「さて、」

 

 

 振り返った顔には躊躇いのようなものが見てとれた。カンナは不思議そうに見つめてる。

 

 

「ようやく様々な要素が繋がってきたな。全体が見えるようになってきた。しかし、まずは山もっちゃんの話を最後まで聴こう。考えるのはそれからだ」

 

 

 刑事は眉間に皺を寄せている。外は暗くなり、店の中もぼんやりしていた。戻るときに彼は電灯をつけた。

 

 

「たしか、柏木伊久男が線路向こうに越してきたってとこまでだったな。それからのことを教えてくれ」

 

 

「ああ、だが、平子の婆さんが気になるな」

 

 

「そうだろうが、ここは順序だって話した方がいい。これまでそうやってとっちらかっていたんだ。まずは柏木伊久男について知ることだ」

 

 

 しばらく黙っていたものの刑事は手帳をひらいた。眉間の皺は深くなっている。

 

 

「ええとな、二十七のときにあの爺さんは線路向こうに越してきた。今から四十年以上も前のことだ。そこで平子の婆さんと知り合ったのかもな。ただ、その二年後に傷害致死で逮捕されちまったんだ。これについちゃ腑に落ちないとこがあるし、お前さんも違うふうに考えてるようだが、当の本人は面識の無い人間を殴り殺したって認めてるんだよ。ありゃ、三年以上二十年以下の懲役だ。柏木伊久男も八年くらってる。出てきたのは六年後――つまり、三十五のときだな」

 

 

 踏切の音が聞こえた。欅にとまってるのだろう、仲間を呼ぶように鴉が鳴いている。カンナは居心地悪そうに身体を揺すった。

 

 

「それからいったん地元に戻ってんだ。ただ、あまり歓迎されなかったんだろうな、ほどなくして姿を消してる。長野の方に仕事があると言ってたようだが、本当かどうかわからない。調べるとなりゃ、それなりに時間がかかるんだよ。――で、またこの辺に戻ったのは十二年前だな」

 

「なるほど。十二年前ね」

 

 

 溜息まじりに呟くと彼は腕を組んだ。脚は投げ出すようにしてる。

 

 

「十二年前ってのに思いあたることがあるのか?」

 

 

「まあね。蛭子の旦那が亡くなったのがその頃なんだ。柏木伊久男はそれを知ってここに来たのかもしれない。ま、逆にいや、生きてる間は近寄りたくなかったんだろ」

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

 首を振り、彼は目をつむった。蛭子嘉江から受け取った映像を思い出そうとしてる。ただ、上手くいかなかった。

 

 

「それも後回しだ。つづけてくれ。その後も柏木伊久男は引っ越していったはずだ。あのアパートに落ち着くのは五年前なんだからな」

 

 

「その通りだよ。あの爺さんはなぜかまた引っ越してる。でも、どこにいたかわかってる。板橋だよ。六十過ぎて、そこの鍍金工場で手伝いみたいのしてたんだ。もしかしたらどこにいたかわからねえ間にそういう仕事してたのかもな。あのアパートの隣人もそんな感じのこと聴いたって言ってる。そっちの爺さんもずっと工場勤めでな、そういう話をよくしてたようだ。――っと、これで終わりだ。とりあえず調べられたことは全部話したぜ」

 

 

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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》

 

 

雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。