そうか、……そっか。
ハロウィンは死んだひとの魂がかえってくる日だったね」
「なんのことだい? ルビッチ」
「ハロウィン・プぺル、キミのしょうたいがわかったよ」
「会いにきてくれたんだね、父ちゃん」