金額設定と信用と心理について(自分用メモ) | なまえ鑑定士のブログ

なまえ鑑定士のブログ

名前とは最初の誕生日プレゼント

名前の素敵さに気づいて
名前イジメがなくなるといいな

金額設定と信用と心理について(自分用メモ)
※頭の中を整理するためのメモでございます、乱雑な表現、だらしない言葉がある可能性がございます
※ツッコミどころ満載でおとどけします 

(前回からの続き)

入り口という概念でいうと
神社を想像してみてほしい
鳥居ごとに、お金を取られるシステムではなく
最後の最後でお金を払うシステムになってる

つまり
お金をいただくのは、最後の最後でもいいんじゃないか
っていうこと
入り口でいきなりお金を要求しても
まだ、財布のひもは固い
3つくらい、鳥居をくぐってからじゃないと
お客さんは払う準備ができてない

なので
入り口でいきなりお金を要求するというような
マネタイズが早い仕組みは、あまり受けないのかもしれない
もちろん、マネタイズが早いと
その瞬間、お金持ちにはなるけど
やっぱり信用は得られにくいんじゃないかなぁ

逆に、神社の例でいうと
最後の最後でお金を、っていうように
マネタイズを3テンポくらい後にすると
お金は、なかなか得られないけれど
信用はごっそり得られるんじゃないかな

で入り口としてSNSが機能するかというと
答えは、YESでもなくNOでもない気がする

神社のたとえを最初に出しちゃったので
ここでも、神社のたとえを出すと
SNSはどこのポジションかというと
鳥居ではなく
鳥居に面してる『道路』だと思う
つまり、SNS利用者は、鳥居に面してる『道路を歩く通行人』であって
神社にあるお賽銭箱を目指して歩いてるわけじゃない
そう
『参拝者』ではなく『通行人』なんだと思う

通行人が参拝者に変わるのに必要なのは、何かわからない
わからないから、試行錯誤する

よく『感動』や『共感』が必要
ってきくけど
それも正解だと思う
唯一の絶対的な答えではないのかもしれない

でも感動や共感をした瞬間
目の前にある作品は
他人事のものから
自分事に変わる

例えば
そのアーティストの音楽を聴いて
涙したり
ドキドキしたり
ワクワクしたり
笑ったりした瞬間
その音楽は、画面の向こうにあれど、CDの中にあれど関係なしに『自分事の音楽』に変わる

それが多分、最初の入り口だと思う

話があちこちに行ってよくわからなくなってきた

とりあえず今日の部分では
SNSは入り口として機能するかと言われたら
答えに困るけれど
SNS利用者はつまるところ
ただの『通行人』であって『参拝者』ではなくて
それでもって参拝者を増やすには
自分事になるのが多分必要で
自分事になるためには
感動とか共感とかドキドキとか、そういう
感情が動くことが鍵になると思う
そこができたとき、SNSは入り口として機能し始めると思う

そして
入り口では
SNSに代表されるように
無料とか、やや低めの金額設定が必要で
最後のお賽銭で、多くのお金を落としてもらえる事が大切な気がする

ここまで書いておいて、ありきたりな話になってきたから、もうやめにする
(とかいいつつ、つづく)