ときたまNBA観戦記

ときたまNBA観戦記

タイトル通り、たま~にNBAを語るブログです

 

 
 

こんにちは。

 

せっかくW杯が日本で開催される貴重な機会なので、思い切って沖縄へ観戦に行ってきました。

まだ期間中ですが、自分への今後のための備忘録という意味も含め更新します。

 

 

「この夏観戦した試合」

 

強化試合(東京・有明アリーナ)

8/20オーストラリア×フランス

 

わざわざアカツキのファンクラブに加入し、8/19日本×スロベニア戦強化試合の優先販売の抽選にも応募したのですがそっちは落選。

ローソンチケット会員の抽選もあえなく外れた(ドンチッチ見てみたかった)。

 

やはり日本戦は人気があるからなかなか当選は難しいみたい。

 

今から思えばオーストラリア×フランス戦はチケット余っていたので、わざわざファンクラブ優先で応募する必要はなかったかも(しかしその時点ではそんなの知る由もなかった)。

 

でもゴベア、フォーニエ、バテューム、ミルズ、ギディ、サイブル、ダイソンなど強豪国の選手たちによる、レベルの高い生のバトルを観ることができたのはよかったです(日本代表のメンバーも観に来てました)。

やはりゴベアに目が行ってしまう・・・(かっこよかった)。

 
 
 

本戦(沖縄アリーナ)

8/29ドイツ&フィンランド

シュルーダー、タイス、ワグナー兄弟、ボンガ、マルカネンなど観ました!

河村君が感心してましたがやはりシュルは巧いし機敏、という印象。

 

こちらは抽選ではなく早い者勝ち(というかサイトにアクセスするとランダムに割り当てられるらしい)で2時間くらいかけて取れたのですが、同日開催の日本×オーストラリア戦は即刻ソールドアウト。

 

しかし例の空席問題で急遽試合直前にその分を再発売することになったらしく、ニュースを見て慌ててアクセスしたものの、購入サイト覗いたら「16,000人待ちです」とか表示されてて即諦めました。

 

なので確実にチケット取りたいのであれば、一番早く発売された2daysパック(4試合。沖縄でやる8か国すべての試合が観られる)のチケットを取ってしまうので確実かと思いました。

(follow my team, 2days, 1day, single game passなどのチケットが順次発売されました)

 

しかし2 days passは3か月以上前の5月頭発売なので、お仕事されている方はそこで夏休みが取れるかなどその時点で判断するのは難しいかも・・・。

 

私は沖縄に行けるのが分かったのが2か月前で、最後のシングル(1試合ごと)チケットが発売されるギリギリのタイミングだったので、残念ながら日本戦は取れませんでした。

 

ホテルの部屋がどんどん残り少なくなっていく中、ツアーに関してもバタバタの予約でした。

 

 

翌日のスロベニア×カーボベルデはチケット売れ残っていたので取ろうと思えば取れたのですが、終わる時間が遅い(10:30pmくらい)のと、同行した家族を二日連続で放っておくのが余りにも心苦しい&蒸し暑さにやられていたので、観戦は見送りました(私のみ観戦し、その時は家族とは別行動したため)。

 

今から思えば、未来の殿堂入り選手のドンチッチを生で観られる機会を逃したのはもったいなかったかも。

 

沖縄アリーナはコンパクトだけど、新しくピカピカですごく立派なアリーナでした。

(座席の傾斜がめっちゃ急)

 
 
 
 

沖縄について

 

8月頭に沖縄本島へ台風が直撃し、観光客が足止めを食らっていたのを見て「行けなかったらどうしよう・・・」と実はかなり怯えてました。

しかし運よく行けてよかった~。

 

気候についてですが沖縄は32℃くらいだったので、35℃の東京と比べて過ごしやすいかと思いきや、昼夜問わず70%以上の湿度がありめちゃめちゃ蒸し暑かった。

しかし雨の予報でもサーっと降ってすぐに上がるので、傘を使うほどではなかったです。

 

食べたもの:A&Wのサンドイッチ(ルートビア)、らふてー、沖縄そば、ポーたまおにぎり、フーチャンプルー、じゅーしぃ、ブルーシールアイスクリーム、タコス、ぐるくんの唐揚げ、泡盛のサワー等。

お土産:ちんすこう、じーまーみー豆腐、オリオンビアナッツ、サーターアンダギー等。

 

