2022年の寅年に初詣したい「虎」にまつわる神社・仏閣

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寅年の干支 その他の神社
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寅(とら)年 干支参り

初詣にはその年の干支や生まれ年の干支を神さま、神使(しんし)としている神社に参拝するという人も少なくないと思います。

特に関西を中心に大切にされてきた古くからの初詣の習慣、慣わしとして根付いています。

ちなみに神使とは、神さまの御使いのこと。

今回は寅年(とら)干支の「寅(虎)」と関わりが深い神さまを祀っている関西・関東の神社、寺院とオンライン・郵送対応の状況についてもご紹介します。

では、さっそくチェックしていきましょう。

寅年 虎(トラ)にまつわる神さま

寅年の初詣にふさわしく、神として崇められる虎(トラ)と言って思い浮かぶのは、聖獣、霊獣とされる「白虎(びゃっこ)」でしょうか。

白い虎(ホワイトタイガー)の白と黒の寅柄はベンガルトラに代表される黄色と黒の寅柄よりも、神秘的に感じますね。

実際、中国では東西南北の四天を守護する東の青龍(せいりゅう)・西の白虎・南の朱雀(すざく)・北の玄武(げんぶ)総じて「四神」として信仰を集めています。

しかし、日本では白虎はじめ「虎(とら)」を神さまとして祀る神社は極めて少なく、代って「毘沙門天(多聞天)」が、虎(寅)とのかかわりを持ち全国的にお祀りされている神さまとなります。

毘沙門天(びしゃもんてん)

毘沙門天
毘沙門天は仏教の思想において世界の中心にそびえ、清らかで幸福に満ちた美しい「須弥山(しゅみせん)」という高い山の中腹に在って北方を守護する神さま。

仏教を守護する四天王であり、十二天にも属し、七福神にも数えられている仏神。

武神(戦いの神)であるとともに福徳の神、知恵の神として信仰を集めています。

毘沙門天をお祀りしている京都の鞍馬寺では寅(虎)を神使としています。

補足と語句説明

・四天王とは
仏教において、東方の持国天(じこくてん)、西方の増長天(ぞうちょうてん)、南方の広目天(こうもくてん)、北方の「多聞天(たもんてん)」と称され、須弥山を守護する神、すなわち仏教の守護神とされています。

寅年の干支、虎とゆかりのある「毘沙門天」と「多聞天(たもんてん)」は同一神で単独で祀られるときは「毘沙門天」四天王として祀られるときは「多聞天(たもんてん)」と称されることが多い。

・十二天とは
仏教における思想のひとつで、四天王とは別に東西南北、東北・東南・西北・西南、天・地、日・月を司り守護する十二神の総称。

東:帝釈天(たいしゃくてん)
西:水天 (すいてん)
南:焔摩天(えんまてん)
北:毘沙門天

東北:伊舎那天(いざなてん )
東南:火天(かてん)
西北:風天(ふうてん)
西南:羅刹天(らせつてん)

天:梵天(ぼんてん)
地:地天(じてん)
日:日天(にってん)
月:月天(がってん)

