伝統的に使われてきた菌も、人類にとっては毒にも薬にもなる

 

 

 

 週末に報道された紅こうじを原料としたサプリメントによる健康被害発生の恐れにより、使用中止と自主回収を行うニュース。まずは、こういった事態を時間が掛かったとはいえ隠蔽せずに公表した小林製薬の企業体質については評価すべきと思います。合わせて宝酒造も同じ原料を使った商品の回収を決定した報道がありました。

 

 問題となっている「紅こうじ」は、読んで字の如くコウジカビの一種です。コウジカビは一般的には味噌や醤油でも使われており、日本酒で使われる黄麹、焼酎で主に使われる白麹、泡盛では黒麹といった、用途毎にも使い分ける程に沢山の種類があり、様々な酵素がデンプンを糖に変えたり、たんぱく質をアミノ酸に変えたりと、人類にとって有益な存在として古来より利用されてきました。今回話題になっている紅麹は、老酒や豆腐ようなどに用いられており、何か特別なモノを使用した結果という事ではなく、意図しない成分が混入(出てしまった)事が問題となりました。一部報道ではシトリニンというカビ毒(マイコトキシン)が原因とされています。

 

 だからといって、スーパーなどでも市販されている麹は全て危険なのか、というと決してそんな事は有りません。そもそも食用に適した麹カビは毒素を生成しない安全な存在です。古来より、日本酒造りや味噌醤油を作る際には専門業者、協会が培養した物を使う事が大半で、そんな危ない物が流通する事は有りません。日本酒好きなら「きょうかい酵母」というフレーズを耳にした事があるでしょうし、漫画「もやしもん」でもフレーズとして登場した「もやし屋」というのが、それに当たります。

 

 しかしながら、菌というのは微生物でありますし、その培養環境如何によっては突然変異の様に違う性質の菌に生まれ変わってしまう可能性があります。だからこそ、こういう菌を管理する場所は衛生的である必要があったり、取扱いが非常に難しい物なのです。また、その生成物は人類が作り出す事の出来ない酵素や成分を多く作り出します。キノコ類などは良い例ですよね。毒キノコの毒成分が解明されていない、特定の病気に効果がある、幻覚症状を見れる・・・なんてモノも存在します。

 

 今回の事例においては、残念ながら健康被害が発生してしまいました。大手メーカーという事もあり、その原料を投入した製造範囲(ロット)がトレース出来る仕組みを持っていると思われますので(ISOやらFSSCなど)消費者側としては冷静に選ぶ事で身の危険を防ぐ事が可能と思います。

 

 

 

 食品安全委員会HPにも記載がありましたが、この手の健康を謳うサプリメントは欧米の方が日本よりも厳しい規定を設けている場合があります。特にアメリカのFDAに関しては日本で食に携わる分野で仕事をしている人であれば一度は壁にぶち当たった経験があるのではないでしょうか。私がサラリーマン時代に関与した事例としては食品パッケージに使用するフィルム張り合わせの接着剤にまで言及している程に厳しい、という印象でした。

 

 欧州では発酵食品に関しては面倒な事が多く、例えば鰹節やそれらを利用した調味料をNGとしている場合もあります。それだけ、発酵食品という物に対して敏感に捉えているのではないかと考えられます。一方の日本は身近に発酵食品が沢山ある事もあって、ある意味鈍感になっているのでは、と個人的に思います。

 

 

菌類は変異する

 

 酒造りに欠かせない「酵母菌」は、もちろんコウジカビ同様に菌類です。地球上には沢山の酵母菌が存在していますが、長年の研究によって醸造に最適な酵母菌を選抜、培養をして今日に至ります。選抜した酵母菌を、人類にとって更に都合良い発酵が出来るものを選ぶ為に、有る時は紫外線を照射したり、有る時は薬剤処理を行うなど、様々な条件を試す事で変異を誘発させる事によって生み出されました。もちろん、人間の手を煩わせなくとも勝手に変異する酵母もあれば、絶滅した酵母もあるでしょうし、その亜種と考えられるものは世の中に数えきれない程存在すると考えられます。

 

 自然発酵由来のワイン、いわゆるナチュール系や自然派といったワインが重宝される世の中であり、健康志向も後押しして自然の酵母が良い、という一定の消費者層も存在します。決してそれは悪い事では無いと思いますが、少なくとも何も手を掛けない事がイコール自然派なワインという誤った解釈でワインを作り、不衛生な環境下で雑菌汚染されたナチュールを「自然派だから美味しい」と盲目的に愛好する層が居る事を数多く目撃してきました。

 

 先日もブログで乳酸菌について触れましたが、自然界に居る酵母や乳酸菌は100%悪者が居ないと思う事自体が大間違いで、例えばメタノールを生成する酵母が居るかもしれませんし、上記にあったカビ毒を生成する菌なのかもしれない、そんな出所不明な菌が発酵させたワインを安心して飲む事自体が私は不安に思えるのです。醸造に適した培養酵母を用いて、雑菌汚染の無き様に最低限に抑えつつも健全に亜硫酸を用いて作られたワインの方がよっぽど良質です。カビ毒について多い勘違いとしては、カビ自身が毒を持っているから、たとえばカビの生えたパンはカビ部分だけ除去してしまえば食べても問題無いという人も居ますが大間違いで、目に見えないレベルで繁殖している&カビ自体が生成した酵素等に毒があるので無意味です。しかも中には加熱耐性のある毒も存在という厄介なモノです。

 

 正直、私も亜硫酸無添加のワインは作る事が出来ます。しかし、それはぜひ季節に合わせてワイナリーに来て飲んで頂きたいと思います。目の届かない場所へ流通・保管されたワインはどんな味になってるか不安だからです。それは勿論、腐敗も含めての事。世の中に出回っている亜硫酸無添加+野生酵母のワインというのは、ごく一部だけは本当に素晴らしい品質で驚くものが存在している中で、大半は何か勘違いしているのでは?と思えるワインが多いのが個人的な印象です。

 

 今回の報道を見聞きして、紅こうじの件に限らずカビ毒というものを正しく知る事が大切である点と、中には本当に無毒なカビもあるから私達は発酵食品という健康を増進させる素晴らし食品を口にできるという事を、よくよく理解する良い機会になりますので、正しく恐れるというのが重要だと感じました。