当たり前の日常が戻ったとはいえ、以前のようにはいかなかった。予約はほぼすべてキャンセル、飛び込みのお客さんだって来ない。ただ、理由はわかりきっていた。テレビが『疑惑の自称占い師』と連呼していたからだ。
「こんなだと閑古鳥の奴も見誤るんだろう。見た感じじゃ繁盛してるもんな」
ガラス戸の前にはマスコミの連中が集まっている。ごく希に覗きこんでくる者もいて、そのつど二人は睨みつけていた。
「それにしたって、『自称』ってなによ。失礼じゃない? あなたはちゃんとした本物の占い師なのに」
雑誌を放り、カンナは腕を組んだ。黒いTシャツには『So What?』と書いてある。彼は薄くだけ笑った。――いつもの場所に戻ってきたんだな。憩いの我が家、我が職場というわけだ。ま、怒りまくった人間を見て思うのもなんだけど、そうであるのは確かだ。
「なんなのよ、その顔は」
「いや、別に」
「腹は立たないの? 馬鹿にされてるのはあなたじゃない」
「立たないではないけど、それほどでもないな。好きに言わせときゃいいんだよ」
カンナは唇を尖らせてる。――ほんと、いいかげんなんだから。だけど、なんとかしなきゃ。どうしたらいいんだろ? そう考えてると、今朝見たワイドショーが思い出された。深刻そうな顔をしたレポーターはこう言っていた。
「取材を重ねるたび、独り暮らしのご老人が多いことに心が痛みます。この近辺では以前にも七十一歳の女性が陸橋から落ちて亡くなるという事故がありました。そのときも取材しましたが、頼るべき身内のいないご老人の多いことに驚かされたものです。そして、今回の被害者もその一人でした。ご近所の方に伺うと、みな口を揃えて『良い方だった』、『町の行事にも積極的に参加される頼りがいのある方だった』と仰ります。そのご老人がある日トラブルに巻き込まれました。そして、ご遺体となって発見されたのです。しかし、なぜかトラブルの相手は釈放されてしまいました。いったいどのようなトラブルだったのでしょう? また、そのトラブルの相手、自称占い師の男性とはいかなる人物なのでしょうか?」
唸りつつ、カンナは外を見た。欅の陰は待機場所のようになっている。こういうのがつづけば苦情だって来るだろう。それだけは避けたい。でも、どうしたらいいんだろ? ――あっ、そうか。これなら全部がうまく回るかも。こっちにはお金が入り、向こうも得をする。それでもって、あそこに溜まってるのもやめさせられるってわけよ。うん、素晴らしいアイデア。カンナはデスクに手をつき、囁いた。
「は? マジで言ってんのか?」
「そうよ。この馬鹿げた状況を打破するにはこれしかないでしょ。それに、誰の財布から出てきたって、お金はお金じゃない」
カンナが出ていくと彼は首を伸ばした。――まったく行動力だけは人一倍持ってるな。それで働かされるのは俺なんだけど。そう思ってる内にもマスコミの連中はぞろぞろ入ってくる。
「さ、順番に占ってもらって。それが終わったら、一つだけ質問していいわ。だけど、嘘を言ったりするようなら、こちらにも考えがあるのでそのつもりで。ま、占ってもらえばわかるけど、うちの先生は『自称』なんかじゃないの。なんでもお見通しのすごい人なんだから。――で、誰からにするの?」
マスコミの連中は互いを見合ってる。「なんでもお見通し」なんてハッタリに違いないとでも思っているのだろう。
「じゃあ、私が、」
レポーターの女性が手を挙げた。軽くうなずきながらカンナは奥へ向かってる。とりあえずコーヒーくらい出しとくか――そう思ったのだ。
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