毘沙門天をお祀りする代表的な神社・お寺
鞍馬寺・朝護孫子寺・善國寺・四天王寺など

寅(虎)と毘沙門天と聖徳太子

毘沙門天と寅(とら)を語るうえで、切り離せないのが「聖徳太子(しょうとくたいし)」です。

比較的になじみ深い仏教の神さま「毘沙門天」や「四天王」を崇敬し、大阪の四天王寺や奈良県の朝護孫子寺などを建立したとされているのが、聖徳太子。

また、直接的なつながりのない毘沙門天と十二支の寅(虎)を結びつけたのも聖徳太子です。

直接的な結びつきとは、例えば

伊勢神宮、天照大御神なら「鶏(にわとり)」
太宰府天満宮、菅原道真なら「牛(うし)」

ときに、神さまは動物をお使い「神使(しんし)」とされることがあります。

そして、毘沙門天にも神使が存在しますが「百足(ムカデ)」です。
ただし、京都の鞍馬寺、奈良の朝護孫子寺など寅を神使としているところも少なくありません。

では、どうして寅(虎)と毘沙門天が結びついたのでしょうか。

その背景に聖徳太子の存在があります。

※聖徳太子が建立したと伝わるゆかりの寺院は四天王寺・法隆寺・中宮寺・橘寺・法起寺・広隆寺・葛木寺で「聖徳太子建立七大寺」と称されている。

近年では直接的に建立に関わったのは四天王寺と法隆寺(飛鳥寺)だとの説が有力。

寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻の戦勝祈願

毘沙門天と寅(虎)を結びつけたのは、聖徳太子が奈良県の信貴山において寅年の寅の月、寅の日、寅の刻に戦勝祈願をしたところ天空から毘沙門天が姿を現され、戦いの秘策を授けられた。

太子は後に毘沙門天が導いたとおりの戦術で物部守屋(もののべのもりや)の討伐で勝利した。

その加護に感謝した太子は自ら四天王像を彫り、建立したとの縁起が奈良県の信貴山朝護孫子寺に伝わっている。

四天王寺では寅年の寅の月、寅の日、寅の刻との言及はありませんが、やはり次のように創建の縁起を記している。

四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。今から1400年以上も前のことです。『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫りもし、この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済する」と誓願され、勝利の後その誓いを果すために、建立されました。

出典:四天王寺

以上のように寅(虎)との関わりについて日本書紀や古事記などでの言及はありませんが、少なくとも聖徳太子と四天王(毘沙門天・多聞天)のご縁は信ぴょう性が高いようです。

ただし、四天王寺(大阪市天王寺区)の金堂には四天王像も祀られていますが、現在のご本尊は救世観音くぜかんのんとなっています。

白虎(びゃっこ)

白虎
中国では東西南北の四方を守護する神さま「四神(東の青龍・西の白虎・南の朱雀・北の玄武)」として信仰されています。

また、白虎は風水四神で金運・財運を司る神さまとされています。

日本では寅(とら)、あるいは四神としての白虎を祀る神社は皆無に等しく、宝物として四神の彫刻などを所蔵、または鳥居や楼門などに装飾されている程度にすぎません。

四神・白虎にまつわる代表的な神社・お寺
平安神宮・松尾大社など

しかし、日本でも四神相応という考え方が古くから都市づくりにおいて用いられていました。

日本にも影響を与えた四神相応の考え方

四神相応とは東の青龍(河川)・西の白虎(大道)・南の朱雀(池)・北の玄武(山/丘)、四神それぞれが宿り、存在するにふさわしい自然・環境(山川道澤)を有する地形は陰陽五行に基づく風水において、大地を流れるエネルギー「気」が集まる良好なところ。

すなわち、良好な「気」に満ち、四神により守護された大地「四神相応の地」で首都を築くにあたって最適な場所という考え方です。

補足と語句説明

・陰陽五行とは
自然界に存在する全てのものは「木・火・土・金・水」の五行に分類することができ、さらに「陰」「陽」いずれかの性質を持つという考え方。

・風水とは
陰陽五行を基に気学・方位学・環境学などの要素を取り入れ発展をとげた考え方。

日本に伝来したのは、推古天皇の時代、602年ごろとされています。

四神相応の考え方に基づいて整備された都市

四神相応の考え方に基づいて整備された都市といえば、京都、東京、鎌倉などが有名です。

京都の場合
いまから1227年前、西暦794年桓武天皇により長岡京から平安京へ遷都され、都となった京都。

当時の京都、平安京において朝廷の在所「大内裏」を中央に置き、東方の鴨川を青龍、西方の山陽道を白虎、南方の巨椋池(おぐらいけ)を朱雀、北方の舟岡山を玄武と見立て、四神相応の地とされた。

