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未玖はあいかわらずよくしゃべり、だいたいにおいて私が聞き役にまわるのもそのままだった。それに部長になってもいたから相談されることも多かった。まあ、文芸部自体がとりとめのない集団であるのも変わりなかったし、新井田先生はずっと曖昧な笑顔でのらりくらりしていたけど、未玖はそれをなんとかまとめあげ、以前よりは文学寄りになった百四号の部誌もきちんと出すことができた。
私はそれまでに幾つか短い小説を書いていた。きっとどこかに経験は含まれてるのだろうけど、これと違って想像して書いた話のつもりだった。ただ、こう言われたことがあった。
「ね、あんたの書くのって構図がいつも似ちゃってない? その『いつか王子様が』って感じよ。ディズニーの『Some Day My Prince Will Come』ね。七人の小人を前にかわいらしい白雪姫が歌っちゃうやつ」
「そう? 別にそう書いたつもりはないけど。――って、なんでそんなに笑ってるのよ」
「つもりがなくっても、そうなっちゃってるんじゃない? ほら、誰かが言ってたものね。小説って想像と経験の混合物だみたいなこと。だから、どうしようもないのかもしれないわ。自然と滲み出ちゃうものなんでしょうし」
我慢できなくなったのか未玖は声をあげて笑った。頬は歪みきっている。
「なんなのよ? そんなに私の書いたのって似てる?」
「まあ、似てるとこは確かにあるわ。構図もそうだし、登場人物にも似たとこがある。『いつか王子様が』風にいえばその王子様役にね。この前のもそうだったし、今回のは最終的に振られちゃうにしても同じだった。ううん、だからどうだってことじゃないのよ。私は結月の小説好きだもん。ただね、根深い思いがあるんだなって思うとちょっと笑っちゃうだけで」
私は口を尖らせた。片手をあげ、未玖は細かくうなずいてる。
「わかったって。なにがそんなにおかしいか言えってんでしょ。あのね、あんたの小説に出てくる主人公って、なんとなく健気な感じじゃない。で、そういう子のとこに王子様っぽい人がやってきて話が進んでくの。構図的にはそうでしょ? だけどね、その王子様ってのが、」
わざとらしく間を置き、未玖は腕をつかんできた。
「――ってのが?」
「たいてい年上で、理屈っぽい人なの。そう、まるで誰かさんみたいにね」
もちろん私はこれも書きつづけていた。何度も読み返していたので書き終えるだけで一年つかい、手直しするのにも半年以上かかった。経験をそのまま書いていたのもあるのだろう、事実はいつだって捉えがたく、様々な面を見せつけてきた。自分の気持ちであっても正確に捉えるのは難しかったし、他者の思惑なんかはそもそもわかりようもないのだ。だから私は想像するしかなかった。そういう表面にあらわれた言動から感情を推し量る行為は私を深刻に痛めつけもした。しかし、やめるわけにはいかなかった。これを書くのは必要なことだったのだ。丁寧にしっかりと自己を見つめ直し、それを普遍的なものに換えることもだ。
その間こう考えることもあった。私は強い影響下に置かれて行動してたんじゃないか――とだ。ただそうであっても問題なかった。私はすでにわかっていた。人が愛し合うというのは互いに強い影響をあたえあうことでもあるのだ。そこには年齢も状況も関係ない。愛は自然に発生するのだから私たちはその自然を大切にし、それに従うしかないのだ。
まあ、この考えは一般的に正しいとされるものじゃないのかもしれない。でも、それこそ私に強い影響をあたえた人はこのように言っていた。「書き手というのは間違いを怖れてはならないんです。世間一般に間違いとされてることでも正しいと信じたら声高に述べなければならないんです」
だから、私は最後に声高に叫ばなければならない。
どのような困難があろうと私たちは自ら手にした自然に従うしかないのだ。社会的な要請や偽善的行為によってそれに背くことはさらなる困難を生む。美禰子がそうであったようにだ。私にとって美禰子の『罪』とはそういう困難さのあらわれに思える。
◇
ここまで書き終えると私は印刷したものをバッグにしまい、家を出た。風の強い日で、雲はめまぐるしく形を変えていた。駅へ向かうまで私は何度も空を見た。流れる雲の奥には青い地に際をくっきりとあらわした月が見えた。端がすこし欠けているものの真円に近い真昼の月だ。
薄い青の中に浮かぶ月は美しかった。
それは目印のように思えた。迷いながら進んでいく私たちを導く目印。たどり着く先になにが待ち受けていてもかまわなかった。それに、そもそも月が目印になるのかだってわかってないのだ。
しかし、
それでも
私たちは
月を指して歩く。
それに従っていく。
強い風に吹かれても、
激しい雨に濡れても、
傷を癒やしあいながら、
手を繋いで荒野を進む。
―― 完 ――
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