乗馬の「セオリー」と、重心のオフセット | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  TVのスポーツ番組で、JRAの武豊騎手が特集されていました。


  武豊騎手と言えば、世界のジョッキーの中でも騎乗フォームの美しさではトップレベルだと評価されていますが、

その特徴は、なんといっても重心の位置の安定感だと思います。






  競馬のレース中のジョッキーの姿を見て、「あんなに短い鐙で、よくバランスを保っていられるものだなぁ」というように感じる方も多いのではないかと思いますが、


短い鐙に載って腰を低く落とすことで、騎手の重心と鐙との距離を近づけることが出来るため、

鐙の真上に重心を置いたバランスを保つ、という点に限って言えば、長い鐙で足を伸ばして乗る馬場馬術の姿勢などよりもむしろ容易であるとも言えます。
(その姿勢を保つ体力さえあれば、ですが…)

 競馬の騎手の姿勢が現在のようなモンキースタイルになったのは、過去の乗り役たちが、馬の動きを妨げず、折り合いを保ちやすいバランスを追求してきた結果なのです。



  脚で馬体を挟みつけずに、鐙の真上から垂直に荷重をかけることが出来るようなバランスを保つことで、馬の動きを妨げることなく持っている能力を発揮させることが出来る、というのは、競馬に限らず一般的な乗馬においても同じで、

そのようなバランスで乗れることが、やはり理想なのだろうと思います。



  ・「鐙に載る」ことの難しさ


   とは言え、乗馬の経験のある方ならわかると思いますが、鞍にぶら下がっている鐙の上に垂直に荷重をかけたバランスを保つ、というのは、いわばブランコの座板の上に真っ直ぐ立ち続けようとするような、かなり不安定な状態であり、

そのような姿勢を保つことは、それこそ武豊騎手のような高度なバランス能力がなければ、なかなか難しいものです。



  そんなわけで、一般的な乗馬の教本やレッスンなどでそのような説明がされることは少なく、


 「膝や太腿を鞍にしっかり密着させる」
とか、

「踵を踏み下げ、ふくらはぎで馬体を挟む」

というようにアドバイスされることの方が多いのだろうと思います。



  レッスンで始めに習う、膝で鞍を挟んだり、踵を踏み下げてふくらはぎで挟んだ姿勢には、

騎手の重心をあえて鐙の真上から、前後いずれかに「オフセット」させることで、
「鐙と、両膝」、あるいは「鐙と、両ふくらはぎと、座骨」というように複数のポイントで体重を支えるがっちりとした土台を築くことによって、

前後左右に動く馬の上でもバランスを保ちやすくなる、という効果があるからです。


「安全最優先」の乗馬クラブのレッスンにおいては、まず「姿勢を安定させること」が何よりも大切ですし、

「初心者の方にもわかりやすい」ということが何より大事な乗馬の教本で、そうした説明の仕方になるのも、至極当然のことだろうと思います。




  ・「安定しやすい姿勢」の問題点


  しかしながら、これらの「安定しやすい姿勢」を覚えれば、本当に上手な、気持ちの良い騎乗が可能になるかというと、
なかなかそうもいかない、というのが乗馬の難しいところです。


  武豊騎手も仰っているように、馬体を挟んで身体を支えるようなフォームには、馬の動きを妨げてしまう、といったような色々な問題点があるからです。

  
 ここからは、その問題点についてみていきたいと思います。

  
①後方へのオフセット

   まず、よく言われるような、踵を踏み下げ、ふくらはぎを馬体に密着させ、上体を起こして座骨に荷重を載せる、というような姿勢ですが、

 この姿勢には、鐙より後方に重心をオフセットさせて、ふくらはぎでホールドしながら、両鐙と座骨とで堅固な土台を築くことによって、
随伴に不慣れな初心者の方でも安定しやすい、ということの他、

重心よりも前に置いた鐙に、踵を踏み下げて踏ん張ることによって、馬にしっかりとしたブレーキをかけやすく、前のめりになりにくい、というような利点がある反面、

前方への騎手の重心移動の動きにもブレーキがかかり、随伴の動きが鈍くなる、という欠点があります。

  いわば「体育座り」のバランスと同じで、安定する反面、素早い動き出はしにくいという、武術でいうところの「居着いた」状態になってしまいやすいのです。

 鐙に重心が載らず、随伴の動きが鈍くなることによって、座骨で馬の背中の動きを妨げてしまうというだけでなく、

そこからさらにガッチリとホールドするように膝上の部分で鞍を挟んでいれば、膝より下の部分は馬体に接しにくくなりますから、
圧迫するのに大きな力を入れても馬の反応が得られず、「脚が全然効かせられない」というようなことになりがちです。