※巨椋池は、かつて存在した湖で諏訪湖とほぼ同じ大きさだったとされています。

東京の場合
いまから418年前、西暦1603年徳川家康によって江戸幕府が開府され、政治の中心となった東京。

当時の東京、江戸において将軍の在所「江戸城」を中央に置き、東方の平川・隅田川を青龍、西方の東海道を白虎、南方の江戸湾を朱雀、北方の本郷台地・神田山(現在の駿河台)を玄武と見立て、四神相応の地とされた。

鎌倉の場合
鎌倉幕府の開府については諸説あるが、いまから841年前、西暦1180年源頼朝によって鶴岡八幡宮が現在の地に遷され、大倉郷に頼朝の在所となる大倉御所が置かれ、侍所が設置されたころと仮定。

当時の鎌倉において、源氏の守り神「八幡さま」の置かれた鶴岡八幡宮を中心として、東方の滑川を青龍、西方の東海道を白虎、南方の相模湾を朱雀、北方の大臣山を玄武と見立て、四神相応の地とされた。

※見立て地は諸説あり、こちらで述べたものはその一例です。

以上のように四神相応の考え方は日本の都市づくりに影響を与えました。

身近なところで私たちは四神により守護され、その恩恵を受けながら暮らしているのかも知れませんね。

寅年の干支 とら(虎)にまつわる神社・寺院

寅(虎)にまつわる関西の神社・寺院

関西で寅年の干支「虎(とら)」とゆかりのある神社・寺院といえば京都の鞍馬寺、下鴨神社、平安神宮、松尾大社、奈良の朝護孫子寺。

鞍馬寺(くらまでら)(京都)

鞍馬寺
鞍馬寺といえば義経と天狗の伝説が有名なので、天狗のイメージをお持ちの方が多いと思いますが「阿吽の虎(狛虎)」やそれをモチーフにした厄除けの土鈴「福虎(ふくとら)」を授与するなど、今年の干支「寅」にも縁のある寺院です。

京都の観光スポットで近年はパワースポットとしても注目の鞍馬寺は律宗の開祖「鑑真(かんじん)」の高弟「鑑禎(がんてい)」によって、いまから1251年前の西暦770年に創建されました。

創建の背景にも寅(とら)が関係しています。

寅の月(旧暦1月)の寅の日の夜に見た神仏が夢の中に現れ何らかの意思を告げる「夢告」を受け、白馬の導きで鞍馬山に登っていたところに鬼女が襲いかかってきます。

その窮地に天空から毘沙門天が現れたことで難を逃れ、救われたことから草庵を建て、毘沙門天をお祀りしたことが鞍馬寺の始まり。

ご祭神
尊天(毘沙門天王・千手観世音菩薩・護法魔王尊)

毘沙門天に加え、のちに千手観世音菩薩と護法魔王尊をお祀りし、三身を一体として「尊天」としています。

また、尊天は神仏の区別を超え、ひとつの形に固定されず、この世に存在するすべての生命を生み出し、活かす存在で宇宙生命・ 宇宙エネルギーだとされている。

ご利益
金運・開運・商売繁盛・勝運・健康長寿・病気平癒・厄除・夫婦円満・心願成就・学業成就・就職成就

縁結び・子孫繁栄・火除けのご利益なら鞍馬山の鎮守社「由岐神社」がおすすめです。

初寅大祭
例年、その年最初の寅の日には「初寅大祭」が行われており、さらに十二年に一度の「寅年の初寅大祭」には、例年以上の参拝者で訪れ賑わいます。

来る2022年の初寅は元旦(1月1日)で、初詣に最適です。

アクセス
京都市 左京区鞍馬本町1074番地

最寄り駅:叡山電鉄「鞍馬駅」

鞍馬駅より普明殿まで5分ほど歩き、普明殿(山門駅)から鞍馬寺ケーブルカーに乗車、2分ほどで多宝塔駅に到着。

多宝塔駅から新参道を歩き、本殿金堂まで徒歩10分、鞍馬駅からトータル所要時間:約17~18分。

駐車場はありません。

オンライン・郵送対応について

参拝が困難な方に向けて、ご祈祷、お守り、お札などの授与品の郵送対応をしています。
同時中継によるオンライン参拝・ご祈祷は実施されていません。

御朱印の郵送対応はありません。

・申込み方法
鞍馬寺の寺務所へ電話。
電話:075-741-2003

由岐神社(ゆきじんじゃ)

