刑事たちが帰ると、ほどなくして千春も出ていった。蓮實淳はソファにもたれかかり、鈍く光るガラスを見つめてる。
「ねえ、」
「ん?」
声をかけたものの、カンナはどうつづけたらいいかわからなくなった。彼の首は動かない。
「どうした?」
「ううん。なんだか今日は妙に忙しかったなって思って。まあ、一円にもならなかったけど、人だけは来たでしょ?」
「そうだな。しかも、オマワリばっかりな」
カンナはハーブティを淹れはじめた。レモンバーム、セントジョンズワート、ローズマリー、それにローズペタル。日は傾き、表は薄桃色になっている。
「あのね、なんて言ったらいいかわからないんだけど、あなたは蛭子の奥さんや、大和田の奥さんも疑ってるの?」
「なんでそう思った?」
「だって、さっきの聴いたらそう思っちゃうでしょ」
彼はカップを取った。しかし、色を見てるだけだ。
「違うよ。俺は疑いたくないんだ」
「でも、前にも言ってたじゃない。脅迫されてた人の中に犯人がいるって」
「まあな。だけど、疑いたくないから知りたいんだ。信じたいから知らなきゃならないんだよ」
目だけ向け、彼は薄く微笑んだ。頬も陽に染まってる。
「前に少しだけ言ったよな? 俺の家族はバラバラになって解体したって。蛭子の家で悪霊騒ぎがあったときだ。憶えてるか?」
「――うん。悪霊は関係の中にいるとか、この家は俺の育ったとこに似てるって」
カンナは胸が苦しくなってきた。どうしちゃったんだろう? なんでこんなに悲しそうな顔してんの?
「そうだ。あそこは俺の家と似てた。空気っていうか、雰囲気がな。あのままにしてたらきっとバラバラになったんだろう。だから、そうなって欲しくなかったんだ」
「うん」
「俺は逃げ出したんだよ。見たくないものから逃げたんだ。家族とは十年以上会ってないし、連絡もしてない。はじめのうちは色んな理由をつくってた。忙しいだの、向こうが悪いんだってな」
カンナは頬に手をあてた。不意に泣いてしまっていたのだ。
「君もそうだろ? まあ、そのままにしてたら俺と同じようになるはずだ。――いや、それがどうだとか言いたいんじゃない。ただ、可能であれば家族ってのは信頼しあったり、助けあった方がいい。憎しみからはなにも生まれないからな」
↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》