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「トランスベスティゲーション陰謀論」とは?「アイツは本当は男だ」というネット騒ぎの背景を整理する

トランスベスティゲーションとは?

「あの女の人、実は男なんだって」

「最近よく聞くトランスジェンダーってやつらしいよ…」

そんな噂がSNSで流れていく…。そういう光景を目にしたことはありませんか?

それは「トランスベスティゲーション」と呼ばれる陰謀論かもしれません。

今回の記事ではこの陰謀論について整理しています。

※この記事は私が個人用に整理していたメモを多少構成を変えて修正して公開するものです。一部内容の専門的な正確さは掲載している出典に依存します。随時、内容を更新することがあります。【当サイトの情報の確度について
この記事にはトランスジェンダー差別やインターセックス差別の言説が多く掲載されています。ご注意ください。

「トランスベスティゲーション(transvestigation)」とは?

「transvestigation」という言葉は、日本語で「トランスベスティゲーション」や「トランスヴェスティゲーション」と表記され、「transgender」と「investigation」を組み合わせて作られたものです。

その言葉をそのまま分解して読み取ると、トランスジェンダー(transgender)を調査(investigation)する…という意味になります。

具体的にどういうことなのか、もう少し詳しく説明すると、他人の身体的な性別を第3者が間接的な手段で探り、「その人物は表向きで表明している性別ではなく、その逆の性別に違いない」と勝手に断定する行為のことです。

要するに、女性に対して「あの人は本当は男だ」と主張したり、男性に対して「あの人は本当は女だ」と主張する結果に繋がる一連の自称“調査”です。多くの場合、「あの人はトランスジェンダーなのだ」という結論となります。

トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別が、ジェンダー・アイデンティティと異なる人を指します。性的マイノリティのひとつです。本来はその人がトランスジェンダーなのかどうかは、見た目でわかるものではなく、本人がカミングアウトしていないとわかりません。

しかし、トランスベスティゲーションを行う人は、特定の人について「トランスジェンダーである」と勝手な解釈で断言しようとします。このトランスベスティゲーションをする人は「トランスベスティゲーター(transvestigator)」と呼ばれています。

トランスベスティゲーションのターゲットとなる人は、ほとんどは実際のトランスジェンダーではありません(シスジェンダーの人です)。場合によっては、インターセックスの人をトランスジェンダーと誤認しているだけのときもあります。

そのため、往々にしてトランスベスティゲーションは「虚偽の風説(デマ)の流布」に該当します。日本であれば、「信用毀損罪」「偽計業務妨害罪」「名誉毀損罪」などに問われる可能性があります。

ごく稀に実際にトランスジェンダーの当事者であることもありますが、その場合ではトランスジェンダーであると公表していない人のプライバシーを同意なく暴露・拡散しているのであって、それはいわゆる「ドキシング」(インターネット上で非公開の個人情報を公開すること)であり、「アウティング」(性的マイノリティであることを本人の同意なく明かすこと)に該当します。

トランスベスティゲーションの手口

トランスベスティゲーションの手口はさまざまですが、たいていの場合は、乏しい情報源に基づいて独自の解釈で断定します。

例えば、ターゲットの容姿がわかる写真動画は最も格好の素材です。その人の身体をみて、「この体つきは男に違いない」などと判断したりします。中には「男の骨盤の形はこうで、女の骨盤の形はこうだから、区別できる」と、いかにも科学風な主張を展開することもありますが、それらは実際は科学的根拠はありません(これは疑似科学として知られる「骨相学」に類似した発想です)。

中には、意図的に加工された画像が出回り、それに基づいてトランスベスティゲーションが行われることがあります。そうした事例では、画像内の女性が男性っぽく見えるように細かく加工されたりします。

また、とくにスポーツ選手などアスリートで多いのは、女性がプロ・スポーツ大会で高い成績をおさめたときに、「女性がこんな強いわけない」とトランスベスティゲーションが起きるケースです。

多くのトランスベスティゲーションはネット上で極めて安易に生じ、その中心にはインフルエンサーのような発信力の強い人物がおり、その情報が大勢に拡散されることで深刻化します。これは一般的なデマの流布と同じです。