いまから1081年前、西暦940年に朱雀天皇の命によって、それまで御所にお祀りされていた由岐大明神を鞍馬に地に遷されたことが始まり。

ご祭神
大己貴命
少彦名命
八所大明神

ご利益
火難除・子授安産・縁結び・病気平癒・厄除開運

アクセス
住所:京都市左京区鞍馬本町1073番地

最寄り駅:叡山電鉄「鞍馬駅」
鞍馬駅より徒歩 8~10分

駐車場はありません。

オンライン・郵送対応について

参拝が困難な方に向けて、ご祈祷、お守り、お札などの授与品の郵送対応をしています。
同時中継によるオンライン参拝・ご祈祷は実施されていません。

御朱印の郵送対応はありません。

・申し込み方法
ご祈祷:FAXまたはメール
お守り・お札など授与品は郵送

・ご祈祷料
1つの願意につき 8,000円

由岐神社 社務所
FAX:075-741-3220
メールアドレス:info@yukijinjya.jp

詳しくは「ご祈祷・授与品、郵送等のご案内」をご確認ください。

朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)

朝護孫子寺


聖徳太子が寅年の寅の月、寅の日、寅の刻、信貴山中にて戦勝祈願をしたところ天空から毘沙門天が姿を現され、必勝の秘法を授かり、戦いに勝利したという故事から寅とのゆかりが深い。

伝承では西暦587年、いまから1434年前に聖徳太子が自ら彫った毘沙門天をご本尊としてお祀りしたことに始まったとされている。

ただし、一般に創建の経緯などが述べられている縁起絵巻、朝護孫子寺では「信貴山縁起(国宝)」であるが、それには聖徳太子による創建の記録はない。

しかし、縁起には朝護孫子寺中興の祖である命蓮(みょうれん)が毘沙門天に病気平癒の祈願をしたところ醍醐天皇(だいごてんのう)の病が治癒したことから朝廷より「朝廟安穏・守護国土・子孫長久」の祈願寺として「朝護孫子寺」の称号を授けられたなど、霊験あらたかな寺院であると記録が残されている。

ご祭神
毘沙門天

ご利益
開運招福・商売繁盛・勝運・健康長寿・病気平癒・厄難消除・夫婦円満・良縁成就・心願成就・学業成就・就職成就

初寅大法要
例年、その年最初の寅の日には「初寅大法要」が行われており、さらに十二年に一度の寅年の初寅大法要は「勝縁の年」として盛大に行われ、多くの参拝者で訪れ賑わいます。

十二年に一度の寅年に御開帳
ご本尊の毘沙門天は秘仏で十二年に一度の寅年大法要期間に限って御開帳される。

また、期間中に限り特別なお札が授与されます。

来る2022年の初寅は元旦(1月1日)で、初詣に最適です。

アクセス
住所:奈良県生駒郡平群町信貴山

最寄り駅
JR/近鉄「王寺駅・新王寺駅」から
タクシー・・・約13分
バス・・・約22分(信貴大橋まで)

近鉄「信貴山下駅」から
バス・・・約10~15分(信貴大橋まで)

ケーブル「高安山駅」から
バス・・・約10分(信貴山門まで)

王寺駅(北口)または信貴山下駅から奈良交通バス「信貴山門ゆき」に乗車。

信貴大橋下車、徒歩5分ほど。
信貴山門下車、徒歩10分ほど。

平安神宮(京都)

