今回のサッカーW杯はスッタモンダの末ドイツがまたしても予選落ちしてアルゼンチンが優勝した。前回ドイツがコケたとき「大丈夫だ。次は韓国でなく日本に負けるから安心しろ」と私が言ったのは単なる冗談(のつもり)だったが、蓋を開けたら現実はそれ以上に過酷、2014年の呪い(『124.驕る平家は久しからず』参照)が全く解けていない展開となった。口は災いの元、相手に対するリスペクトを忘れて傲慢になると自分の方が没落するのは古今から様々な童話やおとぎ話で出しつくされたストーリーである。やはり口は慎んだ方がいい。
 それにしてもアルゼンチンは強かった。ここに勝てたのはサウジアラビアだけだ。本当に凄いチームだ(サウジがだ)。アルゼンチン戦でチームを勝利に導いたサレム・アル・ダウサリ Salem Al-Dawsari  の2点目のゴールは家で取っている新聞でしっかり「今大会で最も美しいゴール20」の一つに選ばれていた。

 しかしサウジアラビア以上に凄かったのはモロッコだろう。予選のグループはモロッコ、クロアチア、カナダ、ベルギーで、ほとんどの人が心の中でクロアチアとベルギーが本戦に進むだろうとふんでいたと思うが、クロアチアとは引き分けたものの、カナダ、ベルギーを粉砕してモロッコがグループ一位で予選を通過した。このあたりから普段いがみ合ったりしているアラブ系やアフリカの国々の人たちがこういう時だけ一致団結しはじめ、世界の広範囲にわたって一大サポート軍団が形成され始めた。しかし本戦第一戦目はスペインである。これもほとんどの人が心の中でスペインの勝利だろうと思っていただろうが、双方得点のないままPK戦に持ち込まれてモロッコが勝った。その得点の入らなかったレギュラータイムも決してダレていたわけではない、点を入れるチャンスもあり、ゴールの試みもあり、結構スリルがある展開ではあったのだ。その時点でアラブ世界を越えて欧州の観戦者も「おや、このチームは結構やるな」と姿勢を正し始めた。そこへ持ってきてあのPK戦である。まずスペイン側の最初の二人が外した。その前に日本・クロアチア戦でやはりPK戦になっていたが、これも日本は始めの二人が外し、ネット上では「PKくらい練習しておけ」などという無責任な発言が書き込まれたりしていたのだ。スペインよお前もかと皆思っただろう。モロッコのほうは二人まで順調に入れていたが3人目がキーパーに阻止されたので、これでスペインの次、キャプテンのブスケツはさすがに入れるだろうからまだ勝負はわからないと皆が(皆って誰よ?)思っていた矢先にブスケツまでキーパーのヤシン・ブヌに止められた。このブヌはボノとも発音され、カナダ生まれでヨーロッパでも活躍しており、結構名を知られているキーパーである。笑い顔が可愛いと評判でブスケツのゴールを止めたときも顔が笑っていたとあちこちで囁かれている。その次、待ったなしの状態で出てきたのがよりによってアシュラフ・ハキミだ。なぜよりによってなのかと言うとハキミはスペイン生まれで、スペインの国籍も持っているからである。そのハキミがパネンカ・キックを入れ試合終了

ブスケツまで止めたPKキラー、笑顔のボノ。https://www.goal.com/en-ng/news/watch-bounou-denies-busquets-as-morocco-reach-world-cup-quarter-finals/blt87c717dee835ee58から
Bounou-smiling-bearbeitet
 PK戦自体もスリルがあったがそれより面白かったのはモロッコ側の観客席の様子である。面白いというと失礼かもしれないが、いい歳のおじさんが涙ぐんだりしている(もっともサウジアラビアがアルゼンチンに勝った時も泣いていたおじさんがいた)その狂喜乱舞ぶりを見たらこちらまで便乗サポートしたくなった。便乗と言えば、モロッコ・スペイン戦の後こちらではクラクションブーブーの自動車が夜っぴて走り回り、通りでは朝まで叫び声がしていた。いくら移民国ドイツと言ってもこの町にそんなにたくさんモロッコ人が住んでいるわけがない。チュニジアやアルジェリア、さらにパレスティナやシリア、エジプト人などアラビア語圏の人たちを全部勘定に入れてもまだ声量が大きすぎる。あれは多分トルコ人までどさくさに紛れて騒いでいたに違いない。
 もうモロッコはこれで十分だ、よくやったお疲れ様と誰もが思ったがまだ先があった。ロナウドのいるポルトガルに勝ったのである。予選でなら部外者が強豪に何かの間違いでチョロっと勝ってしまうことはあるが本選で強豪2チームをやっつけたとなるとさすがに偶然の範囲を超えていないか。続く準決勝ではフランス、3位決定戦でクロアチアに負けはしたが、その時も点を取られて総崩れになどならず、最後まで見るに足る試合を展開した。特にフランス戦でジャワド・エル・ヤミクが後ろ向きの姿勢で試みたあわや同点のゴールは語り草になっている。今さら「たられば」を言っても仕方がないとはいえ、あれが入っていたら試合の流れが完全に変わっていたに違いない。おかげでモロッコの「アトラスの獅子」というニックネームが定着したが、実は私はポルトガル戦の後彼らに「アブド・アル・ラフマーン一世軍」というあだ名をつけていたのである。北アフリカからやってきてイベリア半島全体を征圧したからだ。

