新庄嘉堂残日録

孫たち世代に語る建築論・デザインの本質
孫たち世代と一緒に考えたい謎に満ちた七世紀の古代史

最後の砦・土器年代観−2

2022年05月19日 | 7世紀古代史論
 第Ⅲ期後半の土器群の特徴は、食器類に著しい特徴が現れることです。一つは食器の種類の多様さです。さらには法量(容積)の分化です。そしてそれらが同時期に一気に現れてくることです(下図参照)。何らかの社会的な画期があったことを暗示させます。西弘海はこれらの第Ⅲ期後半の食器群について、次のように理解するのです。

  
(本図は西弘海の下記論文※注1の18頁第3図 食器の発達(7世紀)に筆者が突然の画期線を書き加えたものである。)


第Ⅲ期後半の大きな様式的発展は、真に新たな支配体制である律令制を基軸とする国家体制という帰結に到達したこと、その反映としてよいだろう。 第Ⅲ期後半の食器類を中心とする様式的発展とその特質―多様な器種分化とその前提となる法量の規格性は律令制古代国家の中核をなすものであった。 官僚制の発展と、それにかかる大量の官人層の出現とその特殊な生活形態を前提として初めて理解できるものである。
この第Ⅲ期後半の土器様式は「金属器指向型」をその基調としながらも、こうした社会発展の方向と性格に合わせて独自な性格を持つものに発展してきたものである。その意味でこの第Ⅲ期後半の土器様式をもって、いささか奇妙な表現ではあるが「律令的土器様式」の成立ということができるであろう。(※注1)

 ここで彼が述べるように、食器類の器種分化や規格の統一は律令制の成立を前提にしないと理解できないとしたのです。そして、この律令制の成立を浄御原令の成立に揃えるのです。つまり1970年当時、文献史学が到達していた律令制の成立時期が浄御原令成立の時代天武朝後半期680年前後であるとするものだったのです。これは土器様式を律令制の成立に合わせるという考古学と文献史学の美しい邂逅であったかもしれません。学問にも美しさが求められるのでしょう。以降、「第Ⅲ期後半680年前後を画期とする律令的土器様式」を定点とする飛鳥・藤原土器編年は斯界の美しい通説になってゆくのです。

■1970年当時の文献史学の認識
 この「浄御原令の時代が画期である」とする1970年当時の文献史学の認識は、『岩波講座日本歴史』初版(1975)の早川正八の論文(※注2)を採ってみてもわかります。 早川庄八がそのはじめ(214頁)で「日本における体制概念としての律令制の典型を、大宝・養老律令に基づくそれに求めるとするならば、これの本格的に形成されたのは天武・持統朝においてであったとする見解は、今日では大方の承認するところとなっている」と書き出し、「天武・持統朝ないし浄御原令の施行期は、日本律令制国家の創設期であったと同時に、その形成期であったのである 」(246頁 )と締めくくる通り、大方の承認すみだったのです。西弘海が援用した通りです。しかし、それから半世紀を過ぎた今日、考古学的発掘事実は、文献史学の世界にも影響を与えていると言っても過言ではないでしょう。浄御原律令の時代が律令制の創設期・形成期であったのかどうか。

■律令制の草創期は四半世紀遡る
 例えば市大樹です。彼は2012年の著書(※注3)の中で、大化の改新の実在性について、出土木簡からこれを肯定的に論じています。すなわち、地方行政制度であった国ー評ー五十戸(サト)が大化の改新時から存在した可能性を疑わないのです。その答えはおそらく前期難波宮趾遺跡から発見されるだろうと予測しています。
 これを敷衍すれば、庚午年籍や近江令など、天智朝での律令の成立は間違いのないことになるでしょう。すなわち、土器の編年でいう第Ⅲ期後半、律令制の草創期は四半世紀遡り、650ー660年ごろになると言えるのではないでしょうか。上図の「突然の画期線」は4半世紀の前倒しが必要だということです。少なくとも「律令的土器様式の年代は、西弘海が援用した浄御原令の時代に固定する根拠は既に失われている」、ここまでは言ってもいいのだろうと思うのです。
 つまり、このことは律令的土器様式が持っていた先行条坊の建設始源が天武朝の中には収まらないことを示していることに他なりません。長々とかきましたが、『書紀』天武五年新城条と同様、飛鳥・藤原土器編年も先行条坊の箍(タガ)をはめることには役に立たなかったというわけです。宮内先行条坊の建設目的も建設開始も謎のまま、50年が過ぎているのです。我が国独特の「まあまあ主義」で済ませるものではないと思うのですが。

※注1
西弘海『土器様式の成立とその背景・西弘海論文集』1986 18頁
※注2
早川庄八「律令制の形成」大津透ほか編『岩波講座日本歴史二 古代二』岩波書店 1975
※注3
市大樹『飛鳥の木簡』中公新書 2012  76頁

最新の画像もっと見る

コメントを投稿