どれも大好きな味です。ごちそうさまでした。

あとFIBAワールドカップのTシャツとキャップも記念に購入しました。
 

 

あと、会場へのアクセスですが、滞在した北谷からFIBAが用意したシャトルバスで沖縄市にある沖縄アリーナに行くことができ、とてもありがたかったです(所要時間は25分くらいでした)。

 

沖縄アリーナへ観戦に行く際は、観光やショッピング、海水浴(あと北谷の公共プールが海も見えるし料金も格安だしすごくいいところだった!)などの遊びのことなども考えると、アメリカンビレッジのある北谷のホテルに滞在するのが便利かと思います。

 

北谷のアメリカンビレッジは雰囲気も文字通りアメリカの西海岸風でおしゃれなショップもたくさんあり、夜のライトアップなんかムードたっぷりで誰もが楽しめる凄く素敵な場所です。

 

さらに大会期間中、アメリカンビレッジにあるサンセットビーチではパブリックビューイングが設置され、沖縄開催の全試合を観ることが可能でした。

 

選手たちもアメリカンビレッジのホテルに滞在していたようで、私は富永君に遭遇しました(自転車に乗ってた)。

 

街にはW杯のラッピング広告が張り巡らされ、ワールドカップの雰囲気に満ちていて、今まで味わったことのないすごくワクワクとしたエキサイティングな体験でしたね。

 

観戦旅行ってとっても楽しい!!はまりそう!!

 

パリ五輪やさらに次のロサンゼルス五輪にも行きたいけど、遠いし円安だしで無理だろうなぁ・・・。

 
 
 

日本戦について

 

日本戦はチケット取れなかったので、8/25の日本×ドイツ戦は自宅のテレビで観戦。

8/26に沖縄に向けてANA便で出発し、夜に那覇へ到着。

 

8/27に日本×フィンランド戦を家族と国際通りのホテルのテレビで観戦(まさか勝つとは思わなんだ・・・)。

 

8/28にタクシー(タクシーアプリGO初めて使ったけどすごく便利!)で北谷へ。

(3,330円のところ1000円クーポンを利用したので、2,330円の支払いでした。)

 

翌日の8/29にはドイツ×フィンランド戦を私だけ会場で生観戦し、北谷へ戻ってきてからホテルの隣にあるスポーツバー(アイリッシュパブ)で家族と合流し、日本×オーストラリア戦を観戦。

 

いつも会場で観戦するのは自分ひとりだけなので、スクリーン越しであってもこうしてみんなと一緒にワイワイがやがや、感情を共有して観戦するのは楽しいな~と感じました。

 

8/31に帰ってきてからベネズエラやカーボベルデ戦も自宅で観ましたが、勝った日本戦はすべてアップダウンが激しく展開がドラマティックだったので、家族もすごく興奮し楽しんだもようです。

 

 

日本戦の感想

 

ホーキンソン選手がすごく頼もしかった。

彼がいたからこそ3勝もできたと思う。

ナビのほかに比江島選手や河村君など日替わりでヒーローが出たのもよかった。

 

あと河村選手が初めてのW杯代表なのにすごく堂々とゲームメイクしていて、いつも感心して見ていました。

富永君の3P精度もすごくて、河村&富永コンビは日本代表にとってとてつもない未来の明るい希望だと感じました。

 

さらにトムさんが女子の東京五輪に続いて今回も結果出してるのがすごい!

このままパリ五輪も率いてなんとかグループ突破して欲しいです。

 

このW杯の勝利をきっかけに、バスケが日本でかつてない盛り上がりを見せているのが嬉しいなぁ。

Bリーグのファンも増えそう。

 

 

今後のW杯について

 

さて、日本の報道ではW杯はすでに終わった雰囲気ですが、まだまだ続いてます。

 

私もやはりこれからの残りの全試合もどうしても観たかったので、思い切ってDAZNに加入しちゃいました(しかし他のスポーツも観られるとはいえ月額3,700円は高い!)。

 

さらにクレカ支払いにすると退会の30日前に契約解除しなくてはいけないので、加入した日に速攻退会手続きをしました。

 

あと大会前、Winnerでベットしてみたく一瞬迷ったのですが、アメリカ優勝のオッズが1.3倍くらいだったのでやめときました。

 

ところで今回は若手中心の構成ですが、今回のチームUSAのメンバー好きだなー(ミケルとかハリバートンとかブランソンとかジョシュハートなどなど)。

試合も生観戦したかったけど、USAの試合はすべてフィリピン開催だったので残念。

 

 

とりあえず決勝はアメリカ×カナダでアメリカ優勝と予想しておきます!!