平安神宮
「平安神宮」は、京都の神社としては比較的に歴史が浅く、いまから126年前の1895年に平安遷都1100年を記念して創建されました。

四神相応の概念を取り入れ、冷泉通りから神門の應天門を抜けると東に蒼龍、西に白虎の大きな石像を配した手水所を設置している。

また、参拝者がお参りをする外拝殿は平安京の大内裏、朝堂院の正殿「大極殿」を8分の5のスケールで再現し、その東に蒼龍楼、西に白虎楼を構え、歩廊によってつながっています。

東西に有する神苑内の池も東を蒼龍池、西を白虎池と呼んでいます。

補足と語句説明
・大内裏とは
天皇の在所で平安京の中心的な場所。

ご祭神
桓武天皇
孝明天皇

桓武天皇・・・京都に「都」を遷都した天皇。
孝明天皇・・・生涯を平安京で過ごした最後の天皇。

年間をとして多くの観光客が訪れ、修学旅行での立ち寄りスポットとしても人気の平安神宮、初詣には例年20万人が訪れます。

ご利益
家内安全・商売繁盛・身体健康・病気平癒・心願成就・学業成就、就職恋愛成就・交通安全

アクセス
住所:京都府京都市左京区岡崎入江町121

最寄り駅
地下鉄東西線「東山駅」から
1番出口より徒歩10分

京阪鴨東線「三条駅」「神宮丸太町駅」から
徒歩15分

JR京都駅から
市バス5系統、洛バス100号・110号系統
「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車
北へ徒歩5分

阪急「河原町駅」から
 市バス5系統、46系統、32系統
 「岡崎公園 美術館・平安神宮前」
 「岡崎公園 ロームシアター京都・みやこめっせ前」下車
北へ徒歩5分

松尾大社(まつおたいしゃ)

松尾大社
西方の守護神「白虎」が宿り京の都を守ってきたと伝わる京都西部に位置する西山連峰。

そのひとつ松尾山の山頂に近い磐座(いわくら)に生活の守護神として大山咋神(おおやまくいのかみ)を祭祀したことに始まるとされる京都でも最古級の神社のひとつです。

社殿を建立しお祀りするようになったのは、いまから1320年前の西暦701年、秦忌寸都理(はたのいみきとり)が文武天皇の命により磐座から勧請(かんじょう)したとされています。

本殿の左右には神使である鯉と亀を「幸運の双鯉(そうり)」「幸運の撫で亀」としてお祀りしています。

それぞれ、撫でることで、鯉は出世開運、亀は不老長寿のご利益を授けてくれるらしい。

京都の人気観光地「嵐山」からも近く昨今「京都五社めぐり」で訪れる参拝者も増えている。

京都五社めぐりは、平安神宮を中心に京都の四方を守護する四神「東の蒼龍(八坂神社)」「西の白虎(松尾大社)」「南の朱雀(城南宮)」「北の玄武(賀茂別雷神社)を巡礼するものです。
※賀茂別雷神社は上賀茂神社のこと。

松尾大社では、白虎にちなみ「白虎おみくじ」「白虎箸置き(おみくじ付き)」ほか、かわいらしい白虎のイラストがプリントされたマスクなどを授与、販売しています。

ご祭神
大山咋神(おおやまくいのかみ)

松尾大社は古くから皇城鎮護、醸造、開拓、治水、土木、建築、商業、文化、寿命、交通、安産の社として崇敬されてきた。

なかでも、お酒をはじめ味噌や醤油、酢など醸造においての祖神とされ、全国の醸造業者から篤く信仰されてきました。

ご利益
家内安全 ・厄除・心願成就 ・出世開運・延命長寿・病気平癒 ・商売繁昌・交通安全・安産

アクセス
住所:京都府京都市西京区嵐山宮町3

最寄り駅:阪急電車「松尾大社」駅

JR京都駅から
市バス・嵐山大覚寺行き
京都バス・苔寺行き
「松尾大社前」下車

オンライン・郵送対応について

新型コロナウイルスの感染拡大の観点から、ご祈祷の郵送対応をしています。
同時中継によるオンライン参拝・ご祈祷は実施されていません。

御朱印の郵送対応はありません。

・申し込み方法
専用のご祈祷申込用紙(1願意1枚)に必要事項を明記し、現金書留にご祈祷料・郵送料を送付。

・ご祈祷料
1つの願意につき 8,000円より

松尾大社郵送祈祷宛て
〒616-0024 京都府京都市西京区嵐山宮町3
TEL:075-871-5016

詳しくは「郵送祈祷のご案内」をご確認ください。

下鴨神社(しもがもじんじゃ)


