「驚いたわ。だって、戸を開けたら暗い顔した人たちが財布ひらいてるじゃない。まるで、」
そこまで言って千春は口を閉じた。手には《千疋屋》の袋を提げている。
「ま、いいわ。はい、これ。出所祝いよ」
「出所祝いって、俺はムショに行ってたんじゃないんだぜ」
「似たようなものでしょ。でも、顔色もいいし、元気そうじゃない。あなたのことだから、もっとひどい感じになってるかと思ってたけど」
カンナはコーヒーを淹れに立った。――そういえば、蛭子の奥さんは「それじゃ、あなたは困るでしょ」とか言ってたっけ。あのときは変なふうになっちゃったけど、別に困ることなんてこれっぽちもない。だって、私には関係無いことだもの。首を曲げるとマスコミの連中は寄り集まってる。彼も外を見ながらソファへ向かった。
「そういや、俺のこと心配して寝込んだらしいじゃないか。仕事まで休んだんだろ? ほんとめずらしいよな、仕事休むほど具合悪くなるなんて」
「え? なんのこと」
「カンナに聴いたぞ。俺のこと心配して倒れちまったって」
手を止め、カンナは首を振った。――もう、ほんとデリカシーがないんだから。それに、そんなこと言ったら、こっちにとばっちりがきちゃうじゃない。溜息をついた瞬間に千春はこう言ってきた。
「ちょっとぉ、カンナちゃん、そんなこと言ったの? あれは別にそういうんじゃないの。ちょっと生理が重くて、気持ち悪くって、」
はいはい、わかったから。ほんと面倒くさいなぁ。素直に「そうなの。あなたが心配で寝込んじゃったの」とか言えばいいじゃない。それに、生理になったの昨日でしょ。
「だいいち、なんであなたを心配して寝込んだりするのよ。馬鹿なんじゃないの?」
「恥ずかしがることないだろ? 別に悪いことじゃない。俺への深い愛がそうさせたってわけだ」
カンナはふたたび溜息をついた。なんだか目眩もするようだ。コーヒーは出来上がったけど、あっちに行きたくない。
「でもな、そんだけ心配してたんなら会いに来てくれりゃよかったんだよ。警察じゃ酷い扱いで心細かったんだぞ」
渋々ながら運んでいくと千春の顔は真っ赤になってる。――ま、そうもなるわ。あんだけ心配させておいて、よくこんな態度でいられるものね、この馬鹿は。
「ね、食べましょうよ。ほら、すごく美味しそうよ」
平常心、平常心――心の内でそう唱えながらカンナはなけなしの笑顔をつくった。ただ、二人はこっちを見ようともしない。
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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》