トランスベスティゲーションの背景

なぜこのようなトランスベスティゲーションが起きるのか。それには複数の背景が重なっており、複合的な差別構造を有しています。

①ルッキズムを交えた女性蔑視

まずは女性蔑視です。典型的な女らしさに当てはまらない女性に対して「男みたいだ」と嘲笑う言動は昔から存在していました。これは「女性は女らしくあるべきであり、女らしくない女性はバカにされてもしかたがない」というルッキズムを交えた女性差別が根底にあります。また、女性の筋力や身体的特徴を類型的にしか評価せず、その基準から外れた女性を「男扱い」するというのは、実際は多様な女性の存在がいることを否定するものでもあります。

②人種差別

次に人種差別です。アフリカ系やアジア系のような有色人種の人は、白人中心の欧米社会から「個人」を識別されづらく、性別もステレオタイプで大雑把な印象ばかりがまかりとおってしまうことが多々あります。

③ゴシップ

さらに芸能人などセレブにありがちなゴシップも関係してきます。大衆は有名人の明かしてはいないプライベートを知りたがります。著名であればあるほど詮索しようとする人は群がりやすく、まるでプライバシーなどないかのように好き放題に言及されてしまいます。性別も広い意味でセクシュアリティの話であり、ゴシップにとっては常に絶好の話題です。

④反トランスジェンダーの陰謀論

上記の「女性蔑視」「人種差別」「ゴシップ」に基づく他人の性別を身勝手に弄んで探るような反応は従来からありました。その既存の構造がありつつ、トランスベスティゲーションをトランスベスティゲーションたらしめているのは、そこに「反トランスジェンダー」の主張が加わるためであり、これによって非常に根深い陰謀論の構造が生じています。

反トランスジェンダーというのは、トランスジェンダーへの偏見や差別を解消して平等な権利を達成しようという人権運動に反対する活動や思想のことです。反トランスジェンダーは2010年代後半から急速に陰謀論化を強めています。その中では、「トランスジェンダリズム」や「ジェンダー・イデオロギー」という言葉を使いながらトランスジェンダーは流行りにすぎず、多くの子どもや大人が自分がトランスジェンダーであると思い込まされて、性別を変える手術を受けさせられている」「トランスジェンダリズムやLGBTは過激思想なのだといった主張が展開されています。

これらの反トランスの陰謀論を支持している人はトランスベスティゲーションに手を染めやすいです。「いろいろな人物が実はトランスジェンダーである」と断定することは、まさにこの陰謀論は真実なのだという自己納得をもたらすからです。

もちろんトランスベスティゲーターの中には、それほど陰謀論を支持しておらず、単にネットの騒ぎに便乗しているだけの者もいれば、インプレッションや再生数を稼ぎたいだけの者、特定の相手の嫌がらせをして満足感に浸っているだけの者もいます。

トランスベスティゲーションの歴史と事例

現代のトランスベスティゲーションは一体いつ頃から発生し、定着したのでしょうか。

よく言及される最初のトランスベスティゲーションの被害者は、アメリカ大統領を務めた“バラク・オバマ”の妻である“ミシェル・オバマ”です。

ファクトチェック「Snopes」によれば、「ミシェル・オバマがトランスジェンダーの女性であるという主張は、少なくとも2008年以来、インターネットやポップカルチャーの隅々で観察できる」と述べられています。

この「ミシェル・オバマはトランスジェンダー女性だ」という主張がことさら勢いづいたのは2014年7月のことでした。コメディアンの“ジョーン・リバーズ”が“バラク・オバマ”をゲイと呼び、“ミシェル・オバマ”に対してはトランスジェンダーの人々を侮辱する言葉で表現し、それは動画に残りました。そしてネット上でバズります。

すると陰謀論サイトを運営していた“アレックス・ジョーンズ”がこの主張を取り上げ、さらに拡散されます。そして今に至るまでずっと定番の陰謀論としてさまざまな人がこの主張を繰り返しています。

「ミシェル・オバマはトランスジェンダー女性だ」という虚偽情報には、その主張を補強するさらに別の主張がどんどん追加されました。例えば、発生源となった“ジョーン・リバーズ”は問題発言の2か月後に医療ミスで昏睡状態になり亡くなったのですが、「この死はミシェル・オバマがトランスジェンダーだという真実を明らかにしたために殺されたものだ」という主張もそのひとつです。また、「オバマ夫妻は2人の娘の本当の両親ではなく代理母を使っている」、「ミシェル・オバマの出生名は“マイケル・ラヴォーン・ロビンソン”である」…などの主張も確認されています。無論、いずれも根拠のない情報です。

