ムサビとあだ名したあの男は
いつも絵の具で汚れたジーパン姿で
ぼくの部屋にふらりと現れた
最近画いたというルオーに似た絵を提げ
絵の具代でいいから買ってくれという
ぼくも同じような境遇だから気安く応じた
フランスに留学するのが夢だったが
ある日とうとう実現しそうだと告げに来た
同期のお嬢様が応援してくれるのだそうだ
いかにもムサビらしいと笑って祝福した
3年間フランスに行っていたが
帰って来たとき近々結婚するのだといった
山王育ちの同級生だった女性は
彼のどこにほれ込んだのだろう
彼の絵かそれとも人懐っこさか
突き抜けろ 突き抜けろ
雲の上まで突き抜けろ
出来なかったら天から墜落する覚悟で
口に出して言ったわけではない
ムサビの意気込みを共有していたから
内心そう励ましたかっただけだ
その後彼からの音信はなくなった
いいさ 子供でもできて
いいパパになったのなら それもいいさ
ムサビよ さらば
青春の余韻よ さらば
音叉のような想いよ さらば