京都で干支参りといえば、例年ご案内の下鴨神社ですね。

京都では下鴨神社(正式には賀茂御祖神社かもみおやじんじゃ)の干支参りが浸透していることから初詣にその年の干支の神さまを祀る境内社をお参りする人も少なくありません。

十二支それぞれの守護神を祀る7つの小さな社「言社(ことしゃ)」

ご祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の持つ7つの神格を干支ごとに守護神として祀っています。

2021年(令和三年)の丑年は「大物主命」が干支守りの守護神でしたが、2022年(令和四年)の寅年は「大己貴神」です。

言社(ことしゃ)

ご祭神
寅年の守護神「大己貴神(おおなむちのかみ)」

ご利益
開運、厄除け、疫病除けなど

アクセス
住所:京都市左京区下鴨泉川町59

最寄り駅:
京阪出町柳駅より徒歩12分

寅(虎)にまつわる関東の神社・寺院

関東で寅年、虎(とら)とゆかりのある神社・寺院といえば、東京の善國寺(神楽坂)正法寺(浅草)正伝寺(芝)と、末廣神社。
善國寺、正法寺、正伝寺は江戸三毘沙門天と称され、末廣神社は日本橋七福神のひとつに数えられています。

関東ではありませんが、富士毘沙門天(妙法寺)も寅年に参拝したい神社です。

善國寺(ぜんこくじ)

善國寺(神楽坂)
東京で寅年の干支、虎にまつわる神さまといえば神楽坂「善國寺」の毘沙門天です。

毘沙門天がお姿を現されたのが、寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻という故事から虎(とら)との縁が深く、普段は拝見できない毘沙門天像を初詣期間の正月・五月・九月の初寅の日に限って、御開帳。

御開帳の当日限定で「むかでのひめ小判お守り(1体1000円)」を授与しています。

特に十二年に一度の寅年の初詣には近隣だけでなく、都内全域から多くの参拝者が訪れ賑わいます。

善國寺は、いまから426年前の西暦1595年、徳川家康が寺地を与え、鎮護山・善國寺の山号・寺号を贈り開基となり、池上本門寺十二代の貫首を勤めた初代住職の日惺上人(にっせいしょうにん)により、開山されました。

当初は日本橋馬喰町に開山されましたが、たびたびの火災により麹町を経て、1793年に現地へ移転。

家康公が開基であることから、徳川家とのゆかりもあり、徳川宗家(将軍家)、田安・一橋家の祈願所でもありました。

立地的に少し足を延ばすと赤城神社や東京大神宮、靖国神社など初詣に人気の神社が点在しています。

神楽坂界隈では、年始に初詣を兼ねて新宿山の手七福神巡りといって近隣の七福神を祀った神社やお寺を歩いて回るという習慣があります。

補足と語句説明

・開基
寺院の創始にあたって必要な経済的支持を与えた者

・開山
寺院を実際に運営する者(初代住職)

ご祭神
日蓮宗定本尊
毘沙門天

ご利益
開運招福・商売繁盛・勝運・健康長寿・病気平癒・厄難消除・夫婦円満・良縁成就・心願成就・学業成就・就職成就

アクセス
住所:東京都新宿区神楽坂5-36

最寄り駅:
JR飯田橋駅 西口より徒歩7分

東京メトロ有楽町線
南北線 飯田橋駅 B3出口より徒歩5分

東京メトロ東西線
神楽坂駅 A1出口より徒歩6分

都営地下鉄大江戸線
牛込神楽坂駅 A3出口より徒歩6分

オンライン・郵送対応について

新型コロナウイルスの感染拡大の観点から、お守り・お札の郵送対応を実施。
同時中継によるオンライン参拝・ご祈祷は実施されていません。

御朱印の郵送対応はありません。

詳しくは、善國寺へ
電話:03-3269-0641

正伝寺(しょうでんじ)

