「加速」と「等速」 〜「静かな軽速歩」のコツ | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  乗馬の上手な方の騎乗フォームを見ていると、初心者方のそれとは違って、なんというか、余計な力の抜けたような、とても静かな感じがするものだと思います。

 例えば軽速歩の場合、初心者の方ではギッコンバッタンとお尻が大きな円弧状の軌跡を描いて激しく動いていたりするのに対して、

上手な人では、随伴の動きが必要最小限で無駄がなくて、見た目には正反撞なのか軽速歩なのかよくわからないくらいだったりします。


  この違いは一体どこから来るのか?

  ひと言でいえば、「重心の安定性」の違い、ということに尽きるのだろうと思います。

   上手な人の場合、座ったり立ったり、前傾したりと見た目の形が変化しても、重心の位置(必ずしも身体の中にあるとは限りません)はほとんど変わらず同じ所に安定していて、
常に鐙に対して垂直に荷重を落とせるような状態を保てているため、 

足が前後に揺れたり、鐙が外れたりということもなく、姿勢の振れや力感の少ない「楽そうな」フォームになります。

  それに対して、初心者の方では、馬の一歩一歩の動きの度に、鞍の前喬の上から後喬の上辺りまでの間をお尻が行ったり来たりするような激しい動きになっていたりして、

それにつれて膝がグラグラ動いたり、足が振り子のように前後に振れたり、尻餅をついた拍子に膝が浮いて鐙が外れたり、拳が激しく上下に動いて手綱が波打っていたりと、
いかにも一生懸命頑張って乗っている、というような感じがすることも多いものです。

 馬の動きに置いていかれて半テンポ早く座ってしまうために、座る毎にお尻が小さくバウンドしていたり、
そうならないようにと勢いをつけて大きく立ち上がろうとするた、結局はその反動で鞍の後ろの方にドスンと尻餅をついてしまう、といった状態というのは、

   クラブではそこそこの上級者と言われているような方にも案外よくみられるもので、 

特に、馬場鞍で鐙を長くしたり、少し元気のいい馬や反撞の高い馬の場合に、動きにうまくついて行くことが出来ずに機嫌を損ねて折り合いがつかなくなってしまったりということは、皆さん経験があるのではないかと思います。

 

  こうした状態での、乗り手の「お尻の動き」を時系列で見てみると、

馬の反撞によって下から突き上げられるのに合わせて、跳ね上げるようにして腰を勢いよく前に移動させることによって、お尻が加速度的に鞍から離れていき、

その後、重力や馬の前進による慣性力、爪先で鐙を踏み込んだ力の反力などによって腰の動きにブレーキがかかり、速度がゼロになったところを頂点に、
今度は逆方向に向かって加速しながら、鞍の後ろの方にドスンと落ちてくる、というような、
「加速度運動」の繰り返しになっています。


 多くの初心者の方が立ち上がろうとするときの動きを分析すると、

上体を前傾させて沈み込み、股関節や膝、足首を屈曲させて「タメ」を作ることによって、引き伸ばされた太腿やお尻の筋肉が反射的に収縮しようとする動き(伸長収縮反射)に、
膝や足首の関節を進展させて鐙を強く蹴るようにして立ち上がるための大腿やふくらはぎなどの筋力を加勢させて、

ムチの根元から順々に力が伝わることで先端が急加速するような「うねりの動き」によって、
お尻を大きく、速く移動させようとするような
「加速度運動」的な身体の使い方になっている、というように考えることが出来ます。


  こうしたうねり動作による加速度運動というのはあらゆるスポーツの動作に採用されています。

  わかりやすい例が、野球やゴルフ、テニスなどのスイング動作で、

ある程度の長さのあるバットやクラブ、ラケット
などを持って、脊柱を中心として回転しながら、うねり動作を使って先端を時速200km以上にまで加速させ、ボールを飛ばす力を生み出しているわけです。

  加速度運動は非常に大きな力や速度を生み出すことが出来る反面、

難点として、先端を加速させるための予備動作に時間がかかり、相手のいる場合には気配を読まれて躱されたり、タイミングを外されたりしやすいこと、

単一の支点から遠く離れた末端を高速で動かす動きは慣性モーメントが大きく、ちょっとしたタイミングのズレが大きな誤差となるために、微妙なコントロールが難しくなる、ということがあります。

 その「動作のタイミングや強弱の調整の難しさ」こそが、まさに初心者の方の軽速歩の不安定さに繋がっていると言えるのだろうと思います。



  一方で、上手な人の軽速歩の動きを見ると、

お尻が浮いてから戻るまでの距離や速度の変化が初心者の方に比べて少なく、極端に言えば「等速度」で小さく動き続けているような感じの動きになっています。

 なぜ、そんなことが可能になるのでしょうか。

  その秘訣は、重心の位置を安定的に鐙の上に保持することで、バランスが崩れることによる重力加速度の影響を受けにくいということと、

お尻を随伴させるための動きが、初心者の「加速度運動」とは異なる身体の使い方になっている
、というところにあるのではないかと考えられます。


  
  「加速度運動を使わない動き方」の例としては、柔術の『型』のような、武術の動きが代表的です。

 「振武館黒田道場」の黒田鉄山師範が提唱されている身体操法に、  「等速度運動」というのがあります。

 