 

 

 

みなさますごーくお久しぶりです!

 

いやいやわたくし、あまりにも久しぶり過ぎてアメブロの記事の編集方法を完全にど忘れしており、今回、記事のアップロードにかなり苦戦してしまいました・・・。

 

 
さて、今やほとんどNBA観戦の時しか稼働しない私のおさぼりブログなんですが、10/1,2に開催された「NBA JAPAN GAMES 2022」のサタデーナイト&試合2日目に参戦してまいりましたので、今後の覚書として記録しておこうと思います。
 
 
ちなみに今回もチケットは抽選方式で、私は普通に最初の抽選でサタデーナイトと2日目の通しチケット(試合のチケットを買うとサタデーナイトは+2000円くらいでついてくる)が手に入ったのですが、NBA関連のコメントなんかを読むと、リーグパスに加入していても何回も先行発売の抽選に落ち続け、結局一般発売でも手に入らず、泣く泣く観戦を諦めたという方も散見されました。
 
やはり前回のチャンピオンチームである世界的に人気の高いウォリアーズと、八村君所属のウィザーズの対戦ということで、かなり今回は注目度が高かったようです。

 

さいたまスーパーアリーナのゲート装飾。やはりこの二人がみなさんのお目当てなのでしょうね!(ちなみに中央に写っているのは赤の他人の方で私ではありません。)

 

 

八村君。アメリカ人にも引けを取らない体格が素晴らしい!結構長めにプレイしてくれました。

 

滞在中は本当に忙しかったと思うけど、そんな時もサービス精神と茶目っ気を忘れない真のスター選手だったカリー。

 

会場内の柱に選手たちの写真がこんな風に飾られています。

 

選手名がカタカナなのはなんか新鮮。

 
ちなみに今回はデジカメの持ち込みはNGだったので、スマホのカメラで撮るしかなく、お見せできるようなはっきりとした写真は、このようにビジョンを写したもの位しかありません(泣)。
 
ですが、八村君やカリー以外にも、ビール(かっこよかった)、ポルちゃん(でかい!)、クーズマ(イケメンだった。12頭身くらいあった)、モンテ・モリス(結構好き)、アブディア(おしゃべりらしいね?イケメンだった)、ギャフォード(すごく試合前に練習してた。プレイタイムも多かった。イケメンだった。秋葉原のアニメイト行っただろうか?)、ター爺(さすが安定感のあるプレイ)、ウィギンズ(結構でかいのね)、プール(結構好きです)、クミンガ&ムーディ(身体能力高かった)、グリーン(スリーが結構入ってた)、イギー(試合には出なかったけどお茶目だった)、スティーブ・カー(「あー、この人、本当に存在してるんだー」と感激した)たちもこの目にしっかりと焼き付けてきましたよ!
 
 
それでもう今回もぜーんぶぜーんぶ楽しくて書ききれないのですが、特によかったのが、意外にもサタデーナイトの3ポイントコンテストでした!
 
クレイ・トンプソンとカリーがコンビのリレー方式で参戦してくれたのですが、いやいやほーんと、このお二人、別格で打ち方が柔らかくてスムーズなんですよね。
 
気持ちよくスルスルとボールがネットに吸い込まれていく・・・。
 
 
 
ホント、いいもの見させてもらったという感じ。
 
 
ちなみにグッズは前回長蛇の列で売り場までたどり着けなかったのですが、今回は売り場とレジの場所を離したことで、列には並ばずに陳列棚のところには行けましたが、人気のグッズ(JAPAN GAMESのキャップが欲しかった)は開場2時間前でもすでにことごとく売り切れていました。
 
でも一応記念なので、バカ高かったのですが、ステーショナリーとボール型のチョコとパンフとエコバッグを買いました。
 
 
次回はグッズ付きのチケットを取るといいかもしれません。
次回があれば・・・・・。
 
 

ウォリアーズ&ウィザーズの皆さま、本当に素晴らしい時を大変ありがとうございました!