日本における天台宗の開祖、伝教大師(でんぎょうだし)こと最澄(さいちょう)作と伝えられる「開運大毘沙門天」をお祀りする寺院。

正しくは「正傳寺」と書きます。

およそ400年前の江戸時代、神楽坂(現代の東京都新宿神楽坂)の善國寺、港区芝の正伝寺区とともに江戸三毘沙門天に数えられ、多くの参拝者が訪れて活気があったといいます。

その始まりは、いまから419年前の西暦1602年、後陽成天皇(ごようぜいてんのう)が晩年の一時期を過ごされた草庵だとされます。

寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に毘沙門天が初めてお姿を現された故事から初詣期間中の正月・五月・九月の初寅の日、境内の毘沙門堂で御開帳、御祈祷が実施されています。

また、工夫を凝らした御朱印が人気で初詣期間や寅の日などに限定の御朱印が授与されます。

そのほか、さまざまな催しを企画、落語や怪談話を聞く会を開催し好評を得ているようです。

御祭神
日蓮宗定本尊
毘沙門天

ご利益
金運上昇、商売繁盛、人気上昇、人徳向上など

アクセス
住所:東京都‎港区芝1-12-12

最寄り駅:
JR浜松町駅・田町駅
徒歩11分

都営地下鉄大江戸線・浅草線
大門駅 A1出口より徒歩10分

都営地下鉄三田線
芝公園駅 A1出口より徒歩8分
三田駅 A6他出口より徒歩9分

正法寺(しょうほうじ)

旧日光街道に面して建つ正法寺は周辺のビルやマンションに溶け込み、誰もが想像するだろう「お寺」の門構えを探して歩いていると通り過ぎてしまう。

そんな、情緒とは縁遠い感のある正法寺ですが、江戸時代には現在の東京、神楽坂の善國寺、芝の正伝寺とともに江戸三毘沙門天に数えられ、縁日などは多くの参拝者が訪れて賑わっていたと伝わる。

浅草正法寺から少し足を延ばすと、東京屈指の縁結びのご利益で知られる「今戸神社」もあります。

今戸神社は招き猫の発祥の地であり、2020年にTBSテレビで放送されてヒットしたドラマ「恋つづ(恋はつづくよどこまでも)」のロケ地として、多くのファンが訪れる聖地にもなっています。

御祭神
日蓮宗定本尊
毘沙門天

ご利益
開運招福・商売繁盛・勝運・健康長寿・病気平癒・厄難消除・夫婦円満・心願成就

アクセス
東京都台東区東浅草1-1-15

最寄り駅:
東京メトロ銀座線/東武鉄道/都営地下鉄浅草線
「浅草駅」

東武浅草駅 北口より徒歩13分
東京メトロ浅草駅 7番出口より徒歩14分
都営地下鉄浅草線 A5出口より徒歩17分

末廣神社(すえひろじんじゃ)

江戸時代初期、幕府公認の遊郭「吉原」が最初に置かれた日本橋人形町近隣一帯の総鎮守として、遊郭の主人や花魁(おいらん)らから信仰されていた神社。

当時、末廣神社の界隈には幕臣たちの役宅も多く、遊郭の関係者だけでなく町人、商人のほか、武士たちからの崇敬も深く、こじんまりとした神社ながら狛犬や玉垣、幕や調度品など様々なものが奉納されたといいます。

