「そして、その平子さんは陸橋から落ちて亡くなってしまった。たしか去年の四月、ひどく雨の強い夜のことでしたね。柏木さんは身寄りのないその方のお葬式をあげてやったってわけですか」
うなずきながらお茶を飲み、男は瞼を瞬かせた。思ってたのと違う味だったのだろう。
「ん、そうだ。柏木さんはな、あの婆さんの面倒をよく見てたんだ。イカレちまって誰も相手にしねえってのに、あん人は違ってた。会いさえすれば話しかけてたし、平子の婆さんだって柏木さんとは落ち着いて話してたんだ。その上、葬式まであげてやったんだぜ。そんなの普通じゃできねえだろ?」
「ですよね。ほんとにそう思います。ところで、あなたが言ってた与太話というのは? いまのは全部聞き伝えにしても、きちんとしたものに思えますが」
ハゲ頭を撫でつつ男は隣を見た。刑事は黙然としている。
「ああ、与太か。だけど、こりゃほんとに与太でよ。警察の旦那に聞かせるようなもんじゃねえんだ」
彼は頬をゆるめてる。そのままで指先を向けた。
「山もっちゃん、あんたもなんか言えよ。わかってるだろ? これはむちゃくちゃ重要な話だぞ。しかも、この方からしか聴けねえことなんだ。そうだろ?」
「わかってるよ。――あのな、おやっさん、俺は口外するなって言われりゃ、誰から聴いたかなんて絶対に洩らさねえんだ。だから頼むよ、教えてくれ。あんたに迷惑かけねえようにすっからよ」
「うーん、そうかい?」
口を湿らせ、男は曖昧な表情をつくった。ただ、話したくてしょうがないのだろう、太腿を叩くと顎を突き出してきた。
「そこまで言われたら仕方ねえな。じゃ、言うけど、旦那、気を悪くしねえでくれよ。平子の婆さんが死んだのはこの兄ちゃんが言ったようにひでえ雨の夜だった。そういうのもあって誰もそれを見ちゃいねえってことになってる。警察もすぐに事故だって言ったもんな。ま、イカレた婆さんが足を踏み外したってのはいかにもありそうな話だ、俺もそうなんだろうって思ってたさ。だけどな、そうじゃねえって言う奴もいるんだ」
そこで男は全員を見た。探るような目つきをしている。
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