来年もまたぜひNBAのみなさま日本に来てねー!!

追悼コービー・ブライアント

マイケル・ジョーダンが『弟』について語ったこと

 

Los Angels Timesの記事より拙訳 (何か訳違いなどあればお知らせください)

 

 

「おはようございます」と言おうとしましたが、お昼を過ぎてますね。

本日お話しする機会を設けていただいた、バネッサとブライアント家の皆さまに感謝いたします。

 

私はジジや、コービーが我々みなに与えてくれた贈り物───

彼がバスケットボール選手として、ビジネスマンとして、作家として、父親として成し遂げた事

───を称えるため、この場にいられることを嬉しく思います。

 

 

バスケットボールの試合や人生において、そして親として、彼はタンクを空っぽにして、すべてを出し尽くしました。

 

もしかしてみなさんは驚かれるかもしれませんが、コービーと私はとても親しい友人同士でした。

コービーは私の大好きな友人で、彼はまるで私の弟みたいでした。

人々はいつも彼と私を比較した話をしたがりましたが、私はコービーについての話だけをしたかったのです。

 

 

私たちには誰しも兄弟姉妹がいます。

理由は何であれ、いつも何でもかんでもまとわりついて来ようとする小さな弟や妹がいますよね。

言うなれば、うざったかったあれです。

 

でも、長い期間を経て、そのわずらわしさは愛情となりました。

というのもそれは、彼らがまさに今踏み出そうとしているこれからの人生について、どんな些細な物事をも知りたいという欲求や問いかけを、兄や姉として憧れを抱いているあなた方に対して彼らがしているだけだからなのです。

 

 

彼はよく私に電話やメールをしてきました。

11時半や午前2時半、午前3時にポストアップの足の動きや、時にはトレーニングの話などをしてくるのです。

 

最初それはうざったいものでしたが、それはある種の情熱に変わりました。

この青年は、あなた方が絶対に知り得ないような情熱を持っていたのです。

 

そういうところが、情熱の素晴らしいところです。

もしあなたに何かとても好きなモノがあって、それに対して強い情熱を持っていたとします。

そしてそれを理解しようとしたり、例えばアイスクリームやコークや、ハンバーガーとか、なにかあなたが大好きなモノなどを手に入れようとすれば、極端なことをもしてしまうでしょう。

 

もし歩かなければならないとしたら、歩いてそれを取りに行くでしょう。

もし誰かにお願いしなければならないとしたら、そうやってそれを手に入れるでしょう。

 

彼は私がやっていたプレイ方法、または彼がやろうとしていたプレイ方法について、「とても真剣に考えている人物」になることで、私を鼓舞してくれました。

彼は私にとって、そういう存在でした。

 

彼はできる限り最高のバスケットボール選手になりたがっていました。

そして彼を知るにつれ、私はできるだけ最高の兄になろうと思いました。

 

しかしそうなるためには、深夜の電話やバカげた質問など、イライラすることを我慢しなければなりません。

 

コービー・ブライアントを知るにつれ、ただよりよい人間、より良い選手になろうとしていた彼を、私は誇りに思うようになりました。

 

ビジネスの話もしました。家族の話も、私たちは何でも話をしました。

彼はただよりよい人間になりたかっただけなのです。

 

 

ほら、彼にやられたよ。

また新しい『クライング・ミーム*』を目にしなくちゃならなくなった。

 

妻に言ったんです。今日泣くつもりはないってね。

なぜなら今後3~4年もまたそれを見なくちゃならなくなるから。

(*注:アメリカではSNSなどで「クライング・ジョーダン」という、泣いているジョーダンの顔をコラージュした画像が、よくファンなどの間で面白おかしく使われている)

 

これこそコービー・ブライアントが私にやることなんですよ。

バネッサや彼の友だちはみな同じことを言うでしょうね、きっと。

 

たとえ自分が人をイラつかせる嫌な奴になってでも、直接その人に影響を及ぼす方法を彼はよく知っているんです。

 

でもその人の最高な部分を引き出してくれる、そんな彼のやり方には愛を感じます。

彼は私にそういうことをしてきたのです。

 

 

数か月前の事でしたが、彼がこんなメールを送ってきました。

 