 

  またこの姿勢は、一見安定しているように見えますが、それは馬が止まっているか、ごくゆっくり動いているような場合に限った話で、

「居着いて」固まったような姿勢では、馬の動きが少し激しくなってくると全くついていけずに急に不安定になったり、折り合いを欠いたりすることも多いものです。


  駈歩や障害飛越などの動きに対してある程度慣れていて、大きな動きでもしっかりついていける、というような方でも、

重心が馬に対して少し遅れ気味になるために、しっかりハミをかけてお尻でグイグイ推していくような乗り方が合う馬にはハマるけれど、

背中や口が敏感で折り合いの難しいようなタイプの馬だと全く合わない、というようなこともよくあるのではないかと思います。



②前方へのオフセット


  次に、軽速歩の練習をする時や、いわゆる前方騎座、2ポイントシートというような、「お尻を鞍から浮かせた姿勢」を習う時によく言われる、

膝を鞍に密着させて挟むようにして体重を支える、という乗り方があります。


  重心を鐙の真上よりも前方にオフセットさせ、左右の膝と鐙の4点で身体を支えるような形をつくることで、鐙の上に真っ直ぐ立とうとするのに比べて容易にバランスを維持しやすくなるので、

鐙に上手く立つことが出来ない方に対してそのようにアドバイスされることが多いわけですが、

  それで立てるようになったからといって、「これでいいんだ」といつまでもそうやって乗っていると、
いずれ様々な問題にぶつかることになります。


  重心を鐙よりも前にオフセットしたバランスは、
手綱につかまって引っ張ってしまうことなく軽速歩の随伴や2ポイントの姿勢を保つことが容易になる、という反面、

いわば床の上に「膝立ち」で立っているような状態ですから、前方へ引っ張られるような力に対して弱く、馬が減速したり、手綱を引っ張り返されたりした場合にはあっさりと前のめりになってしまいます。

そのため、それを避けるために無意識のうちに手綱の持ち方が緩めになって、コンタクトを保つことが出来なくなったり、
鞍に座る時の位置がだんだん鞍の後方になって、いわゆる「反り腰」「へっぴり腰」の姿勢になったりすることで、余計に前のめりになりやすくなったりして、
馬にしっかりとしたブレーキをかけられないことで口の強めな馬が苦手になったり、ということになったりというような方もよく見られます。


  また、内股気味に膝を締め込んで鞍を挟み続けることで、膝より下の部分が馬体に接しにくくなり、
爪先を開いて「キック」するような形が癖になって馬に拍車痕をつけてしまいやすくなったり、

鐙への荷重が少ない状態で膝を支点として足を前振ろうとすることで鐙が外れやすくなったり、というようなことにもなりやすいのではないかと思います。



  ・「オフセット」から、
「鐙に載る」バランスへ


 このような問題を解決するためには、

前述の武豊ジョッキーのような、「馬にしがみついて安定しようとするのではなく、馬の動きに一致した随伴によって、鐙に垂直に荷重を落とせるようなバランスを保つ」ということを意識して乗ってみることが有効だろうと思います。

 まずはあまり鞍を挟みつけずに、重心の真下に置いた足先に荷重を集中させるような意識で座ってみます。

  「体育座り」や「膝立ち」ではなく、相撲の「蹲踞(そんきょ)」のような形で鐙の踏み板の上にちょこんと載っているようなイメージです。

   一見不安定な形ですが、常に鐙に真っ直ぐに荷重を落としたバランスを保つことで、鐙がズレるようなことも少なくなるでしょうし、

上体の随伴で馬の動きについていくことによって鞍を挟みつけるような余計な力が要らなくなることで、踵や拍車、ふくらはぎといった部分をコントロールしやすくなり、

脚の扶助を「なんとなく」ではなく、しっかりとした意識の下にピンポイントで使うことが出来るようになってくるのではないかと考えられます。




  鐙がズレやすい、脚が効かない、ブレーキがかけられない、コンタクトを保てない、といった「症状」にお悩みの方というのは沢山いらっゃるのでしょうが、

乗馬のセオリーとしてなんとなく信じてきた「安定した姿勢」を一度見直してみることも、時に有効なのではないかと思います。