マリー・ジャコ指揮 読響 小曽根真(ピアノ) (3月12日・サントリーホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

 

マリー・ジャコは今最も旬の指揮者の一人。

1990年パリ生まれ、今年34歳。トロンボーンを学んだあと、オーストリア国立ウィーン音楽・演劇大学、ドイツのワイマール・フランツ・リスト音楽大学で指揮を学び、バイエルン州立オペラの音楽総監督を務めていたキリル・ペトレンコのアシスタントを務めた。

 

ポストが続々と決まっており、2023/2024シーズンからウィーン交響楽団首席客演指揮者、2024/2025シーズンからデンマーク王立歌劇場の首席指揮者に就任することになっている。

2月にミュンヘン・フィルにデビューして成功し、6月にベルリン国立歌劇場にデビューする。

 

こんな素晴らしいキャリアの指揮者を読響は3年前に招聘する予定だったというから、企画担当者がいかに目利きかわかるというものだ。コロナ禍で今回ようやく読響との初共演が実現した。

 

プログラムも凝っていて

プロコフィエフ:歌劇「3つのオレンジへの恋」組曲 作品33bis

ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調

プーランク:組曲「典型的動物」

ヴァイル:交響曲第2番

というもの。

 

ロシア、フランス、ドイツの作曲家。1920年代から30年代の作品と言うこと以外に何かテーマがあるのだろうか。

 

それはともかく、ジャコを聴いた印象を短く言えば、第1に「軽やかな中にずっしりとした重みがある」、第2に「オーケストラの楽員をのびのびと演奏させ、きちんとまとめ上げる」、第3に「色彩感と運動性」

 

プロコフィエフ:歌劇「3つのオレンジへの恋」組曲は軽やかなのに、音は重く響く。カラフルで明るい音はフランス人の指揮者らしい。脱力した指揮だが音はしっかりと鳴らす。長身でかっこいい指揮者だ。

 

小曽根真のラヴェル:ピアノ協奏曲はジャコと同様タッチは軽やかで力が抜けており、時々聴いたことのないフレーズも聞こえてくる。ジャズで言うアドリブかもしれない。それがラヴェルに自然とマッチしており、これまで聴いたことのない印象も受ける。

読響のバックも繊細で、第1楽章のハープのカデンツァは、パリ風味のある軽くて華やかな音。キラキラとしていた。

ジャコと小曽根の息も良く合っていた。

 

小曽根のアンコールは、コントラバス首席の大槻健とともに、デューク・エリントン「A列車で行こう」。小曽根の弾くコードがシンフォニックに響く。大槻のアドリブもジャズ的で4ビートのノリが抜群。ソロが終わるとすぐ拍手する聴衆もジャズを良く分かっている。

 

後半はプーランク:組曲「典型的動物」。原題のLes animaux modèlesを直訳すると動物モデル。人間を動物に例えて描いた作品。

「夜明け」「恋に落ちたライオン」「男とふたりの愛人」「死と木挽き」「2羽の雄鶏の争い」「昼餐」の6曲からなる。聴いていると映画の一場面で流れるようなムーディーな音楽から皮肉を込めた描写音楽もあり、ジャコの色彩感豊かでおしゃれな表情がぴったり。「大人の世界」を垣間見たような気持にさせるジャコの指揮には説得力がある。

 

ヴァイル:交響曲第2番はジャコが得意のレパートリーにしているようで、youtube↓にhr交響楽団(旧フランクグルト放送響)を指揮した映像もある。

https://www.youtube.com/watch?v=zmKsoqXFbnQ

 

ここでも軽くて重いジャコの指揮の特長が生かされており、重いけれどどこか軽やかで暗めの作品に自然に入っていくことができる。

ヴァイル自身は「この交響曲は純粋に音楽的な形式として構想された」と話しているという。この曲のルーツはシューマンではなく、ハイドンとモーツァルトにあり、古典的な手法が使われていると海外の解説にあったが、確かに親しみやすい作品であり、どこか端正さを感じさせる。

 

活発な第1楽章、「葬送行進曲」の第2楽章に続く第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェの動き回る主題はどこかショスタコーヴィチの諧謔を思わせる。中間部の行進曲はナチスのグースステップ(ガチョウ行進曲=膝を曲げず伸ばしたまま行進する)を皮肉っていると言われる。こした諧謔的な音楽をジャコは軽やかに指揮していくが、重心がしっかりとしているので、ヴァイルの世界によくマッチしている。

 

ジャコのプロフィールを見ると、15歳までテニスプレイヤーであり、全仏オープンにでるほどの腕前だったという。インタヴューでも「音楽はスポーツと同じです。演奏するのですから」とマリー・ジャコは、コートで得た協調性と持久力を思い出して話している。

ジャコの軽々とした身のこなし、重心の確かさ、瞬発力と集中力はテニスで培った天性のものなのだろう。

ジャコのホームページ

https://marie-jacquot.com/press-review/

 

3/16(土)、3/17(日)の芸劇での読響とのコンサートでは、ドイツ音楽の本流ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」(アレクサンドル・メルニコフのピアノ)とブラームス「交響曲第1番」を指揮する。

重心が定まり重みがあり、同時に軽やかなベートーヴェンとブラームスが聴けるのではないだろうか。

 

Marie Jacquot©Christian Jungwirth

小曽根真©MatsukiKohe