「娘に(バスケの)動き方を教えようとしてるんだけど、自分がその頃どう考えて、どういう風にやっていたかを覚えてないんだ。

それで聞きたいんだけど、子どもの頃、動き方を習得しようとしてた時、どんな風に考えてた?」

 

で、私は聞いたんです。

 

「で、(彼女は)何歳なんだ?」

 

「12歳だ」

 

で、私はこう返しました。

 

「12歳の時、自分は野球をやろうと思ってたよ」

 

で、その返信がこうでした。

 

「クソワロタ」

 

これが午前2時のことなんです。

私たちはバスケットボールの事に関して何でも話すことができましたが、人生についても何でも話すことができました。

人生において我々が成長する時、ああいった話ができる友達を持てるということはめったにないでしょう。

それこそ対戦相手とあんなことを話すなど、もっとまれでしょう。

 

 

1999年か2000年にフィル・ジャクソンに会いに行きました。

フィルがここLAにいた時かはわかりません。

 

で、私が入っていった時に、コービーがそこに座っていました。

私はスーツ姿だったんですが、最初にコービーが言ったのは、

 

「シューズ持って来た?」

 

だったんです。

 

いや、バスケしようとなんて思ってなかったから。

でも彼が自分の試合のクオリティを高めたり、向上させたりすることができると思った相手と競争したり、対戦したいというその姿勢───

私がこの青年を大好きなのは、そういうところなんです。

 

絶対的なバスケへの愛情。

彼が私を見かけた時はどこであれ、それは挑戦になるのでした。

 

 

私は彼の情熱を尊敬しています。

あんなふうに毎日向上しようと努力している人を見かけることなどあまりないでしょう。

それもスポーツだけじゃなくて、親としても、夫としてもなのです。

 

私は彼が成し遂げた事や、彼がバネッサや子どもたちと分かち合っていたことについて、とても感銘を受けました。

 

 

私には30歳になる娘がいます。

おじいさんになりました。

 

そして私にはふたりの双子がいます。

6歳です。

 

家に帰って、その女の子たちのお父さんとなり、ハグをして、私たち両親にもたらしてくれる彼女らの愛情や笑顔を見ることがいつも待ちきれないでいます。

 

ここでこうしてこの光景を見ることで、彼が本当に愛した人たちに対してどう接していたのかを、彼が私に教えてくれたような気がします。

このことがコービー・ブライアントから、我々がこれからも学び続けなければいけないことだと思います。

 

 

バネッサ、ナタリア、ビアンカ、カプリへ。

私の妻と私はずっと心と祈りを寄せ続けていきます。

常に我々はあなたたちと共にあります。いつ何時もです。

 

そしてこのように大きな悲劇を被られたご家族のみなさまにもお悔やみを申し上げます。

 

 

コービーはいつも自分の一部分を、何であれ彼がやっていたことに対して残していきました。

バスケットボールを引退した後、彼は誰もが知らなかったような、クリエイティブな側面を見せてくれました。

 

引退して、彼はとても幸せそうに見えました。

彼は新しい情熱を見つけたのです。

そして彼はコーチとして、地域にお返しをすることを続けました。

 

そしてより大切な事ですが、彼は家族にすべてを捧げ、心から娘たちを愛する素晴らしい父親であり、素晴らしい夫でありました。

 

 

彼はコートですべてを出し尽くしましたが、それこそ彼が私たちに望んでいたことだったと思います。

 

誰もが自分に残された時間を知りません。

それこそがまさに、その瞬間を生き、その瞬間をエンジョイしなけれなならないという理由になるのです。

 

我々は、自分の愛する家族や友達、そして大好きな人々とできる限り多くの時間を共に過ごさなくてはいけない、ということに気付かなくてはいけません。

 

「その瞬間を生きる」ということは、我々が触れるもの接するものすべてに対して楽しんでいきましょう、ということなのです。

 

 

コービーが亡くなったとき、私は自分の一部を失いました。

このアリーナを見た時、そして全世界を見渡した時、きっとみなさんもご自分の一部を失くしたような思いだったのでしょう。

だからここに来ていらっしゃるのですよね。

 

これらは我々が共に抱え、学んでいかなくてはならない大事な『記憶』なのです。

 

 

私は約束します。

 

「どんな方法でも手助けしてあげたかった弟が私にはいた」

 

という思い出と共に、今後生きていくということを。

 

 

弟よ、安らかに。