エル・ヤミクはこの姿勢でゴールを試みた。引用元はそれぞれ
https://www.eldesmarque.com/futbol/mundial/1608141-las-delicatessen-de-qatar-2022-los-mejores-detalles-de-calidad-del-mundial

https://news.cgtn.com/news/2022-12-15/CGTN-Sports-Talk-France-end-Morocco-s-World-Cup-miracle-1fMBtD64zm0/index.html
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 こちらはモロッコに対して好意的な報道が多かった。モロッコが予選を通過し、アラブ語圏が全部後ろについてフィーバーしている姿を見て現地のレポーターが「政治も日ごろの争いもない。これがスポーツの意義でしょう」と言っていたが、私もそう思った。そもそもうるさく言えばモロッコは「アラブ民族」ではない。住民の多数はベルベル人である。私が以前会ったモロッコ人もアラビア語とベルベル語のバイリンガルだった。だからアフリカ人はもちろん、モロッコを応援するアラブ人たちは異民族を応援していたことになる。ここがスペインに勝った時もパキスタンやインドネシアからまでお祝いの書き込みがあった。逆に当チームの選手は外国生まれ・外国育ちが圧倒的多数。ハキミやボノばかりではない。それら「事実上外国人」の選手をモロッコ中が何の自己矛盾もなく同胞扱いして応援する。国とは何か、民族とは何かを考えさせられた。
 私は個人的に将来「国」というのはそういう方向に進んでいくのがいいと思っている。例えば日本国内の日本人とほぼ同数の日本人が外国生まれ外国育ちで、日本国内の住人も半数くらいが異民族、つまり在外+在日の日本人対在日外国人の割合が2対1,在外日本人対在日住民(そのうち日本民族は半数)の割合が1対2という想定をしてみよう。それだと在日日本人が全体の3割強しかいないことになる。言語的にも在外日本人の中にはもちろん日本語より現地の言語が優勢な人もいる。逆に在日外国人には日本語が母語の人もいる。こうなればちょっと周りと意見が違ったくらいで「お前本当に日本人か」などという意味のない質問を罵声のつもりで浴びせる輩も減るだろう。 
 そもそも選手を見れば瞭然だが、強豪扱いされている欧州のチームはすでに「移民」に頼りきりである。サハラ南北のアフリカ出身の選手がメチャクチャ多い。そうやって普段頼っているくせに彼らがたまにPKを外したりすると恩知らずな人種差別的罵声を浴びせたりする人がいるのは何様だ。それでも彼らが欧州の国のために戦っているのは単に「国には活躍の場所がない。出身国でサッカーなどやっていたらWCなどには永久に出られない」からではないか?出身国でもWCに出られるということになれば、欧州各国のアフリカの選手が雪崩をうって自国に帰り、欧州はスカスカ、ジダンもンバッペもいないチームでフランスはどこまで行けるか見ものだ。今回のモロッコを見ていたらそんな想像までしてしまった。政治的にはモロッコもカタールも個人的にちょっと住みたくはないのだが(褒めたり貶したり忙しすぎるぞ)、欧米だって褒められる部分ばかりではない。とにかくサッカーでは欧米・南米の独占状態がガタつくのは正直歓迎である。

 話が逸れたのでPK戦のことに戻すが、今大会ではPKの失敗が非常に目立った。まず日本もスペインも最初の2人が連続して外した。フランスはそれを見たからか、ンバッペを最初に持ってきた。景気づけというか、「良い例」というか「これに続け」というシグナルだろう。さすがにンバッペは入れたがその後が2人連続で外し、日本、スペインとほぼ同パターンとなってしまった。大体PKというのは入るのがデフォではないのか?だからこそたまにシューターが枠にあてたり(ベッカムのようにホームランをかっ飛ばすのは論外)、キーパーが止めたりすると「おおおっ」となるのだ。3人目くらいからその「おおお」が始まり4人目5人目で緊張感が頂点に達するという展開しか記憶にないので、今度のように最初からボコボコ外すPK戦が続出する症状はカタールの風土病か何かじゃないのかと疑っている。
 その風土病をものともせず平常運転したのがオランダで、対アルゼンチン戦では15枚のイエローカードが飛んだ。これは大会記録だそうだ。アルゼンチン側の分も含めての数だが、例えばボウト・ベグホルストが控えのベンチにいる時からすでに黄を食らうというオランダならではの伝統芸で、途中プチ場内乱闘などもあり、見ている方はさあ次は16文キックが出るぞ(『124.驕る平家は久しからず』参照)とワクワクした。チーム内にデ・ヨングという名前の選手がいたからだ。しかしこのデ・ヨングは名字が同じでもクンフー家デ・ヨングとは別人である。残念ながら(?)待望のケリは披露してくれなかった。

 この記事は身の程知らずにもランキングに参加しています(汗)。
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