また、2017年からフランスの大統領だった“エマニュエル・マクロン”の妻である“ブリジット・マクロン”もトランスベスティゲーションのターゲットにされましたSnopes。こちらも「トランスジェンダー女性である」と主張するものです。

この“ブリジット・マクロン”を積極的に狙ったのが、陰謀論者インフルエンサーとして有名な“キャンディス・オーウェンズ”で、「ブリジット・マクロンは本当は男で、“ジャン=ミシェル・トロニュー”という名前だ」と自論を展開し続けましたFranceinfo。また、この”キャンディス・オーウェンズ”は「ブリジット・マクロンとエマニュエル・マクロンの2人は悪魔崇拝クラブの一員であり、小児性愛犯罪者のネットワークと関わりがある」とも語っています。さらに自称霊能者の“アマンディーヌ・ロイ”と自称独立ジャーナリストの“ナターシャ・レイ”という2人の人物も同様の主張を展開。この2人は“ブリジット・マクロン”に法的に訴えられ、2024年9月に名誉毀損罪で有罪判決を受けましたFranceinfo

スポーツ・アスリートも頻繁にトランスベスティゲーションの被害に遭いますOutsports。2024年にパリ・オリンピックに出場した女子ボクシングの“イマネ・ケリフ”選手はその被害者の最新事例のひとりであり、出生時医療記録や検査を意図的に誤解させるかたちで執拗な“調査”を受けましたSnopes

他にも、“マドンナ”“テイラー・スウィフト”、さらには“メラニア・トランプ”に至るまで、あらゆる人がトランスベスティゲーションに狙われましたGLAAD

トランスベスティゲーションは陰謀論なので収拾がつかないということもあって、どんな相手でも見境なく「トランスジェンダーだ」と決めつけてくるようになります。

狙われるのは有名人だけとも限りません。女性の公衆トイレをごく普通に利用していたシスジェンダー女性が、単に女らしくない見た目であるという理由で、勝手にトランスジェンダーだと断定されて通報された…という事例もあちこちで起きています(例;The Advocate

この2010年代から激化するトランスベスティゲーションの現象は、1980年代と1990年代に蔓延した「悪魔パニック」と類似するとの指摘もありますMedia Matters。これはモラルパニックの一例で、富裕層やエリート層が世界的な悪魔崇拝カルトの陰謀に関係しており、人身売買、ポルノ、売春のために子どもたちを誘拐している…という主張が拡散したものです。しかし、どの報告も立証はできませんでした。

トランスベスティゲーションにどう対応するべきか

ではネットに蔓延するトランスベスティゲーションに私たちはどう対応するべきかという問題が最後に残ります。

無視するべきでしょうか。本人が事実の性別をあらためて公言すべきでしょうか。名誉棄損で裁判に訴えるべきでしょうか。差別に反対だと誠実さを示すほうがいいのでしょうか。

ネット上には「トランスベスティゲーションにはこう対応するべきだ」という言説もまたまことしやかに目立ちやすいですが、これはこれでトーンポリシングなポジショントークに終始するものがほとんどで、これもまた陰謀論並みに無意味な時間浪費に終わりがちです。

前述したとおり、トランスベスティゲーションは陰謀論であり、荒唐無稽で、永久に終わりなく増大し続けます。ファクトチェックしたところでそれを停止させることはできません。

だからといってファクトチェックに意味がないわけではありません。どんなことでも基本は事実(fact)が大切です。

この記事では「こう対応してください」とマニュアルを書くつもりはないです。

ただ、このトランスベスティゲーションは明確に被害者がいる陰謀論です。被害者に寄り添うことは忘れたくないと思います。

誰もあなたの性別/ジェンダーを決めつけることはできない、と。間違いなく性別/ジェンダーはその人のアイデンティティのひとつです。それは覆せません。

トランスベスティゲーションは「ただ性別を間違えているだけ」と問題性を矮小化されやすいです。その結果、「気にしなければいい」とか「むきになって性別を正さずに差別に反対するだけでいい」とか、横から助言してくる人もいます。

しかし、上記で説明したように、単に「逆の性別を主張する」にとどまらず、「女性のふりをして仕事を不正に得た」、「スポーツの成績はイカサマである」、「あなたは子どもの実の親ではない(児童虐待者だ)」といった、被害者の人生にとってあまりに大きすぎる傷を与える陰謀論にまで悪化するものです。そのことをよく理解する必要があるでしょう。

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