人は組織に属する限り、組織の内部で「より上へ」を志向する習性を持っている。東京地検の特捜部長・森本氏が「より上へ」の上昇志向にとらわれたかどうかは分からない。「東京地検特捜部長」のポストと、「地方の検事正」のポストと、ーーそのどちらが「より上」かといえば、前者から後者への転出が「栄転」とされるのだから、たぶん後者(地方の検事正ポスト)のほうが「より上」なのだろう。
森本氏には後者への移動の内示があったようだが、中央政界に斬り込む特捜の醍醐味を考えれば、前者へのこだわりも捨て難かったに違いない。栄転を取るか、特捜の醍醐味を取るか、ーー選択肢はこの場合、それだけではない。栄転の誘いを断れば、組織内部に角が立ち、組織の秩序を乱す恐れがある。組織人としての己の身の振り方を考えれば、特捜の醍醐味にこだわってばかりもいられないのである。
そういう境涯におかれ、ハムレットのように思い悩んだ(に違いない)森本氏に対して、安倍政権側から甘い蜜の誘惑があったのかどうかも、私には分からない。少なくとも安倍政権側が、黒川検事長を自分の側に取り込もうとするなど、東京地検特捜部の捜査を妨害する工作を行っていたことは紛れもない事実である。その工作の手が森本氏にまで及んでいたかどうかが問題だが、こればかりは私の関知するところではない。
政権側の妨害工作に対して、検察庁側がそれなりの対策を練っていたことは、きのう配信された「文春オンライン」の記事《そもそも、なぜ安倍官邸に近い河井夫妻を起訴できたのか? 東京地検「黒川外し」のカラクリ》に詳しい。
それによれば、ある検察担当記者はこう語っている。
「捜査は当初、7月中の『勇退』が決まった稲田伸夫検事総長、元東京地検特捜部長の堺徹次長検事、元特捜部副部長の落合義和最高検刑事部長のラインが主導する形で、現場の広島地検を動かして(捜査が)行われていました。
河井夫妻などについて捜査をさせたくない首相官邸は昨年末、官邸に近い黒川弘務前東京高検検事長を検事総長に据えるため、法務事務次官を通じて稲田氏に退任を求めましたが、拒否されたことから、官邸側は1月31日、黒川氏の定年延長を強引に閣議決定したのです。
このため東京地検特捜部を本格投入すれば、上級庁の東京高検トップを務める黒川氏が決裁ラインに入り、捜査を『邪魔』されてしまいかねないので、最高検主導で広島高検傘下の広島地検を、動かしていたのです。言うなれば『黒川外し』です。」
かなり手のこんだ対策ぶりだが、今になって考えれば、検察側のこうした「黒川外し」の対策は不用だった。官邸が取り込もうとした黒川検事長は、賭け麻雀をして「文春砲」の餌食になり、検事長の職を退かざるを得なくなったからである。
いわば自爆事故のようなものだが、検察側にしてみれば、これはもっけの幸いである。目の上のたんこぶがいなくなり、これで思う存分、特捜は捜査に邁進できる。安倍城の本丸に迫るのも時間の問題だ。
ーーと思いきや、あっと驚く展開が待ち受けていた。これは一体どういうことなのか。
(つづく)
森本氏には後者への移動の内示があったようだが、中央政界に斬り込む特捜の醍醐味を考えれば、前者へのこだわりも捨て難かったに違いない。栄転を取るか、特捜の醍醐味を取るか、ーー選択肢はこの場合、それだけではない。栄転の誘いを断れば、組織内部に角が立ち、組織の秩序を乱す恐れがある。組織人としての己の身の振り方を考えれば、特捜の醍醐味にこだわってばかりもいられないのである。
そういう境涯におかれ、ハムレットのように思い悩んだ(に違いない)森本氏に対して、安倍政権側から甘い蜜の誘惑があったのかどうかも、私には分からない。少なくとも安倍政権側が、黒川検事長を自分の側に取り込もうとするなど、東京地検特捜部の捜査を妨害する工作を行っていたことは紛れもない事実である。その工作の手が森本氏にまで及んでいたかどうかが問題だが、こればかりは私の関知するところではない。
政権側の妨害工作に対して、検察庁側がそれなりの対策を練っていたことは、きのう配信された「文春オンライン」の記事《そもそも、なぜ安倍官邸に近い河井夫妻を起訴できたのか? 東京地検「黒川外し」のカラクリ》に詳しい。
それによれば、ある検察担当記者はこう語っている。
「捜査は当初、7月中の『勇退』が決まった稲田伸夫検事総長、元東京地検特捜部長の堺徹次長検事、元特捜部副部長の落合義和最高検刑事部長のラインが主導する形で、現場の広島地検を動かして(捜査が)行われていました。
河井夫妻などについて捜査をさせたくない首相官邸は昨年末、官邸に近い黒川弘務前東京高検検事長を検事総長に据えるため、法務事務次官を通じて稲田氏に退任を求めましたが、拒否されたことから、官邸側は1月31日、黒川氏の定年延長を強引に閣議決定したのです。
このため東京地検特捜部を本格投入すれば、上級庁の東京高検トップを務める黒川氏が決裁ラインに入り、捜査を『邪魔』されてしまいかねないので、最高検主導で広島高検傘下の広島地検を、動かしていたのです。言うなれば『黒川外し』です。」
かなり手のこんだ対策ぶりだが、今になって考えれば、検察側のこうした「黒川外し」の対策は不用だった。官邸が取り込もうとした黒川検事長は、賭け麻雀をして「文春砲」の餌食になり、検事長の職を退かざるを得なくなったからである。
いわば自爆事故のようなものだが、検察側にしてみれば、これはもっけの幸いである。目の上のたんこぶがいなくなり、これで思う存分、特捜は捜査に邁進できる。安倍城の本丸に迫るのも時間の問題だ。
ーーと思いきや、あっと驚く展開が待ち受けていた。これは一体どういうことなのか。
(つづく)