現在では見られなくなった日本人の身体の使い方の一つに、「片踏み」と言われる走り方があります。
江戸時代の飛脚や駕籠かきの走り方として知られているもので、片側の半身に前に出して構えたまま、常に同じ側の足を前に出すようにして走ったといいます。
今の私たちの歩き方からするとずいぶん違和感がありますが、腰を捻らず、地面を蹴らない身体の使い方によって、長い距離を楽に、しかもかなり速いペースで走り続けることが出来たのだそうです。
昔の絵巻物などを見ると、このような格好で走っている人が描かれていたりしますが、それは昔の日本人がみんな絵が下手だったとか、写実性に感心がなかったということだけではなく、本当にそうした形で走っていた人かいた、ということなのではないかと思います。
前に踏み出した足への荷重の反力が同側の腸骨や肘の動きに繋がる感じは、空手やボクシングの足捌きや、乗馬の回転時の随伴などにも似ているような気がします。
・馬も、「片踏み」
ところで、この走り方を見て、何かに似ていると感じなかったでしょうか?
この「片踏み」の動きは、駈歩で走るときの馬の肢の運び方にもとてもよく似ています。
馬の駈歩には「手前」というものがあり、
人間の片踏みの走り方と同じように、常に片側の肢(手前肢)が反対側の肢(反手前肢)よりも少し前に出し、進行方向に内方のお腹を見せるような形で、
反手前後肢から手前前肢の方向に向かって斜めに進むような動きになります。
このような走り方は「非対称歩法」と呼ばれ、速歩や常歩のように左右の肢が交互に同じ動きをしながら真っ直ぐに進む「対称歩法」とは異なる動きとして区別されています。
馬がこのような左右非対称の歩法を選んだのは、
重い身体と固い背骨を持つ馬にとって、
両後肢で地面を蹴って真っ直ぐ走る猫やチーターのような走り方よりも、
外方後肢から内方前肢へと荷重をシフトさせるような動きを繰り返しながら斜めに走る駈歩の走り方のほうが、一定のバランスやリズムを保ちやすく、
長く走り続けるのに適しているからだろうと考えられています。
・「片踏み」で随伴
乗馬レッスンでは、落馬防止の観点からか、
「真っ直ぐに」乗るように、とアドバイスされることが多いかと思います。
ですが、本人は「真っ直ぐに」乗っているつもりでも、特に駈歩などでは走っているうちにすぐにお尻が外方にズレ落ちたりして、綺麗な姿勢やバランスを保つのはなかなか難しいものです。
そのように、すぐに姿勢が崩れてしまう理由は、実は「真っ直ぐな姿勢で乗ろうとしている」ことにあるのかもしれません。
「片踏み」で斜め前方に向かって重心移動しながら走っている馬に対して、騎手が馬の頭の方向に向かって「真っ直ぐに」随伴しようとしたり、あるいは周回している方向へ「真っ直ぐ」向こうとして上体が内向き捻じれてしまったりすることで、
だんだん騎手の重心が馬の動きに対して外方側にズレて、内側の鐙への荷重が出来なくなって外れてしまったりというような形になりやすくなることが考えられるのです。
運動中に騎手の姿勢やバランスを安定させるには、馬の動きに一致した過不足のない随伴をする、ということがポイントになるわけですが、
そのためにお勧めしたいのが、「片踏み」で走る馬に合わせて、乗り手も同じように身体を使ってみることです。
馬の内方前肢が着地するのに合わせて、上の飛脚の写真のような感じで内方側の腸骨を前に突き出すようにして随伴しながら内方鐙に荷重するように意識してみると、
自然に外方の半身を後方に引いたような構えを維持したまま、馬の重心が斜め前方に移動していく動きに乗り手の重心移動を一致させることが出来るようになり、
駈歩の発進とか、速歩で運動の手前を転換する際の随伴などがスムーズに行えるようになってくるのではないかと思います。
そのようにして、自分の上体の向いている方向とは異なる方向への随伴の動きに慣れて、
横方向の動きの慣性力によってバランスを崩すようなことが少なくなってくれば、
下肢で挟んで馬にしがみつくような力が抜けて、股関節が緩んで座りも深くなり、手足を使った扶助操作もより自在に行いやすくなってくるかもしれません。
・上手くいかない場合
これまで無意識に上体が内向きに捻じれていたところから、意識的に外方の肩を引いて構えようとすると、顔まで一緒に外に向いてしまう、というような方もいるかもしれません。
そうした場合は、 馬よりも前に、自分の身体を思った通りにコントロールすることから考えて、
まずは地上で「片踏み」の身体の使い方を行ってみるところから始めてみるのも有効なのではないかと思います。