第17章
蓮實淳は首を伸ばしてる。しかし、戸が開いた瞬間に肩をすくめた。
「なんだよ、その顔は」
「なんだって言われてもな。いつもの苦み走ったいい男のつもりだ」
「はっ! お前さんがいい男なら俺はジャニーズに入れるぜ」
笑いながら刑事は視線を下げた。デスクには茶トラの猫が横たわっている。
「カンナ、山もっちゃんはジャニーズに入りたいらしいぜ。どう思う?」
「どう思うって。――そうね、頑張ってみれば? 意外とウケるかもしれないわ。そこまでおじさんのアイドルっていないから」
雑誌を放り、カンナは立ち上がった。――ほんと、顔のよろしくない人たちのこういう会話って下らない。まあ、北条さんはアイドル顔だけど。そう思いつつ振り向くと、うつむいた頭が見えた。っていうか、ハゲちゃってるじゃない。
「いやぁ、風が強いな。でっかい台風が来るみてえだもんな。まだ離れてるってのにこのザマだ」
刑事は頻りに髪を押さえてる。だから、ハゲてるのはどうにもならないんだって。唇を歪めながらカンナは頭頂部を見つめた。それから、ん? と思い、奥へ向かった。育毛にいいハーブってあったっけ?
「で、どうなった?」
「ああ、大収穫だ。ほれ、これがリストな。そいで、この封筒には写真も入ってる。まあ、こいつはちょっとばかり難物だが、それでも前進したことに変わりない。ただな、他にわけのわからねえことが出てきちまったんだわ」
「わけのわからねえこと?」
「そうなんだよ。あの日、――ほれ、爺さんの殺された日だ。あんとき、アパートには被害者一人だったんだ。隣人は出かけるときに声をかけてる。そうしてくれって頼まれてたんだってよ。『一緒に出かけたいから声をかけてくれ』ってな」
「それが?」
「そいつがなんだか妙な話になっちまったんだ。隣人ってのは品川に行ったんだよ。こっちも相当の爺さんなんだが、昔の仲間が仕事を世話するって言ってきたみたいでよ、その日に先方と会うことになってたんだ。ところが、柏木の爺さんもその辺に行くってんで、じゃあ、一緒に出ようみたいな話になったらしいんだわ。ただ、直前になって、『他に用事ができたんで、済まないが一人で行ってくれ』って言われたんだってさ」
諦めたのか刑事は手を離した。薄い毛は逆立っている。
「それのどこがわからないんだ? そういうことはあるだろ?」
「いや、こっからが妙なんだ。品川に行っても誰も来なかったってんだよ。ま、要領の得ねえ話なんだが、そういうことだったらしい。で、念のため調べたら、その電話は柏木の爺さんが掛けてたってわかった」
「はあ? どういうことだ?」
「な? そうなるだろ?」
デスクに手をつき、刑事は首を振った。顔はしかめられている。
「だからわけがわからねえんだよ。柏木の爺さんは偽電話で隣人を釣り出したってことになる。でも、なんでだ? 途中まで一緒に行きたいってんで嘘の用事を拵えたんならわかるよ。ま、そいでどうするつもりかはわからねえがな。ただ、一緒にも行かねえ。その上、その時間に自分は殺されてるときてる。ほんと意味がわからねえだろ?」
尻尾を揺らしながらキティは「さっきから『わからない、わからない』ってうるさいね。こりゃ、ほんとに刑事なんかい?」と言っている。彼は口を覆った。
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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》