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◇クラシック音楽CDレビュー◇ブラームス: ピアノ三重奏曲全集(第1番~第3番)/ホルン三重奏曲/クラリネット三重奏曲

2021-11-09 09:35:53 | 室内楽曲



<クラシック音楽CDレビュー>




~ブラームス: ピアノ三重奏曲全集(第1番~第3番)/ホルン三重奏曲/クラリネット三重奏曲~


<DISC1>

ブラームス:ピアノ三重奏曲 第1番 ロ長調 作品8
      ピアノ三重奏曲 第2番 ハ長調 作品87

<DISC2>

ブラームス:ピアノ三重奏曲 第3番 ハ短調 作品101
      ホルン三重奏曲 変ホ長調 作品40
      クラリネット三重奏曲 イ短調 作品114

ピアノ:タマーシュ・ヴァーシャーリ
ヴァイオリン:トーマス・ブランディス
チェロ:オトマール・ボルヴィツキー
ホルン:ノルベルト・ハウプトマン
クラリネット:カール・ライスター

録音:1981年3月9日~11日、9月24日~26日、11月12日~14日、ベルリン、イエス・キリスト教会

CD:タワーレコード(ユニバーサルミュージック) PROC-1609~10

 これは、ブラームス作曲した室内楽の中から、ピアノを含む三重奏曲の5曲すべてを、2枚のCDアルバムに収めたという他に類例のない貴重な録音だ。ブラームスの作品は、硬質で渋めの感覚を持つ曲が多いが、室内楽ではその傾向がより顕著となる。そして、これらのピアノを含む三重奏曲5曲は、その中でもさらに渋い色調を帯びる。そこに聴かれるのは、内省的な寂寥感や孤独感であり、ブラームスの独白が綴られているかのようでもある。いわば、ブラームスの全作品が収められた屋敷の中にある、奥座敷のまたその奥に置かれたような作品群と言えるかもしれない。ある意味、容易には近づくことが難しい作品群だが、一度それらの作品を聴いてから、その他のブラームス作品を聴くと、ブラームスの真の姿がくっきりと現れてくることも、また事実である。




 ピアノのタマーシュ・ヴァーシャーリ(1933年生まれ)は、ハンガリー出身。スイス国籍を持つ。ブダペストのリスト音楽アカデミーで学ぶ。1948年「リスト国際コンクール」で優勝。1956年にハンガリーを出国してスイスに移住し、ヨーロッパの主要な都市でデビューを果たす。その後、ロンドンに定住。近年は、ピアニストのほか指揮者としても活動。


 ヴァイオリンのトーマス・ブランディス(1935年―2017年)は、ドイツ、ハンブルグ出身。1961年に26歳の若さでベルリン・フィル第1コンサートマスターに就任し、1983年にベルリン・フィルを退団するまでカラヤン時代のベルリン・フィルで活躍した。その間、1976年にはブランディス四重奏団を結成、室内楽でも均整の取れた見事な演奏を聴かせた。


 チェロのオトマール・ボルヴィツキー(1930年―2021年)は、ドイツ、ハンブルク出身。1953年「ジュネーヴ国際音楽コンクール」で1位なしの2位。1956年から1993年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェロ奏者を務めた。また、チェロ・アンサンブル「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の12人のチェロ奏者たち」の創立メンバー。


 ホルンのノルベルト・ハウプトマン(1942年生まれ)は、ドイツ、ミュンヘン出身。1967年ミュンヘン音楽大学で学ぶ。1962年、20歳の時にニュルンベルク交響楽団に入団。翌1963年、バイエルン国立歌劇場管弦楽団首席奏者に就任。1967年、ベルリン・フィルの首席ホルン奏者に就任。以来2007年まで40年にわ たってベルリン・フィルの顔として活躍した。


 クラリネットのカール・ライスター(1937年生まれ)は、ドイツ、オルデンブルク州(現ニーダーザクセン州)出身。ベルリン音楽大学で学ぶ。22歳でベルリン・フィルの首席奏者に就任し、1993年まで務めた。また1984年からサイトウ・キネン・オーケストラでも活躍。1987年にはロンドンの王立音楽アカデミーの名誉会員および客員教授に任命された。




 ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番は、1854年に作曲された。そして、作曲者自身による改訂版が1891年に出版されている。今日ではもっぱら改訂版が演奏されることが多い。この曲は、20才を越えたばかりの若きブラームスの新鮮で前向きな情熱が発揮された作品。


 ピアノ三重奏曲第2番は、1880年から1882年にかけて作曲された。この曲における楽器用法は、第1番に比べ長足の進歩を示している。主題そのもの及びその処理も簡潔になっていて、全てが円熟しているものの、第1番の明快さに比べ、ブラームス独特の晦渋さが全体を覆い、近寄りがたい雰囲気が漂っているのも確か。


 ピアノ三重奏曲第3番は、1886年にスイスのトゥーン湖畔で書かれた。全体は、力強く、情熱的であり、3つの楽器が見事な調和を見せる。3曲のピアノ三重奏曲の中での最高傑作と見なされている。


 このCDでのブラームス:ピアノ三重奏曲第1番~第3番の演奏は、ブラームスのピアノ三重奏曲特有のの硬質で渋めの感覚を持つ世界を描ききることに成功している。ピアノのタマーシュ・ヴァーシャーリのピアノを軸として、ともすれば茫洋となりがちな曲想をメリハリあるものへと変容させ、説得力がある演奏内容に高めている。特に第3番のピアノ三重奏曲の起伏のある演奏内容は、聴けば聴くほど味わい深い。これら3曲おいて三人の奏者は、真摯にブラームスに向き合い、ブラームスと静かに語らっているようでもあり、そこにこそ、この録音の真の価値があると言えよう。




 ブラームス:ホルン三重奏曲 変ホ長調 作品40は、ホルン、ピアノ、ヴァイオリンのための三重奏曲で、ブラームスがホルンを使用した室内楽曲はこの作品のみ。ブラームスは、ホルンに代えてヴィオラを用いることを認めている。1865年、バーデン=バーデン近くのリヒテンタールで、弦楽六重奏曲第2番、チェロソナタ第1番とともに作曲された。全4楽章から構成されるが、第3楽章は、同じ年に母が76歳で世を去ったため、母を追悼する気持ちを込めて書き上げたと言われている。


 このCDでのブラームス:ホルン三重奏曲の演奏は、ピアノ三重奏曲を聴き終えた後に聴くと何かほっとする。ホルンの暖か味のある音色が心に沁みる。ホルンのノルベルト・ハウプトマンの演奏は、この楽器を自分の分身のように自由自在に操るので、リスナーは存分にハウプトマンに身を任せ聴き入ることになる。ピアノ三重奏曲の世界とは異なり、この曲では安らぎの世界を感じることができるが、聴き進むうちに、この曲でも、ブラームスの独白のような寂寥感が顔を覗かせる。ハウプトマンのホルン演奏は、これも見事に表現する。




 ブラームス:クラリネット三重奏曲 イ短調 作品114は、晩年の1891年夏、優れたクラリネット奏者であったリヒャルト・ミュールフェルトに触発されて作曲された作品で、クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115とともに初演された。比較的規模は小さいが、三つの楽器の対位法的処理による豊かな響きが特徴。


 ブラームス:クラリネット三重奏曲の演奏は、有名なクラリネット五重奏曲に比べ、演奏される機会は少ないが、内容は五重奏曲に比べ少しも劣るものではない。このCDでの演奏内容はというと、ここでもブラームスの独白のような、奥深いところから発せられる感情を聴きとることができる。わが国でもお馴染みのクラリネット奏者のカール・ライスターが、実に巧みに表現してくれるので、リスナーにとっては何の抵抗もなくブラームスの内面の深い精神世界に入り込むことが出来る。この隠れた名品の真髄を聴くことが出来る、またとない機会を与えてくれる録音内容だ。(蔵 志津久)
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