現在も、初詣には地元の住民らで賑わいます。

また、週末などは日本橋七福神めぐりで御朱印を求め訪れる参拝者も少なくありません。

余談ですが、吉原遊郭は西暦1657年、明暦の大火(めいれきのたいか)の後に浅草へ移転。以後、跡地となった一帯を元吉原、移転先を新吉原と呼んだ。

ご祭神
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
武甕槌命(たけみかづちのみこと)
毘沙門天(びしゃもんてん)

ご利益
財運・勝運・開運・厄除け・無病息災

アクセス
東京都中央区日本橋人形町2-25-20

東京メトロ日比谷線・都営浅草線
人形町駅 A3出口より徒歩3分

都営新宿線
浜松町駅 A2出口より徒歩6分

妙法寺(みょうほうじ)

東京から車でおよそ2時間、富士山と駿河湾を望む、静岡県富士市の田子の浦港からほど近い場所に「毘沙門さん」の愛称で親しまれる妙法寺はあります。

その起こりは富士山へ登る山伏たちが寺裏にある田子の浦海岸で「水ごり」身を清めるための禊をしていたことに起因、西暦1627年の寺院建立後は、その道場としての役割を果たしてきた。

妙法寺の毘沙門天像は、聖徳太子の肩に毘沙門天が立っているという珍しいもので、太子作と伝わる。

例年、旧正月の7日~9日の3日間は毘沙門天が初めて地上に姿を現したという故事から「毘沙門天大祭」を開催。

妙法寺の毘沙門天大祭は群馬県の高崎、東京都の深大寺と並び、日本三大だるま市に数えられ、期間中、数十万の人々で賑わいます。

東京など他県ナンバーの車もみられ、遠方から訪れる参拝者も少なくありません。

2022年の毘沙門天大祭
2月7日・8日・9日

ご祭神
日蓮宗定本尊
毘沙門天

ご利益
開運招福・商売繁盛・勝運・健康長寿・病気平癒・厄難消除・夫婦円満・良縁成就・心願成就・学業成就・就職成就

アクセス
JR吉原駅より徒歩約10分
JR新富士駅よりタクシー約15分

2022年(寅年)の初詣について

寅年の寅の月、寅の日、寅の刻に姿を現したとされ、武神(戦いの神)であるとともに福徳の神、知恵の神「毘沙門天王」をお祀りする神社・寺院が適してるのではないでしょうか。

2021年は新型コロナウイルス感染症という疫病が世界的に蔓延し、国内でも首都圏や大阪、名古屋、博多などでは3度の緊急事態宣言、まん延防止等重点措置などが度々発令されました。

国内外で新しい生活様式としてソーシャルディスタンスやマスク、アルコール消毒などコロナ禍でも商売を事業を経済を動かしながら感染しない、させないための知恵と努力がひとり一人に企業に求められました。

そんな中、世界中の研究者の知恵と努力をもって、新型コロナウイルスと戦う治療薬やワクチンの開発が進み、国内でも接種が始まりました。

気を緩めることは出来ませんが、基本的予防策のマスク着用、アルコール消毒、ソーシャルディスタンスを遵守したうえでの旅行など行動制限が緩和されたり、明るい兆しも見え始めました。

2021年は新型コロナウイルスという疫病を除き去る神さまの恩恵を、この時代を生き抜く知恵を授けてもらいたい年でした。

迎える、2022年(寅年)の初詣はコロナ禍でも健康に過ごせたことへの感謝を伝えるとともに、新型コロナウイルスと戦いつつも、家庭の社会の経済を立て直すためにも「戦いの神」でありながら「福徳の神」でもあり、開運・金運上昇・商売繁盛のご神徳を持つ「毘沙門天王」のご利益を授けてもらいたいですね。

初詣はいつまでに?

例年であれば、元旦から3日までの三が日、7日までの松の内、15日の小正月までが最適とされます。

しかし、迎える2022年の初詣は目安として昨年同様「節分」2月2日ごろまでを初詣期間と考え、ゆとりをもって「分散」と多くの神社や寺院が呼びかけています。

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