 全身の各部の動きを同時並列で行いながら連動させることによって、初動から終動までを同じ速度で動く、という考え方で、

一般的な日常動作やスポーツの動きのような、反動をつけたり、初動から段々とスピードを上げてゆくうねり動作を使った「加速度運動」では、
どんなに筋力を鍛えて速く動こうとしても、初動の部分で止められたり、躱されてしまうという弱点があるのに対し、

「等速度運動」の場合では、全身の関節の動きを同時並列で連動させ、何箇所もの複数の支点をもった動きを同時に行うことによって、

順々に動きを繋ぐ「うねり動作」や予備動作(反動をつけること)が要らず、短時間で最終的な形まで到達することが出来るため、

動き始めのいわゆる「タメ」がなくなり、「1、2、」というような動作の切れ目もない「ひと拍子」の動きが可能になり、

本人の感覚的には軽く、ゆっくりと動いているのにもかかわらず、
相手にとっては力の出所や方向がわからず、まるで「消える」かのように、いきなり速く大きな力を出されるように感じられることになります。





  武術だけでなく、サッカーやバスケットボールなどでも、一流選手の中には、稀にこのような身体の使い方によって相手を翻弄しているような人もいるようです。



https://twitter.com/gino_in_red/status/1110140691961700352?s=21










  乗馬の話に戻ると、軽速歩の随伴で馬の動きの慣性力に負けずに鐙の上に重心を保つことが出来るようになるためには、

うねり動作による加速度運動によって鐙を蹴って速く大きく動こうとするのではなく、全身を同時並列的に協調させることによって「等速度運動」で腰を随伴させることが出来るかどうか、がポイントになります。

 
  タメを作ってから足先で鐙を蹴って上に飛び上がろうとするような動き方ではなく、

「畳の上で正座しているところから膝立ちの姿勢になる時」のように、足先で踏ん張ることなく、全身を協調させてスッと腰を前に上げていくようにすることで、
「等速度」の楽な立ち上がり動作が可能になります。

(体幹の働きによって腰を随伴させる動きを覚えるための方法として、「へそヒモ」を巻いて乗ってみるのも有効だと思います。)



   鐙を蹴らずに最小限の動きで腰を随伴させられるようになることで、重心が浮いて馬に置いていかれるようなことが少なくなり、「鐙に載れている」というような感覚が得られやすくなります。


 また、立つ時だけでなく、座る時にも馬は一歩一歩前進していますから、

ドスンと加速度的に落ちてしまわないように、「足先で載っている踏み台から転落しないように」バランスを保ちながら、
鞍の後方ではなく「真ん中辺り」にそっと坐骨を落とせるように、全体的に少し前目の位置に坐るようなつもりでやってみると、

馬の動きに置いていかれることなく、重心の位置を保ちつつ、ゆっくりと「等速度」で動けるようになってくるのではないかと思います。


 そうして「等速度」の安定した軽速歩の随伴が出来るようになることで、
ゆっくりとした小さな動きの軽速歩でも安定して馬の動きについていけるようになれば、

鐙を長くしても、反撞の大きな馬や元気のいい馬でも、楽に折り合いを保ちながら乗れるようになってくるでしょうし、

鐙に載り続けるバランス感覚が身につくことで、正反撞や駈歩の際に鐙がズレてしまう、といった問題も改善されてくるでしょう。



・「推進」への効用

 馬術ではよく、「坐骨で推進」というような表現がされることがあります。

競馬で馬を追う際などにも頻繁に使われているテクニックで、
レッスンでも、馬の背中に体重をかけて「推す」ようにすることでなんとなく馬の歩度が伸びたり、ということは経験のある方も多いのではないかと思います。
 
 軽速歩の場合にも、座るタイミングを少しずらして長めに座ったりすることで、同様の効果を得ることが出来るわけですが、

これを効果的に行うためには、乗り手が自らの動きの「加速度」を自在に統御することが出来るということが肝要ですから、
そのためにはまず、「等速」で動き続けられるバランスと身体の使い方を修得している必要があるでしょう。


 そのあたりをすっ飛ばして、初心者の方にいきなり「坐骨で推進」というような上級者のテクニックの真似事を求めるような指導を行うことで、

馬に余計な負担をかけ、非協力的で不機嫌な練習馬を増やす原因になっていたり、ということも実は結構多いのではないかと考えられます。







 軽速歩は、運動時の負担軽減というような意味だけでなく、
それだけで、身体の使い方やバランスを養うのに有効な、非常に優れた『型稽古』としても活用出来るものだと思います。


競技志向の「上級者」の皆さんも、

「軽速歩なんて邪道」
「競技には関係ない」などと言わず、

たまには、真剣に「軽速歩」に向き合ってみてはいかがでしょうか?
(^^)