アクトランドの龍馬歴史館では、
坂本龍馬が疾風のように駆け抜けた33年の人生を
約120体の蝋人形、
27コマのシーンで観ることが出来ます
今回はその27コマの中より
この場面を紹介させていただきます
龍馬劇場 第19幕
寺田屋事件
慶応2年(1866年)1月21日
坂本龍馬は、
提携交渉が進まない薩摩と長州を説得し、
協力関係の盟約を締結させる
いわゆる「薩長同盟」である
その二日後、
京都伏見の定宿・寺田屋での事だった
龍馬の定宿・寺田屋(京都府伏見区)は、
志士たちに親身な女将(おかみ)、
登勢が切り盛りしていた
各地を奔走する龍馬は
懇意の登勢に 龍 を預け、
寺田屋を手伝わせていた
薩長同盟を成し遂げた龍馬は、
寺田屋で待つ三吉慎蔵と
1月23日に合流する
三吉慎蔵は、長府藩士で
宝蔵院流槍術( ほうぞういんりゅう そうじゅつ )
の免許皆伝
龍馬の護衛に就いており、
龍馬の信頼が厚かった
二人は、深夜まで祝杯をあげていた
が・・・
その頃、寺田屋は、
龍馬を狙う伏見奉行配下の捕方に
取り囲まれていた
24日午前2時ごろ、
仕事を終え入浴していた龍は
不穏な気配を察知、
風呂から飛び出し、衣服も整えず
2階座敷の二人に急を告げる
そして薩摩藩邸へ
助けを求めに走った
龍の知らせで不意打ちを回避できた二人
部屋に踏み込んできた捕方に対し、
龍馬は高杉晋作から送られたピストルで、
三吉慎蔵は柄(つか)を
半分に切った槍で応戦した
しかし、多勢に無勢、
裏の階段を駆け降り、必死に逃走するが、
龍馬は両手に深い傷を負い、
出血の多さと発熱の為に動けなくなり、
川岸の材木小屋に身を隠した
三吉は
「坂本さん、もはやここまでです!、
切腹しましょう」
と切腹しようとしたが、
龍馬が制止し、
伏見薩摩藩邸に救援を求めに行くよう依頼した。
三吉は川で染血を洗い、
わらじを拾って旅人に変装し、
薩摩藩邸へ走った!
薩摩藩邸に着くと
先に到着していた龍の連絡で、
出動直前の救出隊に合流
龍馬は薩摩藩邸より船で急行した
大山彦八(ひこはち)たちにより、
救出された
龍と三吉慎蔵の二人の決死の行動で、
龍馬は九死に一生を得たのだった
この「寺田屋事件」、
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