MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2025 病床再編が進まない理由

2021年11月25日 | 社会・経済


 日本経済新聞は11月8日の一面トップ記事(「病床再編 戦略なき迷走」)において、地域医療に非効率性をもたらしている医療機関の過剰病床問題を取り上げ、解消に向けた国の基金の活用が進んでいないと指摘しています。

 ここで言う「国の基金」とは、2014年の消費税増税に合わせ目玉事業として設置された「地域医療介護総合確保基金」のこと。高齢になっても住み慣れた地域で医療や介護のサービスを受けられる体制を目指し、国が3分の2、都道府県が残りを負担して積み上げられている基金です。

 とはいえ、政府のやることですので、「事業」といってもその中身は(いわゆる)「補助金」です。 病床の見直しや在宅医療の提供、勤務医の労働時間の短縮などに取り組んだ医療機関に補助金を出したり、介護施設の整備や介護人材の確保するための財源として、2014~20年までの7年間に約1兆円(という莫大な金額)が積み上げられたりしています。

 都道府県が、必要額の前提となる市区町村の医療・介護計画をとりまとめて申請し、そのうち国(厚生労働省)が認めた額を、この基金の中から医療機関や社会福祉法人などに(助金として)交付するというのがこの事業の建付けです。

 特に同基金の設置に当たっては、「医療機関の病床再編」が目玉政策として打ち出されていました。

 そのやり方は、基金を構成する交付金を交付る代償として、厚生労働省が都道府県に対し、地域ごとに医療体制の最適化(つまり「病床の削減」や急性期病床から回復期病床への「機能変更」)を進めるための「地域医療構想」の策定を求めるというもの。このため、各都道府県では管内をいくつかの区域に分けた「地域医療圏」ごとに医師会や病院経営者などを集めた「地域医療構想調整会議」を開催し、病床削減等に向け関係者の調整を様々に試みてきたようです。

 しかし、地域で患者を奪い合っている当事者である病院間の調整が、(都道府県に言われたからといって)容易に進むはずがありません。厚労省から(札びらでほっぺたを叩かれ)「何とかしろ」と丸投げにはされたものの、医療機関に対してほとんど権限を持たない都道府県の担当者はさぞや苦労してきたことでしょう。

 (冒頭の記事に戻れば)結局のところ、事業開始から5年の期間を経た現在でも、47都道府県が国に提出した病床再編計画のすべてが未達成で、基金への投入額の約7割、1千億円が塩漬けになっているということです。

 収益に響く再編に対して病院側の抵抗は根強く、補助金で誘導する仕組みは限界にきている。実効性の高いほかの再編促進策を講じる必要があるというのが記事の見解です。

 厚生労働省の目標は、団塊世代が75歳以上になる25年には急性期病床(高度含む)を15年比3割減の53万2千床、回復期を3倍の37万5千床とし、国内の病床全体を5%減らすというもの。しかし、医師会をはじめとした医療関係者は、これに基づく都道府県の計画に冷ややかな姿勢を示していると記事はしています。

 急性期病床は、回復過程に入った患者も引き続き利用できるので病床を埋めやすい。さらに、スタッフの配置が手厚い急性期病床は1日あたり入院代が回復期より3割ほど高い(上りが良い)。このため、急性期病院の看板を掲げながら救急搬送を断る一方で回復期で診るべき患者を受け入れる、「なんちゃって急性期」が横行する現状も見過ごせないということです。

 開業医とは異なり、地域の病院経営は(真面目にやっているだけでは)必ずしも儲かる仕組みになっていない。こうしたこともあって、病床再編計画の進捗は全国で進んでおおらず、再編のための累計積立額1441億円に対し、執行率はおよそ3割。最低は奈良の3%で、11県が1割未満だったと記事は説明しています。

 執行率が3番目に低い福岡県も計1680床を回復期病床に転換する計画に対し、実績は166床。積み立てた45億円のうち使ったのは(わずかに)2億円で、累計積立額が214億円の東京都は再編病床数の実績が計画の7割弱、158億円が残されているということです。

 さらにこのような再編の遅れは、新型コロナウイルス患者受け入れを滞らせる要因にもなったと記事は指摘しています。感染拡大に伴い、急性期の病床数が足りているのに回復期などの患者で埋まり、救急治療が必要な患者が入院できない事例が目立つようになった。医療人材が分散してコロナ治療に集中配置できない弊害も顕在化したというのが記事の認識です。

 国や自治体は医療現場の構造問題に手をつけないまま基金による政策誘導を試みたが、その結果が巨額の塩漬けとして残された。今後は高い診療報酬を得ながら本来の機能を果たさない「似非急性期病床」を厳しくチェックする必要があると記事はしています。

 自治体が地域医療を「見える化」し、急性期としての治療実績が乏しい病院の実態を明るみに出す。あるいは、再編が進まない自治体には資金を返納させたり、国費の追加投入をやめたりする実績主義への転換が必要だといった声もあるようです。

 しかし(私自身は)、問題を本質的に解消しようとするのであれば、もはや現在のような医療機関を「金で動かす」といった手法では限界がある。医療機関の協力がなければ住民の医療需要を確保できない自治体任せにしていても、埒が明かないのは明らかだと感じるところです。 

 問題は、医療界にものが言えない政治の在り方そのものにある。政治と厚生労働省と医師会などの医療関係者の三者の、(厳しく言ってしまえば)長年続いてきた癒着やなれ合いがなくならなければ、この問題は基本的に解決しないと考えるのですが果たしていかがでしょうか。


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